第17話【第4章完結】戻れぬ岐路

「とどめにゃー!」

 

 既視感のある光景が目の前で繰り広げられる。水属性を付与したアヤさんがコーナーに追い詰められたイフリートに【乱爪撃】を連発している。


 イフリートは強かった……レベル59の割には。しかし、レベル61の俺が率いるパーティを単騎で撃退できるはずがない。しかもこちらは火属性のボスを想定して、装備などを整えてきているのだ。


 本来であればもっと簡単に倒せる敵だっただろう。なんだかんだと言って5人のメンバーが抜けた穴は大きい。とりわけ詩織は回復魔法や結界魔法に加えて、バフとデバフも担当していたので、彼女がいないと同レベルの敵が今までの倍ぐらい固く感じる。


 アヤさんの16連撃に耐えることができなかったイフリートが血反吐を吐きながら呟く。


「ゲフッ……見事だ。だがこれで終わりだと思うなよ……」

「油断は禁物だぞ! 第2形態があるやもしれん」

 

 イフリートの放った意味深な台詞を受けてモンタロスが叫んだ。


 緊張しながらあたりに気を配っていたが、いつまで経っても第2形態となったイフリートは出現しない。通常、ボスを倒した後には召喚魔法の巻物が残されているのだが、今回はそれも見当たらない。


 その代わり3つの魔法陣が空中に浮かび上がった。のように床に対して垂直に立っていて、歩いてくぐり抜けるような形になっている。


「<これは見るからに転移魔法陣だな>」

「オヤカタサマ、いかがいたすか?」

 直径は5m近いので巨漢のモンタロスやニャンキーでも中に入ることができそうだ。


「なんだか嫌な予感がするのぅ……」

 豪快な鬼王ニャンキーが珍しく気弱になっている。


 いまわのきわにイフリートが放った台詞はこれのことを指しているのだろうか? 間違った魔法陣に入ったら、高レベル者でも即死するような罠が待ち受けてい可能性はある。


「この部屋には出口がないようじゃ」

 

 魔法陣の奥にあるスペースを検分していた鬼姫アクラが報告する。正しい魔法陣を引き当てれば、イフリートを召喚する巻物を手に入れて先に進むことができる。が、間違った魔法陣に入ってしまうと試練が待ち受けているということだろうか?


<「よくよく考えれば無理して先に進むことはないな。引き返して55階の攻略に向かおう」>


 ダメスが付いてこれないという問題はあるが仕方がない。詩織のところに送って、かわりに小太郎に来てもらうか……などと考えているとダメスが甲高い声で叫ぶ。


「入り口が塞がれてます!」


 どこか少し嬉しそうな響きがあるのは気のせいだろうか? 何れにせよ、3つある魔法陣のどれかを選ばなければならないということだ。


 俺は3つの魔法陣を観察した。3つとも色が違う。左からオレンジ、紫、緑だ。また魔法陣に描かれた幾何学模様にも違いがあった。


<3つが異なる魔法陣であること以外はなにもわかりませんが、高等な転移魔法陣であることは間違いなさそうです>


 ソフィアさんの叡智を持ってしてもわかるのはそのあたりまでらしい。


「魔法陣には詳しいつもりでしたが、私にもまったくわかりません」

 

 ブラックモアがそう言うとモンタロスもうなずく。彼らは読書好きで博学な方だが、これらの魔法陣の詳細についてはわからないようだ。3つの魔法陣を見比べながらみんなであれこれと議論していたが、埒が明かない。


 やがてしびれを切らしたアヤさんがつかつかと真ん中の魔法陣に近づいてい行った。


「レオニャが選ばにゃいならあにゃいが選ぶにょ」


 アヤさんはそう言うと真ん中の紫の転移魔法陣に入ろうとしている。


「一人で入っちゃ駄目ファーック!」

 

 そう叫んで俺は慌てて駆け出した。そして他のパーティメンバーたち全員が同じ転移魔法陣に殺到する。どのみちなんの手がかりもないのだから、こうなったらアヤさんの野生の勘に掛けるしかない。


 転移魔法陣をくぐると視界が紫色に染まって、意識が朦朧とする。そして、気づくと全く見覚えのない場所にいた。俺の顔がダメスの尻に圧迫されていたので、ピシャリと平手打ちをすると、「あん♡」と艶めかしい声を出してダメスは意識を取り戻した。

 

 隣ではアヤさんが首を横にぶるぶると振っている。だが、他のみんなの気配がない。俺は慌ててあたりを見やったが、やはりこの場所には3人しかいない。


「他のみんなファック?」

「おかしいですね。入る前は俺……わたしの眼の前にブラックモアがいたのですが」


 ダメスが答える。


<どうやら他のダンジョンに転移したようです。「裏庭ダンジョン」で仲間にした魔物をこのダンジョンで召喚することはできません>


「ウーッ」


 ソフィアがもたらした情報に驚く暇もなく後方から大型の獣の気配が迫ってきた。跳ね起きて身構えると、そこには巨大な柴犬がいる。


<柴犬が聖獣へと進化したものです>


 ソフィアが告げる。レベルは57と高めだが、すでにかなりの怪我をしており満身創痍だ。


「くそっ! 追手か!?」


 柴犬の背後から人の声が聞こえる。英語だ。どうやら犬はその男を庇うように立っているらしい。


 どこかで聞いた声だ。このダンジョンはかなり暗いのではっきりとはわからないのだが、犬の姿も見覚えがあるような気がする。


 ダメスが気を利かせて光魔法を使って暗い空間を照らすと、犬の背後では血だらけになった男が突っ伏していた。


「ファック!? お前は……」

 俺がそう叫ぶと同時にソフィアの声が脳内で響く。


<イーオン・メロン=カモネギー、レベルは59です。HPが尽きかけているため放置しておくと3分以内に死亡するでしょう>



**** 第4章了 ****


ここまでお付き合いいただきまして、どうもありがとうございます。なるべく早く次章を書き上げたいと思います。

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