第4話 鬼畜すぎる宝箱

 ダンジョンの探索を進めたいのはやまやまだが、とりあえずT字路の狩り場を使ってレベル5まであげた。

 前回のレベルアップと同様、レベル3に上がった時ほど劇的な変化はないが、確実に強くなている。とりあえずこの場所でのレベル上げはこれぐらいで十分だろう。ゴブリン相手ならば苦戦することはないはずだ。


 T字路を左折して30メートルほど進むと十字路があった。

 死角がある場所では敵の伏兵に注意すべし――という教訓を身を持って味わった俺はダッシュして十字路を抜けて、素早く反転する。眼の前では左右からの挟み撃ちを狙っていたコボルトたちが、つい先程まで俺がいた空間を錆びたナイフで切り裂いていた。


 コボルトはゴブリン似ているが色が茶色で獣のような毛が生えている。ちなみにゴブリンは緑色で頭が禿げ上がっている。ともに目が逝っちゃっていて、よだれを垂らしているのでかなり気持ち悪い。


 でもそのほうが俺も戦いやすい。愛くるしい見た目だったら斧を振るうのが辛い。ポリティカル・コレクトネスに厳格な人から見ればこれもルッキズムなのだろうか?


 大きく空振りしてバランスを崩しているコボルトの一体の頭をかち割り、敵が反撃してくるよりも早くもう一体のコボルトの横腹を斧でえぐる。


「とりあえず2匹」

 そう呟いてバックステップで距離を取る。

 すると更に4匹のコボルトが左右の通路から現れた。

 

「おりゃっ!」

 俺は気合を入れて斧を横に薙ぎ払った。

 4匹中の3匹を一撃で屠る。

 どうやらコボルトはゴブリンよりも弱いらしい。

 床に尻もちをついていた残り一匹も冷静に倒す。

 手応えがなさすぎる。


 正直ってコボルト相手だといささかオーバーキルな感じで、実力差のある敵を蹂躙することに後味の悪さを感じてしまう。


「そんな考え方は甘い。綺麗事を言っていたら次に死ぬのは自分――それがダンジョンだ」

 などとリアルダンジョンは初心者の癖に知ったふうな独り言を呟く。


 実際、最初の魔鹿戦や2戦目のゴブリン戦はかなり危なかった。

 もし鹿を倒さないでレベル1の状態でダンジョンに突入していたら、ゴブリンに殺されていたかもしれない。

 最初のゴブリン戦の時に転移室に逃げるかわりにこの十字路に逃げていたら合計9匹の魔物に囲まれて一方的に殺されていただろう。

 慎重に行動してきたからまだ生き残っているのだ。


 俺は十字路の真ん中に立ってすべての分岐を確認した。そのうちの1つが宝箱のある部屋に直結している。

 ……怪しい。


 十字路から視認できる位置に宝箱を配置するだろうか? おびき寄せるための罠かもしれない。とはいえ、さすがに宝箱を無視することはできない。ダンジョンで宝箱を開ける――それは男のロマンだ。


 俺は斧を構えたまま慎重に歩を進めた。幸い部屋の中には魔物はいない。宝箱は木製で部分的に金物で装飾されていた。


 俺は周囲の状況をチェックする。罠があるかもしれない。あるとすれば宝箱を開けた瞬間に矢が放たれる仕組みや、毒霧などが考えられる。

 現時点では毒などの状態異常を治す手立てはないので、毒だとしたらかなり厄介だ。壁には穴などは空いていないようだが、なにしろ薄暗いのでカモフラージュされていたら見つけるのは難しいだろう。俺はスマホの懐中電灯機能を使って念入りに壁を調査した。

 

 続いて天井をチェックする。宝箱を開けようとしてしゃがんだところを天井にへばりついていた魔物が落下攻撃してくるというのもよくあるパターンだ。

 念入りにチェックしてみたが、とりあえず魔物はいないようだ。矢を放つための穴も見当たらない。


 次は床だ。床のタイルを踏むとそれがトリガーになって罠が発動するというパターンもある。スマホの懐中電灯で床を照らして観察すると、宝箱の前のあたりの床の色がすこし周りと違うのに気づく。

 俺はその部分に斧頭(刃の逆側)を叩きつけた。床のその部分は脆く、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。


 俺は床にできた穴を覗き込んでスマホの懐中電灯で照らしてみた。穴の直径は1メートルほどで深さは3メートルほどか。穴下の床には長さ50センチ以上の太い針が上向きに敷き詰められていた。


「怖っ!」

 最初の宝箱でいきなりこの罠? 初見の初心者プレーヤーの大半はここで死ぬんじゃないだろうか。地下10階とかだったらわかるけど、地下1階だよ?

 このダンジョンやばすぎ。正直言って、俺はびびっている。もう攻略は諦めて家に戻ろうかな、なんて考えすら頭に浮かぶ。


 俺はかぶりを振って深呼吸した。何を考えているんだ。このダンジョンの攻略にすべてを賭けると誓ったばかりじゃないか。上等だ。すべての罠を見破って生き残って見せる。

 床の罠は見破ることができたがまだ安心するのは早い。複数の罠が仕掛けられている可能性もあるのだ。


「せいやっ!」

 気合を入れて斧刃を宝箱の木製部分に叩き込み、素早く引き抜くと斧を構えて警戒態勢を取った。しばらく待ったがなにも起こらない。どうやらミミックではないようだ。


 次はいよいよ最後の仕上げだ。俺は床に突っ伏して腕を伸ばし、斧で宝箱を開こうと悪戦苦闘していた。マジックハンド的なものがあればさほど難しい作業ではないのだが、なにしろ斧なので細かい作業は難しい。


 なぜこんなことをしているのかというと毒霧や転移罠を警戒しているのだ。毒霧ならば上方向に広がるだろうし、転移罠の場合でもこれだけ離れていれば恐らく発動対象外だろう。


 試行錯誤の末に宝箱の蓋を開くのに成功すると、案の定あやしい色をした煙が宝箱から立ち上る。俺は床に突っ伏したまま息を止めてやり過ごしてから立ち上がった。


 一階で最初に見つけた宝箱に二重に罠が設定してあるなんて、いくらなんでも鬼畜すぎる。最下層の罠がどうなっているのかまったく想像できない。


 開いた宝箱に近づいてそろーりと中を覗き込んでみると、一片の紙切れが置いてあった。

 俺は嘆息してその紙切れに手を伸ばす。これだけ苦労して開いたんだから伝説の魔剣とかを置いてほしいものだ。

 

 手に取った紙切れを裏返し、そこに書かれた文字を読んで俺は気が遠くなった。


『ハズレ』

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