第5話 マジック・ポーチ

「ざけんな糞がっ!」

 俺は激怒した。怒りで頭が真っ白になり、ハズレ券を破り捨てようとして手に力を込める。しかし小さな文字が書かれていることに気がついて、すんでのところで俺は手を止めた。


『※ハズレ券を10枚集めると抽選で豪華景品が当たります!』


 しばらくのあいだその文言を睨みつけて呼吸を整える。ようやく怒りが鎮まってきたところで俺はぼそりと呟く。


「まぁ、一応とっておくか」

 そしてハズレ券を折りたたんでポケットにしまった。


 気持ちが落ち着いてくるとお得意の自己反省能力が顕現する。俺はなにを熱くなっているんだろうか? いい歳してるのにこの程度のことで怒りに支配されるとは情けない。

 こんな調子じゃ切れやすい高齢者になってしまうかもしれない。コンビニで酒を買う時に「俺が未成年に見えるのか!」とか叫びながら店員に食ってかかるような老人にはなりたくない。アンガー・コントロールがいちばん大切な年の功だ。


 俺は気を取り直してダンジョンの探索を再開する。宝箱の部屋から出たタイミングで先程の十字路にちょうどコボルトの一団が湧いていた。宝箱を開くのにもう少し時間を掛けていたらこいつらから奇襲を受けた可能性もあったな、と反省しながらサクサクと倒す。


 その後はしばらくは敵にエンカウントしなかった。魔物が湧くポイントは意外と少ないのかもしれない。3つほど宝箱を発見したが罠は設置されていなかった。中身はポーション2個と毒消し薬1個。

 目薬を一回り大きくした程度のサイズ感の瓶なのでポケットにしまい込む。収納が多いカーゴパンツを履いているのでポケットの容量はまだまだ余裕だ。


 罠なしの宝箱のほうがむしろ多いようだ。一番最初に凶悪な罠が仕掛けられた宝箱に出会ったのはむしろ幸運だったと言えよう。罠なしの宝箱が続いて気が緩んだところであの宝箱に遭遇していたら死んでいたかもしれない。


 更に探索を続けていくと俺は行き止まりにぶつかった。だが、すぐに引き返すようなことはしない。

 行き止まりには2種類ある。結果的にできてしまった行き止まりと、意図的に作った行き止まりだ。目を見開いたり眇めたりしながら周囲の壁を検分する。そして行き止まりの部分の壁を三方向とも手で押して感触を確かめた。


「ここだぁ!」

 そう叫びながら斧頭を壁に叩きつけると、フェイクの壁が雲散霧消し奥に隠し部屋が現れた。明らかにワンランク上の高級感を漂わせる宝箱が鎮座している。


 我ながらなかなか冴えている。チョークがあったら「この先、馬はないぞ」とかいうたぐいの訳の分からないメッセージを床に書いていたかもしれない。


 もはやルーチン化してきた一連の手順で罠を確認してから、宝箱を開けるとウェストポーチが出てきた。手に取った瞬間にそれがただのウェストポーチではないことがわかる。これはマジックアイテムだ。


 ウェストポーチは薄いが、間口はかなり広い。ためしに手を入れて見るがどんどん中に入っていく。肘まで入ったあたりで少し怖くなって手を引き戻した。

 続いて斧を入れてみるが長さ1メートルほどの斧がすっぽりと入ってしまう。一度しまった後で斧のことをイメージしながらもう一度手を入れると、手のひらに斧の柄が吸い付いてくるので簡単に取り出すことができる。


 完全に超常現象なのだが、俺はすんなりとこの現象を受け入れた。ゲームばかりやってきたおかげだろう。


「よし一旦戻ろう」

 俺はそう独りごちると駆け出した。転送室に戻る直前の例のT字路でゴブリンを3匹倒したところでレベルが6に上がり、俺は再び地上へと戻った。

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