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第090話:オレは呆然と立ち尽くした。

 翌日は、大変な騒ぎだった。

 アズパパから、結婚式が偽装だと説明され、昨夜の襲来者のこと、カスラの悪事もすべて公表された。


 カスラは、一家丸ごと村を追放されることになった。

 【封魔の烙印】という術をかけられ、魔法を封じられた上でである。

 彼は村を裏切り、村を売るような真似をしたが、幸いにして死人は出なかったし、アズも無事だった。

 結果論だが、そのために死刑だけは免れた形で収まった。

 これも、預言書になかった結末のひとつだ。

 預言書では、村が助かっても誰かしらが怪我をするため、カスラは死刑を免れなかったのだ。

 カスラの娘には可哀想な結果となったが、こればかりは致し方ないだろう。


 一方で、オレは英雄扱いだ。

 この時にどうやら、【神人の予言者アウト】という存在が確立したらしい。

 上にも下にも置かぬもてなしで、オレは村の中を歩くだけで感謝を受け、握手を求められ、さらに若い女性にはコッソリと迫られたりもした。

 ただし、婚姻の儀自体は偽装だったが、婚約者としては正式であるとアズパパがみんなの前で公表してしまった。

 そのため、口説きに迫ってくる者達は、みんな二号さん狙いというわけだ。

 つーか、そんなの作るつもりはないけどね。


 ミヤはなにやら一生懸命、アズママに魔法を習っていた。

 魔法の才能は一応、彼女にはあるらしいのだが、その力を使う「感覚」というものがまったくないらしく、かなり苦戦しているようだ。

 ここに住んでいる人たちは、魔力という物を自然に感じることができるらしい。

 しかし、オレもミヤもそんな物を未だかつて感じたことがないし、どんなものなのかもわからない。

 まさにつかみどころがないのだから、無理もないだろう。

 ちなみに、オレは全く魔法の才能がないそうだ。

 魔力を生みだす仕組み? 言い換えれば、魔力発生回路とでも言えばいいのだろうか。

 それが不自然に奪いとられたかのように、すぽーんとなくなってしまっているらしい。

 神様はオレを勇者にしたくなかったらしい。酷い話である。


 アズは、オレの預言書を調べている。

 なんだか面白い事がわかりそうだとかで、アズの魔法の先生と一緒に調べているらしい。

 その魔法の先生は、口が硬いとのことで預言書のことは他には内密にしてくれるとのこと。

 まあ、少なくともその先生には、オレが予言者ではなく、単に預言書があるだけだとバレただろうけど。


 つーか、あれだな。「言」ではなく「言」なんだよな。

 つまり、誰かから「預かった予言」なわけで。

 じゃあ、それは「誰だ?」と考えと、それはオレなのかもしれない。

 だって、要するにオレの失敗談が書かれたノートだしな。

 なら、つまりだ、オレが予言者と言えなくもない……のか?


(……わからんからパス)


 未だに難しいことはあまり考えない主義。

 そんなこんなでオレたちは、それから2日後に帰ることになった。



 ◆



「これを作ったの……わたしでした」


 アズの告白に、オレは混乱する。


「……えっ? アズ、普通に喋ってる!? え? 作ったの? なんのこと?」


 ツッコミどころが多すぎて、何に驚いていいのかよくわからない。

 彼女は預言書を手にして、オレを下から見上げながら肉声で語っているのだ。

 オレの横に立っているミヤも目を丸くして、口に手を当てて言葉を失っていた。


「この預言書とアウトランナーは繋がっています」


 そのオレたちの反応を予想していたのか、アズは落ちついた様子で横に止まっている、出発準備万端のアウトランナーを見つめた。


「今、わたしの余剰魔力は、預言書を通してアウトランナーに吸いとってもらっているのです。だからこうして、普通に話すことができています」


「……おお。な、なるほど?」


 なんだかわからんが、アウトランナーが凄いって事か?


「この預言書は、まさにアウトランナーの羅針盤となるように作られています」


「羅針盤?」


「はい。アウトランナーにこれを積んでいる限りは、この預言書に書かれた場所へ時間軸に沿って移動します」


「つまりぃ……ナビってことなんですかね?」


 横から尋ねてきたミヤに、オレは「たぶん」とだけ答える。

 オレだってよくわからない。


「でも、それをアズが作ったって? いつ作ったの?」


「作ったというのは、正確ではありませんなぁ」


 嗄れた声でオレの質問に答えたのは、アズの横に立っていた老婆だった。

 オレとミヤの帰還の時、アズパパはいろいろな秘密もあるため人払いをしてくれていた。

 そのため、見送りはアズだけだと聞いていたのだが、その隣にずっと青い髪をした老婆がつきそっていたのだ。


「アウト様、ミヤ様。ご紹介いたします。わたしの魔法の師匠であり、この村でもっとも魔法に詳しく、魔力の扱いにも長けた、【ソナー・ガルガッタ】先生です」


 アズの紹介で老婆が頭をさげるので、オレとミヤも慌ててお辞儀する。

 頭から真っ白な絹でできたような薄いフードをかぶり、アズより少し高いぐらいの身長から細い目でこちらを見ていた。

 かなり顔に皺が目立ち、高齢だとはうかがえるが、多くの装飾品で身を飾っていた。

 印象的な首元にかけた大きな数珠のような真っ赤なネックレス、銀のブレスレットや頭飾りなど非常に派手ではあったが、下品には見えなかった。

 むしろ、威厳さえ感じさせる。


「その預言書はなぁ、今のワシの知識でも創りだすことはできん。だから、まだまだ知識も技術も未熟なイータ様では到底無理よなぁ」


「…………」


 オレのイータことアズをバカにするとはに何事だ! ……と少しいきり立ちそうになるけど、ぐっと抑える。

 アズが横で黙って苦笑いしているからだ。


「しかし、この預言書の最後には、確かに製作者に【イータ・アズゥラグロッタ】とイータ様の名前が刻まれておる。それに宿る魔力の質も、多少は変わっているが、イータ様のものでまちがいないだろなぁ」


「……つーか、つまりどういうことだ?」


「これはあくまで推測だが、これを作ったのは未来のイータ様ではないだろうなぁ」


「未来……の?」


 つーか、話がなんか壮大になってきたぞ。

 ……いや、そうでもないのか。

 もともとアウトランナーは、空間だけではなく時間も超えている。


「その通りよなぁ、神人様。イータ様は将来、多くを学び、ワシを超える魔術を身につけ、神人様のためにこの預言書を創りあげるのだなぁ」


「……アウトさん。ミヤ、混乱してきた……」


 奇遇だな、オレもだ。


「そして、それがどういう流れかわからぬが、神人様の手に渡る。まるで誰かが精巧に組み上げたパズルのような運命をまさにたどっておる」


 その老婆の言葉が、オレの心にグサリと刺さる。


「……つまり、決められた道を走っているだけってことか?」


 凄くモヤッとした、鬱々とした気分が湧いてきた。

 それは怒りをともなっている気がした。

 だから、気がついたのかもしれない。

 オレが本当に逃げたかった物は、それ・・だったのかもしれないと。

 逃げられないと言われて、オレは今、初めてその事実に気がついたのかもしれない。


「いいや、道は決まっておりませんぞ」


 老婆はまるで俺の気持ちを察したように、かるく笑うように語りはじめた。


「決まっているのは、方向ぐらいですなぁ。そちらに向かう道は無限にある。事実、今回の件も結果は違っておった」


「……まあ、確かに」


「その預言書は、地図みたいな物ですなぁ。たどりついた場所でなにを成すか、それは神人様次第……」


「…………」


 多少、救われた気がした。

 少なくとも結果を好転させる可能性は残っている。

 道は、自分で選びたい。


「アウト様。わたし、がんばります! だから……」


 アズが手を合わせて、オレを見上げる。

 その明眸にたまる揺らぎを懸命に流さないようにして。


「だから……」


「つーか、わかってるって。だから……またな?」


「……はい!」


 強くうなずくと、アズは小走りにミヤに近づく。

 そして彼女の手を空いてる片手で握った。


「ミヤ様。あちらでも、こちらでも助けてくださってありがとうございました。ミヤ様の勇気、忘れません!」


「ミヤも、アズちゃんの勇気に助けられたし、お互い様」


 ミヤもアズの手をしっかりと握りかえす。


「アウト様を……どうかよろしくお願いします」


「もちもちもちろん! でも、アズちゃん。ミヤも本気モードですからね?」


「ううっ……。受けて立ちます!」


 なんとも横で聞いているオレはこそばゆい。

 でも、ここはなにも口にしないのが吉だろう。

 オレとミヤは、アウトランナーに乗りこんだ。

 そして、アズから預言書を受けとる。


「じゃあ、すぐにまた逢いに来る。魔法の訓練、がんばれよ」


 アズがコクリとうなずいてから、深々と頭をさげた。

 その両肩が少し震えだす。

 もう彼女はオレがいる限り、顔を上げることができないだろう。


「…………」


 オレはアウトランダーのアクセルをゆっくりと踏みこむのだった。



 ◆



「はい、これ。アウトさんの服です」


 元の世界に戻った後、少し仮眠してからオレたちは帰路についた。

 最初、ミヤもアズとの別れで顔を隠しながらも少し泣いていたみたいだが、すぐにいつも通りの元気な顔を見せてくれた。

 そしてそのまま、オレは彼女の家まで送っていた。


「サンキュ」


 昼間、人気のないマンションの駐車場でオレは彼女からトートバッグを受けとって、荷室ラゲッジルームに詰めこんだ。


「向こうから戻ると、時差でもあるのか体調が整いにくいから、今日は一日、部屋でゆっくりしていた方がいいからな」


 オレはかなりなれてきたのだが、初めてのミヤにはかなり辛いはずだ。

 実際、顔には疲労がうかがえる。


「……なっ、なら、アウトさんもうちで……いっ、一緒に休んでいったら、ど、どうですか…?」


 なんか緊張気味に赤面しながらミヤが誘ってくれる。

 つーか、この前まで一緒に暮らしていたのに、なんで今ごろ照れているんだか。


(……あ。そっか。アズがいないんだ)


 その事実に、ワンテンポ遅れて気がついた。

 なるほど。意味が違うわな……。


「……え、えーっと……今日は洗濯や荷物の片づけもあるし。このまま帰るわ」


「そっ、そうですか! そうですね!」


「つーか、ミヤちゃん……」


 オレは彼女にまっすぐと向きあう。

 そして、深々と頭をさげた。

 その理由は、謝罪じゃない。

 オレにとって頭をさげる初めての理由。


「今回は本当にありがとう!」


 それは心からの感謝。

 本当に彼女には助けられた。

 彼女がいなかったら、どうなっていたかわからないぐらいだ。

 だから、その気持ちをきちんと形にする。

 謝罪と同じぐらい感謝も大事なこと。

 両方とも相手にちゃんと届かなければならない。


「ミヤちゃんのおかげで、本当に助かった。危険な目にも遭わせちゃったけど……とにかくいろいろありがと!」


「……アウトさん……」


 ふと、彼女の手がオレの頬を包んだ。

 そして引き上げられる。


「――!?」


 気がついた時には、彼女の顔が目の前にあった。

 しっかりと重なっている唇。

 驚きのあまり目を瞑るのも忘れ、パッチリと開いた目でオレは彼女を見つめてしまう。

 1週間以上、一緒に暮らしてすっかりなれたはずのミヤの香り。

 だが、ふわっと薫るのは、初めての香り。

 目玉の奥で火花が散りそうな衝撃が走る。


「…………」


 最後に少し、口先を彼女の舌が名残惜しそうに走って離れた。


「今日はこんなところで許してあげます。でも、ミヤは本気になりましたからね? これからは覚悟しておいてくださいよー」


「…………」


「じゃ、じゃあ……おやすみなさい」


 呆然とするオレを置き去りにして、そそくさと去って行くミヤ。

 オレはまるでファーストキッスを体験したばかりの少年のように、しばらくその場に立ち尽くした。




 ……だからまさか、そのシーンを知り合いに見られていたとは、その時は夢にも思わなかったんだ。

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