第032話:オレたちは夜更かしを楽しんだ。

 巨大な象の足音が聞こえなくなった後。

 車の中で、オレはアズから衝撃的なことを教えてもらった。


〈――あれは、【森象もりぞう】といいます〉


「……それ、今は忘れられたエクスポの……あ、いや、なんでもない」


 なぜか頭の中で日本語変換されている、手帳に書いてくれた彼女の文字。

 それを見ながら、オレは説明をうながす。


「で?」


〈非常に平和的で大人しく、他の動物に危害をあたえたりいたしません〉


「…………」


〈森の守護者と言われていて、生命を奪うことはなく、むしろ森という生命を生みだす聖獣です〉


「……魔獣ではなく、聖獣?」


――コクリ


「……お、おとなしいの?」


――コクリ


「……襲ってこないの?」


――コクリ


「……怯える必要はないの?」


――コクリ


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「……うわああああぁぁぁぁ!」


 オレは両手で顔を覆って赤面を隠す。

 神の使いみたいな聖獣に、もの凄い勢いでブルってしまった。

 電動マッサージ器か、というぐらいブルってしまった。

 その上、カッコつけて「守ってやる」とか言ってしまった。


(つーか、恥ずかしくて悶え死ぬわ、こんちくしょう!)


 カッコもつけきれなかった上に、ものすごい勘違い……まさに道化である。

 穴があったら入りたいって、こういうことかと思い知る。


――ツンツン


 そんな悶えているオレの肩をアズが指先で呼んだ。

 オレは片目だけ指の間から覗いて、「なに?」と尋ねる。

 すると彼女は車の後方に這い這いして、後部テールドアを指さした。


「……開けるの?」


 外は冷えるのであまり開けたくないのだが、アズが非常に開けて欲しそうなので従う。

 オレはたぶん、この子には逆らえない。


「寒いから毛布かけとけよ。……開けるぞ」


 テールドアをリモコンで開けた。

 ピピーッ、ピピーッという警告音と共に、電動でテールドアが上がっていく。


「……な……」


 ドアが上がっていくにつれて見えてくる風景に、オレは言葉を失った。

 同時に、なぜアズがこんなに開けたがっていたのかわかった。

 彼女はオレに、これを見せたかったのだ。


 異世界と言えば、やはり「ファンタジー」。

 でも、「ファンタジー」というのは、「幻想的」という意味でもある。

 俺はまさに今、その幻想を見ている。


〈森象の足跡から生命が生まれます。車の明かりを消すと、もっときれいですよ〉


「お、おお……。これ、すぐ消えちゃうの?」


〈いえ。朝方までは……〉


「なら、ちょっと待て! こういうときはやっぱり……」


 オレは大急ぎで電気ケトルに水を入れてお湯を沸かし始めた。

 コップを二つだし、オシャレにコーヒーといきたいところだけど、ここはココアパウダで。

 お湯が沸いたら、注いで混ぜてできあがり。

 電気毛布を肩からかぶり、後部テールドア付近に座るアズ。

 彼女に、熱々の湯気が立ち上るコップの片方を渡す。

 嬉しそうに微笑む彼女を見てから、ルームランプを消して、彼女の隣に座った。

 それから同じように電気毛布をかぶって、ココアを手にする。


(準備完了!)


 そしてオレたちは顔を見合わせてから、そろって風景を楽しんだ。


 それは地面から伸びた木の芽のようだった。

 たぶん象の足跡の地面すべてから顔をだしているのだ。


 しかも、木の芽は、じっと見ていればわかるぐらいの早さで成長している。

 大きい物だと、オレの体よりも太く、オレの身長よりもでかいだろう。

 高さは2メートル程度だが、昔見た「ジャックと豆の木」の絵本に出てきたイラストを思いだす。


 だが、あのイラストと違うところは、木の芽全体が淡く光を放っていると言うことだ。

 最初は月明かりが反射しているのかと思った。

 しかし、蓄光塗料のように少し緑っぽく、ぼんやりとしていながらも、それは確実に発光していた。


 さらに、その木の芽には、次々と風船が膨らむように、木の実のようなものがついていく。

 しかも、形が一定ではない。

 丸かったり、長細かったり、まるで星形みたいな物まである。

 それらすべてがいろいろな色を持ち、やはりほのかに発光しているのだ。

 ピンク、イエロー、ブルー、オレンジ……。

 まるではそれは、クリスマスイルミネーションで飾られた道のようだった。


 いや、それよりも色が優しい。

 LEDライトのような、ギラッとした強い光はどこにもない。

 某テーマパークのエレクトリカルパレードのような、派手さもない。

 闇を照らしだすのではなく、闇に浮かんで融合するような光。

 融けあう柔らかな灯が、まるで風に流れるようにグラデーション豊かな道を作っている。

 ただ静かに、静かに……生まれ行く、それは生命の光。


「……きれいだな……」


 アズはオレの言葉にうなずいた。

 そして、青い髪の頭をオレの肩に預けてくる。


「…………」


「…………」


 オレたちは、ココア二杯分の夜更かしを楽しんだ。

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