第6話 アヤさん、パーティに加わる
地上に戻るとすでに日が沈みかけていた。俺はそのまま玄関に直進し、鍵を開けて家の中に入る。
目につく物を片っ端からマジックポーチに詰め込んでいく。ペットボトル、缶詰、インスタントコーヒー、マグカップ、食器、調理用具、ろ過器、モバイルバッテリー、携帯用ガスコンロ、寝袋、アウトドア用マット、コンパス、ヘッドライト、工具箱、蝋燭、ライター、シャンプー、タオル、服、文房具、双眼鏡、ティッシュ、TEMGA……さすがにこれはいらんか。
長期間ダンジョンに潜り続けるつもりなので、水と食料は多めに詰め込んだ。秘境暮らしなのでいざというときのために保存食は大量にある。10日は潜っていられるだろう。
「シャーッ!」
思いつくものを一通り入れたところで、猫が敵を威嚇する時の声が外から聞こえてきた。
アヤさんだ。
アヤさんは長毛の三毛猫で耳にカットが入っている「さくら猫」だ。俺がここに引っ越してきて半年ほど経った頃に麓の方からやってきた。
警戒心が強くなかなか馴れなかったが、時間を掛けて警戒心を解いていった。いまでは玄関にキャットドアをビルトインしているので彼女は気が向いたときに家に入ってくる。とりわけ冬場は家にやってくることが多い。
おっとり刀(正確には斧)で俺は外に飛び出した。10メートルほど離れたところで体に傷を負ったアヤさんが魔獣化した動物とにらみ合っている。
驚いたことにアヤさんの額にも「一」の文字が刻まれているが、魔獣化した動物とは違い禍々しいオーラは放っていない。フレンドリーな……というか、有り体に言えば「味方」のオーラだ。
一方、アヤさんと相対している魔獣は野生化したアライグマだ。
うちの近所には狸も狐もハクビシンもいるが一番たちが悪いのがアライグマだ。田舎に引っ越してくる前は可愛い動物だと思っていたが、完全に誤解だった。
猫餌を外に置いていると漁るし、餌を高いところにおいて食べられないようにしておくと嫌がらせに玄関の前に糞をしていく。
すごく強気な性格をしていて、俺と相対しても仁王立ちになって威嚇してくることがある。そのアライグマの額には「二」の文字が浮かんでいた。レベル2だ。
アヤさんは狩りが得意な「できる女」だが、猫よりも大きな体をしているアライグマが相手では分が悪そうだ。しかも魔獣化してレベル2なのだからアヤさんの勝ち目は薄い。
俺はアヤさんを相手に仁王立ちで威嚇するアライグマに向かって突進した。通常ならばアライグマのスピードにはついていけないが、今の俺はレベル6だ。自分でも驚くほどのスピードで突っ走る。
「アヤさんをいじめてるんじゃねぇよ!」
俺はそう叫びながらアライグマに蹴りを放つ。蹴りを受けたアライグマは木の幹に背中を打ち付けて、前方に倒れ込んだ。どうやら意識が飛んだらしい。アヤさんはその隙を逃さずにアライグマに飛び乗って首筋に致命の一撃をあたえた。
次の瞬間、アヤさんの体が輝き、彼女の傷がみるみると癒えていく。そして額の文字が「二」に変化した。レベルアップだ。体もほんのすこし大きくなったように見える。
アヤさんは上機嫌だった。俺の足元にすり寄ってきてゴロゴロと喉を鳴らす。そしてシャチホコのように前かがみになると後ろ足をピンと伸ばして、おしりを持ち上げた。
「おおっ、ポンポンおねだりのポーズだ!」
猫は尻尾の付け根に神経が集中しており、ここをポンポンと優しく叩いてあげると気持ちが良いらしい。しゃがみこんで一心不乱にポンポンするとアヤさんのゴロゴロの音量が上がり、尻尾がピンと垂直にのびる。これも機嫌が良いときの仕草だ。
アヤさんと目があう。見知らぬ猫の場合はなるべく目を合わさないほうが良いが、すでに信頼関係が出来上がっているので俺は目を合わせたままポンポンを続けた。するとなにやら精神的なメッセージのようなものが彼女から送られてくるのを感じる。
「これは……、もしかしてパーティ加入希望?」
俺がそう呟くとアヤさんが「にゃー」と答える。
猫とパーティ組めるなんて最高すぎる! 俺がそう思った瞬間、アヤさんはパーティに加入していた。
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