八泊目
sentence 1
第091話:昼休みに……
「おい、大前。昼飯、行こうぜ!」
山崎に声をかけられ、オレは「はいよ」と席を立つ。
仕事もきりがいいところだったので、目の前のパソコン画面をロックする。
このオレが昼休みになっても、パソコンから離れず仕事をしている。
自分で言うのも変な話だが、半年前ぐらいのオレが見たら、きっと天変地異でも起きたのではないかと思うことだろう。
(つーか、いまだに仕事は嫌いだけどな……)
でも、やらなくてはならない。
オレはまた、異世界に行きたいのだ。
異世界に行くために金をためて、アイテムをそろえなくてはならない。
それに約束の指輪だって、買わなくてはならない。
「今日のもかなりいい線だと思うぜ! 感想、頼むな!」
「はいはい……」
山崎の言葉に少し苦笑いして立ち上がる。
最近、毎日のように山崎から飯に行こうと声をかけられていた。
もともとは、オレも山崎も外食派である。
それなのに、山崎が突然、自分で弁当を作ってきたのだ。
もしかして、血迷って「女子力でもあげたいのか」と思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。
(つーか、あれだよな。やっぱ、先日のキャンプでの敗退……)
山崎は、憧れの十文字女史にいいところをひとつも見せられなかったのだ。
いつもと違う魅力として、「アウトドアにも対応できる男」をアピールしたかったのだろう。
しかし、山崎は「アウトドアの経験がある」程度の男だった。
炭に火をつけるところから、飯盒でご飯を炊くところまで、いろいろと失敗続き。
対して、十文字女史は普段のインテリジェンスな都会派女性のイメージと違って、「アウトドア大好き女子」ときた。
結局、山崎の付け焼き刃では敵わなかったわけである。
そこで、彼は作戦を変更したのだ。
すなわち「料理男子」。
家庭的なこともできる男というラインを狙ってきたのである。
まさか、十文字女史と結婚して家庭に入ることを想定しているわけではないと思うのだが、別に料理を練習すること自体は、1人暮らしの山崎にとってもいいことなのだろう。
「ふふふ。今日は凄いぞ。唐揚げが入っているんだ」
妙に自慢げな山崎。
唐揚げを朝から調理したというのだったら、確かにビックリだ。
しかし、話を聞いていると、昨夜の夕飯の残りらしい。
なんかそう聞くと、妙に主夫している感じがする。
オレたちは、そんな会話をしながら食堂のいつもの席に座った。
弁当組は社食に並ぶ必要もなく、席取りがしやすいため、いつも決まった場所に座っていた。
さっそく、山崎が弁当を広げだす。
ちなみにオレは手ぶらだ。
自分の弁当など持ってきていないし、ましてや山崎がオレの分を作ってくれるわけではない。
「大前さーん。お待たせしましたー」
少し甘さを感じる明るい声は、ミヤである。
彼女の両手には、弁当箱の入った巾着袋が1つずつ。
しかも、青とピンクのかわいらしい犬と猫のおそろい柄だ。
「おお。神寺さん。今日も旦那のお弁当を作ってきたな」
山崎が冷やかすが、ミヤは嬉しそうに頬を染める。
「もう、毎日やめてくださいよー。まだ旦那様じゃないんですからー」
ミヤの体がクネクネと踊る。
これ以上ないほど照れて喜んでいることは、誰から見ても一目瞭然である。
(つーか、本当にやめて欲しいわ……)
その様子にオレは頭を抱える。
不思議なもので、昔ならニヤニヤとしながら喜んでいたかもしれない。
いいや。まちがいなく超喜んだはずだ。
それこそ有頂天になり、周りに「あの社内人気ナンバー3の【
しかし、今のオレはそんなことができない。
いつの間にか、周りの目を気にする、小心者になってしまった。
それに対して周囲の目をかまわず、ラブラブした雰囲気をあふれださせるミヤ。
もう視線が気になるやら、冷やかしがきまくるやらで落ち着かない。
特にきついのが、あの2人の視線だ。
(確か……田村と田崎だっけか……)
オレは横目で少し離れた席に座る2人の男をうかがった。
2人は、ミヤを狙う恋のライバルである。
その恋のライバルが、なぜ同じテーブルで仲良くカレーを食っているのかわからないが、そろってオレのことを睨んできている。
もちろん、理由はわかっている。
キャンプの時、オレは2人に「君たちを応援する」と言っていたのだ。
それなのにオレの方が、すっかりミヤに惚れられてしまっている。
2人から見たら、オレは完全な裏切り者である。
(つーか、オレがわりーわけじゃねーんだから、睨むなって……)
ミヤの話では、あの2人から告白を受けたけど断ったらしい。
今までならば、曖昧な返事で多くの男を手玉にとっていたミヤ。
その八方美人で有名なミヤが、オレ以外の男をキッパリと切っていったのだ。
その本気さの現れも、社内でちょっとしたニュースのように広まった。
(こういうのはなんて言ったっけ? 外堀を埋めるってやつ?)
この流れに、オレごときが抵抗などできなかった。
なにしろ、今でこそ少しだけマシになった気もするが、オレはこの会社で底辺のようなダメ社員だった男だ。
そんなオレが、ミヤの誘いを断るはずがないと思われているのだ。
つまり、ミヤの告白をすでに受け入れてつきあっているはずである……そういう既成事実が広まっていた。
「さあ、神寺さん。今日も勝負だ。今日の弁当は自信があるぞ!」
「いいですよ! 私だって自信ありです!」
そしてなぜか、山崎とミヤは料理の腕を競うライバルという形になっている。
まったく料理が作れなかったミヤも、最近はかなり腕をあげている。
もうオレよりレパートリーが多いぐらいだ。
「はい。お弁当どうぞ、大前さん。ミヤの自信作ですよ!」
そしていつの間にか、オレに弁当を作ってきてくれるのが日課になった。
オレはミヤの弁当をありがたくいただきながらも、なぜか山崎の弁当の味見もして甲乙をつける役割となっていたのだ。
(つーか、
山崎ぐらいになれば、喜んで食べてくれる女性はたくさんいる。
だけど、下手な女性に食べさせたりして噂が立てば、十文字女史との仲に問題がでる。
そこでオレに白羽の矢が立ったわけなのだが……微妙な気分だ。
(まあ、オレとしては昼飯代が助かるんだけどね……)
ありがたいことではあるので、オレは今日もミヤから弁当を受けとる。
正直に言えば、日に日に増えるレパートリーと、良くなっていく味が楽しみでもあった。
「では、いただきます!」
そう言って、オレは巾着袋と同じようなデザインの弁当を開ける。
と、そこに現れたのは――
「あら。ハートマークじゃない。大前君と神寺さん、つきあっているのは本当だったのね」
「――!?」
背後からしてきた、少し刺のある声に驚き、慌てて蓋を閉めてふりむく。
そこに立っていたのは、黒の皺ひとつないスーツを身に纏った魅惑のボディ。
長い髪は頭でだんごになってまとめられ、その下にはインテリジェンスを感じずにはいられない、フレームのない横に長細いメガネ。
そのレンズの向こうで、少しつりあがったきらめく明眸。
彼女こそが、ミヤをも凌ぐ社内人気ナンバー1の女性だったのだ。
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