第7話 休憩室

 アヤさんがパーティに加入すると彼女の状態がよく分かるようになった。一般的なRPGのように数値で理解することはできないが、だいたいのことは以心伝心で伝わるようだ。


 俺は一旦家に戻ってキャットフードなどの猫用品をマジックポーチに入れて、倉庫に置いてある伸縮式の剪定ばさみをポーチに入れた。これは3mぐらいまで伸ばすことができて、ハンドグリップでハサミの部分を操作できる。宝箱を開ける時のリスクが大幅に減るはずだ。


 ふたたびダンジョンへと向かうと、アヤさんがてくてくと後ろをついてくる。かわいい。


 魔法陣を使用して転移して例のT字路に近づいていくと、アヤさんが身構える。どうやら死角に潜んでいる敵を察知する能力が高いようだ。これから初見のエリアを探索する際には役に立ってくれるだろう。

 左側の通路でゴブリンが待ち構えているのは知っているので、サイドステップで飛び出してそのまま斧を振り下ろす。まずは1体。

 

 2体目のゴブリンが錆びたナイフで切りつけてくるが、俺は敵の攻撃を避けずにそのまま斧を振り下ろす。レベル6になったあたりからゴブリンやコボルトの攻撃ではほとんどダメージを受けなくなった。たぶんHPが1だけ減るような攻撃だろう。ポーションもあるので多少ダメージを受けてもなんとかなる。最後のゴブリンの攻撃をしっかりと躱してから、確実に一撃で倒す。

 

 3体倒したが、アヤさんのレベルは上がらない。経験値がパーティメンバーに等分されるのであれば、更にもう3匹倒す必要があるだろう。あるいはとどめを刺した者が経験値を総取りするというルールなのかもしれない。これは検証する必要がありそうだ。


 ゴブリンたちがリスポーンするまですこし時間がかかる。俺は腰を下ろしてマジックポーチから液体状の猫のおやつ『チューレ』を取り出した。長毛種にやさしい毛玉ケアタイプだ。指につけてアヤさんに与える。アヤさんが一本舐めきると、冷蔵庫から取り出してきたスポーツ飲料をごくごくと飲み干した。


 伸び運動などをして時間を潰していると、ゴブリンたちが湧いてくる気配がしたので斧を構える。出現したゴブリンたちを馴れた手付きで次々と倒すとアヤさんのレベルが3になった。

 どうやらパーティを組んでいれば、攻撃に参加しなくてもレベルが上がるらしい。


 レベル3になると、アヤさんは一気に大きくなった。全長は60センチ以上ありそうだ。元のサイズより10センチは大きくなっている。


 野生の本能なのだろう。レベル2のときはゴブリンを警戒して不用意に近づかなかったが、レベル3になるとアヤさんは積極的にゴブリンに仕掛けていくようになった。一撃でゴブリンを倒すことはできないが、動きが素早いので敵の攻撃はまず当たらない。敵の注意がアヤさんに向いている隙に俺が斧で斬りつけるというコンビネーション・プレーが出来上がりつつあった。なかなか良い感じだ。


 リスポーン待ちを繰り返し、アヤさんのレベルが4まで上がり、続いて俺のレベルも7になった。その頃には俺もアヤさんもここでのゴブリン狩りに飽きはじめていた。


「もう1回やったら未踏のエリアを探索するかな~」

 と思っていると不意に雷に打たれたような衝撃を感じる。と言ってもダメージを負っているわけではない。何かしらの重大な変化がこの世界に起こったのを直感的に感じる。


 とりあえず変化の1つはすぐに検証することができた。ゴブリンがポップアップする位置がランダムに変化するようになったのだ。変化の幅はそれほど大きくなくせいぜい20メートルほどだ。以前までは出現直後にはボケーッと突っ立ていたのだが、変化後は現れるとすぐに周囲を警戒するようになった。


 つまり先程あの感じは「アップデート」なのだろう。俺はそう理解した。リスポーン直後に背後から急襲する手はもう使えなさそうだ。


「しっかし……運営? 仕事早いな」

 運営って誰なんだろ。神? いや、どのみち理解の埒外のことばかりが起こっているのだから、こういうことは考えたら負けだ。今いちばん大事なのはありのままの現実を受け入れて適応することだ。


 ゴブリンを挑発して転送室まで連れて行くハメ殺しがまだ有効なのか検証してみると、まだ使えることがわかった。あまり多用しすぎるとまた修正アップデートが来るかもしれないので、経験値的に美味しいところを見つけるまではとりあえず封印しておこう。

 検証が終わったのでゴブリン3匹を始末するとアヤさんのレベルが5になった。


 例のT字路の左側のエリアはすでに探索済みなので、右側のエリアを探索していく。このエリアには敵が出てこなかった。今は自分たちしかいないからいいが、混雑してきたら魔物の取り合いが発生しそうだ。もうちょっとエンカウント率が高くても良いのではないだろうか?


 宝箱もいくつか見つけたが罠は設置されていなかった。最初に遭遇した宝箱だけが凶悪だったようだ。ひょっとしたらあの罠もアップデートで修正されているのかもしれないが、これからより深い階層に潜ればきっとまた遭遇するだろう。


 しばらく探索を続けると大きな部屋に出た。部屋の中には直径5メートルほどの正円の穴があいている。覗いてみたが穴はかなり深いようだ。底が見えない。壁には操作パネルのようなものが設置されているが。そのパネルには電気が来ていないらしくボタンを押してもなにも起こらなかった。


 ピンときた。多分これはショートカットのエレベーターだろう。下の階にあるスイッチを押すと電源が投入され、簡単にここまで戻ってこれるのだ。


 更に数時間ほど歩いて、地下一階の探索を一通り終えたので、俺とアヤさんはすでに見つけていた階段から地下2階へと下りた。


 階段を下りると「B2F」と書かれた扉があり、扉を開くと広い部屋があった。向かい側の壁にも同じような扉が設置されているが、両方の扉を閉めれば敵が入ってくることはなさそうだ。


 休んでくれと言わんばかりに簡易ベッドやソファーやテーブルなどの家具も置いてある。トイレまで設置されているのには驚いた。ひょっとしたら罠かもしれないが、恐らくここは休憩室のたぐいだと思って間違いなさそうだ。


 スマホを取り出して時刻を確認すると夜8時――休憩するにはちょうど良い頃合いだろう。

 俺は猫用の容器を2つ取り出しキャットフードとミネラルウォーターを入れた。そして、マジックポーチから携帯用のガスコンロとヤカンを取り出してお湯を沸かす。天井はかなり高いので一酸化炭素中毒の心配はなさそうだ。


 疲れているので調理をするのは面倒だった。カップラーメンとバナナを食べるとすぐに眠気がやってきた。



****** 【付録:額のレベル表示】 ******


レベル4

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レベル5

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レベル6

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レベル7

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実際には線がもっと太くて破線(— —)の空白が短い感じです。

詳細については付属資料が一応あります。

https://kakuyomu.jp/users/transhiro/news/16817330663614567853



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