第11話 戦わずして勝つ
エレベーターが地下22階に到着するのを一日千秋の思いで待ち続ける。
長い。長すぎる……。気が焦るができることはなにもない。無意識の内に貧乏ゆすりをしながら、トントントンッと指で肘を叩いているのに気づき、俺は深呼吸して平常心を取り戻した。
エレベーターが地下22階に到着した時、化身『伊東3号』はまだ生きていた。俺は脱兎のごとくエレベーターから飛び出すと化身の額に自分の額をくっつけた。勢い余って頭突きのような形になってしまい。化身にダメージを入れてしまったが、これでスキルをロストする恐れはなくなった。
「パパ、大丈夫!?」
化身を心配した
「歌、心配するな。このお方が俺の主のレオナイト様だ。今のは最も光栄な形の挨拶なのだ」
<「うむ。歌といったな。大儀である。お前は伊東を介抱してやれ」>
化身と本体の両方を使って一人芝居を打って歌を安心させてから、俺はガラガエルに向き直った。
<「あんたもたまにはまともな事をするんだな」>
ガラガエルのほうを見やって俺はソフィアの声で呟いた。
「ずいぶんな物言いだな。その鎧は役に立ってるだろう?」
<「役には立っているが苦行だな」>
「どうしてもというのならばいま脱いでもらっても構わないぞ?」
ガラガエルはこちらの気持ちを見透かしたように薄っすらと笑みを浮かべて言った。上位魔人となってからはこの鎧を着ていてもそれほど苦しくない。定期的に「ファック」と言わなければならないのが面倒くさいが、この鎧の能力と時給50万マカを考えればいま脱ぐのは得策ではないだろう。
その辺りを知り尽くした上でガラガエルのやつはこんな事を言っているのだ。
<「契約は契約だ。条件については期間満了の時に交渉させてもらう」>
『大魔王ガーマの全身鎧』をいま脱ぐ気は毛頭ない。が、だからといって今のぼったくり契約を継続する気はない。期間を延長するのならばもっとマカの取り分を増やしてもらう。
「なるほど。食えない男だな」
<「おまえがな。けし……伊東を助けてくれたことについては礼を言うが、これでチャラになったと思ってもらっては困るぞ」>
「チャラ? 何を言う。元々貸し借りなど無いぞ? それに別に誰も助けてなどいない。ただ天使として公平にルールを適用しているだけだ」
「チッ! ファック!」
思わず本体の口から舌打ちが漏れる。
「なんなんだよ。急に出てきて人を攻撃するなんてフェアじゃないだろ」
くるみに治癒を受けた
「ルールを破ったのは貴様だ、中足。どうしても戦闘したいのならばこのエレベーター塔から出て戦うんだな」
ガラガエルは中足を見下すように言った。実際コイツは常に他人を見下しているように感じる。
「ああ、望むところだ。おいそこのキモいカエル、あんたがメタルおやじの親玉なんだろ? 外に出て勝負をつけようじゃないか」
中足はそう言って俺を睨みつけた。さすがに天使と事を構えることの愚かさは理解しているようで、怒りの矛先を俺に変えたらしい。
俺は何も言わずに中足の取り巻きの女たちを見渡していたが、俺の代わりに小太郎が口を開いた。
「中足、相変わらず自信過剰だな……。オマエごときがお屋形さまに喧嘩を売るとは失笑ものだ」
「……風間か!?」
「ああ、魔人に進化して少々見た目が変わったがな」
中足は『叡智のグラス』を取り出して、慌てて小太郎を鑑定した。
「なっ、レベル53だと!? しかもレジェンダリー装備まで持ってるのか……」
小太郎を鑑定した中足はそう呟いてから、俺の方を見やって絶望に顔を歪めた。ようやく実力差に気づいたようだ。
「なぁ天使さん、あんた確かに公正だって言ったな。ここでアイツラが俺を攻撃したら当然止めるんだよな?」
「まぁ、そうなるな」
中足の問にガラガエルがぶっきらぼうに答える。
<「外に出て勝負をつけようと言ったのはオマエだぞ?」>
「考えが変わったのさ。どうだろう……停戦といかないか? 俺たちはこのダンジョンから出ていくから手出し無用で願いたい」
中足は涼しい顔でそう言い放った。
なかなか見事な変わり身の早さだが、今更もう遅い。俺は【
「おい、何するんだ! くるみ! ミサ! さくら!」
俺との距離を取ろうとして後退りしていた中足を奴の女たちが羽交い締めにする。その他大勢の女たちも中足にデバフを掛け、くるみたちにバフを掛けている。こうなると中足は文字通り手も足も出ない。
彼女たちが中足の腕からレリックのブレスレットをもぎ取った瞬間に、俺の勝利が確定した。精神耐性を+2するブレスレッドだ。これを外してしまえば中足はガーマの技に抵抗できない。間髪に入れずに俺は【操邪眼】を中足に使った。
<「これは戦闘行為ではないよな?」>
俺はガラガエルを見やって尋ねた。
「そうだな……微妙なところだが、ガーマが嬉しそうにしているから黙認してやろう。街では使うなよ」
<「あんた街中で詩織に【
「双方の合意がある場合はまた別だ……」
流石のガラガエルもちょっとバツが悪そうな表情になったので、少しだけ気分が晴れる。
俺は【
<「さてと……裏切り者がでたようなので、皆殺しで良いか?」>
俺は化身の『人間伊東3号』に尋ねた。一人芝居だ。
「ま、待ってください! 中足を油断させて寝首を掻こうとしたんです。芝居だったんです!」
「せっかく育てたので殺してしまうのはもったいないでしょう。【性転換】した上で絶対服従の奴隷にして、忠誠を貫いた男たちに与えては如何でしょうか?」
化身を使ってそう進言させると、詩織が割り込んできた。
「そうすると女が少しあまりますよね? 1人で良いので食べさせてもらえませんか?」
<「仕方ないなぁ、1人だけだぞ……じゃあ、アイツを食べろ」>
俺はそう言って、顎で柘植を指した。
「うふふ。坊やいらっしゃい」
詩織はそう言って服を脱いで美しい肌を露出し、サキュバス固有のフェロモンを発散する。
柘植はまったく抗うことができない。虚ろな表情でよだれを垂らしながら、ゆらゆらと詩織に近づいていく。性的な意味で合体したと思われたのはほんの一瞬だった。
柘植はあっという間に果て、精気を搾り取られていく。若々しい肉体は徐々に骨と皮だけになっていき、レベル27だった額の紋章もどんどん低レベルのモノに変化していった。エナジードレインだ。
「うぁああ! 気持ち良すぎて何も考えられねぇえええ!」
柘植はそう叫ぶと白目を剥いて意識を失った。次の瞬間、額のレベル表記が消える。そして彼の肉体は塵となって虚空に消え失せていった。
サキュバスである詩織が「食べる」と言ったのは比喩的表現ではない。生命力の最後の一滴まで搾り取って吸収してしまうのだ。だが、「究極の快楽」を味わいながら死んでいくのだから、悪い死に方ではないだろう。むしろ最高の安楽死と言っても過言ではない。
「ごちそうさまでした。やっぱり若い生命は美味しいわ♡」
男をたくさん連れてきたのは、詩織の餌の問題を解決するためというのもある。裏切り者連中はこれから【性転換】で女にしてしまうので、中足の配下の男をある程度のレベルまで養殖しなければならない。
<「詩織、全部吸い取ってしまうのではなく、レベルが落ちない程度にちょっとずつ吸い取る技を覚えろよ」>
「いや……でも、生命の最後の一滴を搾り取る瞬間の喉ごしが最高なんですよ! ちょびちょびと食べたら味わえない美味さなんですぅー」
喉ごし? ビールかよ? やれやれ、詩織にも困ったものだ——。
まぁ、サキュバスだから仕方ないか。
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