第5章 イーオンとの邂逅

第1話 イーオンと追跡者

 いやー、こんな有名人に会うのは初めてだな。


 眼の前にいるイーオン・メロン=カモネギーと彼の愛犬を眺めながら俺は感慨にふけっていた。なにしろ彼は大変異前からの世界的な有名人だ。が、「サインをしてください」などと言える雰囲気ではない。何しろ彼は虫の息で死にかけている。どうやらアイテムボックスからポーションを取り出す余力すらないようだ。彼の愛犬の方もMPが尽きかけていて、主人を回復する余力はない。


 助けるのかどうかの選択をしなければならない。言ってみれば彼らはライバルだ。俺たちのパーティに匹敵するレベルのパーティは、イーオンのパーティぐらいだろう。少なくとも世間に知られているのは彼らぐらいだ。ここで彼らが死ねば自分たちは独走体制に入る、という考え方もある。


 治癒した途端に恩を仇を返される、という可能性もある。こちらに転移してきたのは俺とアヤさんとダメスの3名。平均レベルはほぼ互角だがこちらのほうが1名多い。よほどの戦闘狂でもない限りいきなり攻撃を仕掛けてくることはないだろうとは思うが……。


 それにイーオンが先程口走っていたセリフがきになる。彼は確かに「追手」とかなんとか言っていた。つまり、彼らをこんな状態にした者たちがやってくる可能性があるということだ。だとすればそちらのほうがよほど危険かもしれない。


 結局、彼らを助けるという結論にいたったので、アイテムボックスからポーションとマジック・ポーションを取り出そうとすると、脳内でソフィアの声が響く。


<あと23マカで彼はレベルアップして全回復するので、マカを渡したほうが安上がりです>


 なんとまぁ……彼はついてなかったな。いや俺が助けるのだからついているのか? レベル59とレベル60では敵対した場合の厄介さがだいぶ違うのだが、ソフィアが勧めてくるのだから恐らくリスクは低いのだろう。【鋳造】スキルを使って23マカ分のコインを作って、俺はイーオンの側にしゃがみこんだ。


<何があったのか知らんが、ここで会ったのもなにかの縁だろう。このマカでレベルアップすれば全回復する筈だ>


 ソフィアさんの力により、俺が放ったセリフは完璧な英語に翻訳されていた。こんな使い方もあるのか、と思わず感動する。


 俺が手渡した23マカは、彼の手の中で瞬時にエネルギーに変換されて吸収される。すると次の瞬間にはイーオンの傷が全快した。


 彼はすぐに愛犬の柴犬を治療し、こちらに向き直った。


「ありがとう。助かったよ。俺はイーオン・メ――」

<知ってるよ。有名だからな>

「こいつは柴犬のオカワリだ。今は聖獣に進化しているから聖柴犬と言ったほうがいいかな」


 オカワリって妙な名前だなぁ……。ま、日本人的には変だが、柴犬だしなんか日本語の名前をつけたかったのだろう。


「あんたは魔神レオナイトだろ? 『理』のサイトで見たよ。そして猫の獣人がアヤさんだな? 詩織って娘もいたはずだが?」

 

 イーオンは思った以上に俺たちのことを知っていた。というか、思っていた以上に俺たちが有名になっていたようだ。イーオンにしてみれば自分よりもレベルが上の存在が気になるのは当然といえば当然だ。


<彼女は別働隊を率いている。こいつはダメスだ>

 俺はそう言ってダメスの尻を叩いた。いままでの経緯もあるし、セクハラし放題で問題ない。


「ところで、ここはどこなんだ?」

 俺が聞きたかったことを逆にイーオンに尋ねられた。


<知らないよ。別のダンジョンから転移で飛ばされてきたところだ>

 俺は本体の方でため息をつきながら、ソフィアの声で応えた。


「なるほど……俺たちも転移してきたところだ」

<あんたたち死にかけてたじゃないか。何があったんだ?>


 俺がそう尋ねるとイーオンは経緯を説明した。話を要約するとこんなところだ。


 アリゾナ州にあるダンジョンの地下44階のボスを攻略したところで、パーティメンバーの3名が裏切った。彼らはパーティから抜けると同時に背後から強烈な攻撃を仕掛けてきたそうだ。満身創痍になって身動きが取れなくなったイーオンの襟首をオカワリが咥えて、近くにあった転移魔法陣に飛び込んだ。が、回復手段がなく死を待つより他はないという状況だったという。


「そうか……地下44階のボスを倒すと転移魔法陣が出現するというのは共通のようだな」

 イーオンはそう言って考え込んだ。


<で、その裏切り者の3名ってのは何者なんだ?>


 そう言った瞬間に空間が歪んで、何者かがこの部屋に飛び込んできた。俺たちのときと同様に彼らも転移直後は意識が朦朧としてしまうのだろう。彼らがバランスを崩して、壁にもたれかかったところにイーオンとオカワリが躍りかかる。


「裏切り者め、死ね!」


 そう叫んで放ったイーオンの一撃は剣で払われた。


 それは妙な光景だった。剣を持った男は立っているのがやっとのように見えたのだが、まるで剣が自分の意志を持っているかのように動いたのだ。


<魔剣ゲルガリアの存在を確認。大魔王ガーマの全身鎧と同様に神宝級の魔剣です>


 ソフィアの声が脳内でこだまする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る