第086話:オレはオレの戦い方で……
「――ふっ、ふざけるな!!」
アズパパが怒鳴った。
それは当然の反応だ。
2人の侵入者が提示した、自分たちが大人しくこのまま出ていく条件。
それは、村でもっとも魔力の強い女――すなわちアズ――を引き渡すことと、多額の金の要求だったのだ。
金はある程度の覚悟はしていたものの、村人をさしだす……しかも、自分の娘をさしだすなどできるわけがない。
だが、2人の侵入者は、強気で引く様子がない。
「私たちが本気出せば、この村を滅ぼすぐらいできるんだけど?」
「……本当にそうか? これでも魔族の村だ。確かに貴様もかなりの実力者だと言うことはわかる。魔族……たぶん、【黒の血脈】の者だろう。しかし、我が村には貴様ぐらいの実力を持つ者は、わんさかおるぞ」
「すべて女だろう? 女に戦わすのか?」
「命を守るためならば仕方あるまい……」
「おい! 面倒だからやっちまおうぜ!」
ワイバーンの男が声を荒げた。
それに、ワイバーンのささくれ立つような鳴き声が続く。
「そうだな。確かに女たちは面倒だが、戦闘は慣れておるまい。少し、暴れれば考えも変わるか」
「暴れるだと? それは困るな。こちらには、ちょうど今、客が来ててな……」
2つの木製コップの底をくっつけたような魔法の道具。そこから聞こえた、会話。
アズパパの口にする「客」が合図だった。
「行くぞ……」
アウトランナーの運転席で、オレが呟く。
助手席のミヤと、後部座席にいたアズが静かに、しかししっかりとうなずく。
カチッカチッとスイッチを操作して、消灯していたライトを一気にハイビームにする。
丸い光に照らしだされる、村の中央路。
数百メートル先に見える人だかりと、あのでかいワイバーン。
クラクションを数回、鳴り響かせる。
左右の建物に反響し、それは知らなければ未知の化物の雄叫びだ。
シフトレバーをDにいれる。
そして迫力をつけるために、チャージモード。
いつもの静かなモーター音とは異なり、エンジンが呻りだす。
チャージモードは、強制的に電力をバッテリーに充電するモードだ。
そのため、アクセルを踏んでいなくとも、エンジンはある程度の低回転数で常にまわっている。
その上、アクセルを踏みこむ。
あがる轟音。
力強いトルクが道の土を削りあげ、アウトランナーが急加速する。
数百メートルなど一瞬。
狙いを定めて急ブレーキ。
村人がアウトランナーのために開けていたスペースに見事に収まる。
本当はカッコよく横スライドして止めたかったけど、ABS(アンチロックブレーキシステム)をオフにしないと、やりにくいとかなんとか……。
要するに、オレにそういうテクニックはない。
少ししまらないのがオレらしいが、気にせずライトをロービームに。
すると、目の前には腕で目を覆うようにした魔術師と、あまりの驚きに暴れそうになるワイバーンを大人しくさせようと必死に手綱をとる男の姿があった。
「よし! ……じゃあ、後は頼んだよ」
オレは2人にそう残すと、運転席のドアを思いっきり開ける。
あまり突然の出来事に、固まったままの2人。
おお。格好つけないでも、意外に威圧感が出せているじゃないか。
ここで、こちらが怖れや緊張を見せてはいけない。
余裕を見せるように、オレは微笑して見せた。
「やあ。初めまして」
「……なんだ、てめーは!?」
ワイバーン男の威嚇に内心で震え上がるが、なんとか余裕を見せ続ける。
「オ、オレはこの村に世話になっている客。神人の【アウト】という者だ」
「しっ、神人……だと……」
魔術師の言葉に、明らかに畏怖が浮かぶ。
ここは、さらにダメ押しだ。
「ああ。神の世界からきたものだ。そして、こいつが神界の最強魔法生物【アウトランナー】だ」
オレがコンコンと車のルーフを叩くと、サイドミラーが一度折りたたまれ、そしてまた展開する。
さらにライトはパッシング。
まるでオレの紹介にアウトランナーが反応しているように見えるが、もちろん中で隠れながらミヤが操作しているのだ。
「魔法生物……神界のゴーレムということか」
「まあ、そういうことだ」
よくわからないが、そういうことにする。
精一杯の虚勢。
たぶん、今のところはいけているはず。
少なくとも、目の前の魔術師は非常にこちらを警戒しているのがわかる。
だが、それに対してワイバーンに乗っている脳みそ筋肉男は、あまり理解していないようだった。
「神人なんて伝説だろうが。いいからやっちまおうぜ!」
そう言うと、筋肉男はワイバーンの顔をこちらに向けせる。
これはヤバい。
こういう作戦は、筋肉バカには通用しないのか。
筋肉の脳みそで少しは考えろ!
このオレは、神人様だぞ、神人様!
本当は何にもできないけどな!
……やっぱ、ダメか?
「待て」
……と思っていたら、とめたのは魔術師の方だった。
「なんだよ?」
「この魔法生物、とんでもない魔力を蓄えている……」
魔術師のよく見えない顔が、アウトランナーを睨んでいるようだ。
「それに……」
そう言うと魔術師は小声で何かを呟く。
次の瞬間、魔術師の掲げた掌の上に炎の玉ができあがる。
野球のボールぐらいのサイズだろう。
だが、周りの松明よりも煌々とし、そして凶暴に見えた。
それをひょいと、指先を動かすだけアウトランナーに投げつけた。
まるで気楽なパスのようで、あまりに自然すぎて反応できない。
いや。反応する必要はなかった。
アウトランナーに炎の玉が1メートルぐらいに近づいた時、炎の玉はまさにかき消されてしまったのだ。
それはまるで手品のように一瞬の出来事だった。
「ななななっ!? なんだよ、今のは!?」
ワイバーンの男が、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くした。
対照的に、魔術師の方は予想通りだったのか、「やはり」ともらして言葉を続ける。
「この魔法生物とやらは、近づいた魔力を強力に吸いこみ、自分のものにできるようだ」
「……マジかよ……」
魔術師の説明に、ワイバーンの男は信じられないとアウトランナーを見る。
確かにアウトランナーには、魔力を吸収して蓄える力がある。
しかし、そこまで強力なものではない。
あくまで周囲に漂う魔力を呼吸でもするように吸いこむだけなのだ。
だが、それをアズのアイデアで、今は彼女が中からコントロールしている。
一時的に、指向性を持たせて、呼吸を深呼吸へ変更しているのだ。
こうすることで、アウトランナーは敵の魔法攻撃を吸収して無効化することができるのである。
ああ、凄いぜ、オレのアウトランナー!
つーか、一番凄いのは、アズだけど。
「やっかいだな……」
「だろ? こいつなら、あんたの障壁、吸いこんで無効化できるぜ」
本当にできるかどうかは知らない。
でも、できそうだってアズが言っていたから、ハッタリかます。
「障壁消されたってどうってことねーだろうが!」
バカ! 筋肉バカ! なに言ってんだよ! もう少し考えろ!
障壁がなかったら、魔法攻撃とか槍とか刺さるだろう?
そうしたら、痛いんだぞ! いいのか!?
「ちょっとやそっと、こんなヘナチョコの攻撃を食らったところで痛くも痒くもねえよ」
……え? そうなの?
「それに神人なんて伝説上の話だろうが。ハッタリに決まってら!」
き……筋肉バカのくせに勘がいいな!
「このカトリーヌで、その奇妙な魔法生物ごと焼き払ってやる!」
ワイバーンが甲高い声で鳴く。
つーか、そのワイバーン、「カトリーヌ」って名前だったの? 雌だったの?
ああ。そんなことどうでもいいのに、オレの心が逃避する。
「…………」
カトリーヌの顔がこちらを睨む。
蛇に睨まれたカエルとは、こういうことを言うのだろうか。
余裕を見せたつもりの顔のまま、オレは固まってしまう。
そして、脳裏に「失敗」の文字を浮かべるのだった。
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