第8話 若返り!?

「うわぁああ、押しつぶされるぅ!」

 俺は絶叫をあげて跳ねおきた。


「はぁ、はぁ……夢か」

 そう呟いてから悪夢の原因に気づく。アヤさんが腹の上で寝ているのだ。レベル5になったアヤさんは元の倍ほどの重さになっている。8キロ近くありそうだ。アヤさんは俺の叫び声を聞くと耳をぴくっと動かしたが、目を眇めて「うるせえよ」という感じの表情をして再び瞳を閉じてしまった。


 枕元に置いてあるスマホで時刻を確認すると朝の4時半だ。昨晩は早めに寝たので8時間近くは眠っていたようだ。

 しかし、こんな状況でも熟睡してしまう自分が怖い。本来であれば交代で見張りをすべきシチュエーションなのだろうが、猫にお願いしてもたぶん理解してくれないだろう。


「アヤさん悪いけどちょっとどいてくれる?」

 俺はアヤさんに声をかけた。しばらく待つとアヤさんは不承不承といった感じで起き上がり、俺の腹の上で伸びをしてから床に飛び降りた。

 パーティーリーダーとしての威光だろうか? 昨日までのアヤさんだったら3回ぐらいお願いしないと動いてくれなかったが、今朝はわりとすぐに聞いてくれた。


 俺はアヤさんの餌を用意してからトイレに向かった。トイレには洗面設備まで完備されている。いざというときは浄水器の『ブルタ』を使ってここの水を飲料水にすることもできそうだ。


 鏡に映る自分の姿にまじまじと見入ってしまう。別にナルシストになったわけではない。昨日は額のレベル表示に気を取られて気が付かなかったが、少し若返っている。額のあたりの髪の毛は年相応に後退していたのだが、5年前ぐらいの戦線にまで回復しているし頭頂部のボリュームも若干戻っている。


 そういえばスマホの距離も近くなった。宝箱で見つけた「ハズレ券」に小さいフォントで書いてあった「※ハズレ券を10枚集めると抽選で豪華景品が当たります!」という文言も以前だったら老眼鏡なしでは読めなかったはずだ。


 若返っている。そして恐らくこの現象はレベルアップと関係している。

 レベル上げのモチベーションがまた一つ増えた。フェードアウトしていくだけの人生だと思っていたが俄然たのしくなってきた。


 早くこの階層を攻略したくてウズウズしていたので、朝食はシリアルに牛乳を掛けて手早くいただいた。半分ほど残ったパック牛乳はマジックポーチに戻す。

 恐らくこの中は異空間になっているのだろうから、激しく動いても中の牛乳がこぼれたりすることはないだろう。そう思ったものの、念のためにホッチキスで口を止めておく。そういう性格なので仕方がない。


 地下2階は敵が強化されていた。ゴブリンやコボルトは引き続き出現したが、額に刻まれた文字が「二」に変化している。そのぶん獲得できる経験値も若干増えているようだ。

 さらにこの階層からはという真っ黒なイノシシも登場するようになった。とりあえず「ダークボア」と呼ぶことにする。レベルは2だが、ゴブリンよりも硬い。とりあえず休憩室の近場を探索すると俺のレベルが8に上がった。


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「スキル」も覚えた。俺が覚えたのは【戦独楽いくさこま】という技だ。自分の体を軸にして回転しながら攻撃する技で、回転するたびに徐々にスピードが上がっていき与ダメージが増える。三半規管が悲鳴を上げそうだな攻撃だが、スキルとして覚えてしまうと長時間回っていても平気になる。


 アヤさんは【乱撃爪らんげきそう】という爪攻撃を覚えた。左右からの前足の猫パンチを連打する技で、これも連打数が増えるほうが与ダメージが増えるようだ。【戦独楽】は複数の敵を相手にする時の方が有効で、アヤさんの【乱撃爪】は単体相手のほうが有効なようだ。


 ちなみに「スキル」の名前は自分で考えたわけではない。技を思いついたときや見た時に自動で脳内にひらめくのだ。自分で編み出した技ではなく、システム? のようなものに予め用意されているものだろう。


 10時ごろに休憩所に戻って早めの昼食を用意する。携帯用ガスコンロはОD缶とCB缶の2つを持ってきたので、片方で無洗米を炊きつつ、ドロップしたダークボアの肉を切る。血抜きがされた状態でドロップするため、獣臭さがないのがありがたい。自分で解体しないとならないのであれば尻込みしただろう。


 3体ほど倒して1つしかドロップしなかったので割りとレアだ。重さは1キロほどなので、敵の大きさを考えるとだいぶ少ない。半分ほど切り分け、残りはラッピングしてマジックポーチにしまい込む。


 軽く塩コショウをまぶしてからフライパンを使って中弱火で表と裏を焼く。豚系の肉だし初めての食材なので入念に火を通した。そして蓋をしたまま火を止めて5分ほど待ったところで、ちょうどご飯が炊けた。


 アヤさんも食べたがっていたので、一口サイズに小さく切り分けて彼女の容器に肉を盛ると、彼女はガツガツとすごい勢いで食べた。

 人間用の食事は猫にとって味付けが過多なのだが、素材本来の味を確認したかったので塩コショウは控えめにしか使っていない。たぶん大丈夫だろう。


 俺は塩ダレを少しかけて食べた。なかなか旨い。味は豚肉に似ているがもう少し濃厚な感じがする。とくに脂身はとろけるような質感でありながらそれでいてしつこくない。

 

 余った肉とご飯でおにぎりを3つほど作ってマジックポーチにしまっておく。食器と調理用具はトイレの流しで洗ってからポーチにしまった。まだ自分たち以外に使った人はいないので、トイレの流しと言っても不潔な感じはない。


 一息ついてから本格的に探索を進めていく。休憩室から徒歩15分以内のエリアはすでに探索し尽くしたので、更に奥へと進んでいった。壁から弓矢が発射される罠が併設された宝箱で2つ目の「ハズレ券」を入手し、普通の宝箱からポーションと毒消し薬とマジック・ポーションをゲットする。


 ステータスを数字で確認することはできないが、どうやら「スキル」はMPのようなものを消費するようだ。連続して使いすぎると頭がガンガンと痛みだす。

 しばらく使わないでいるともとに戻るので、恐らく時間経過で自動回復しているのだろう。緊急時にはこのマジック・ポーションが役立つことになる筈だ。


 そのような感じでしばらく探索を進めていると怪しげな行き止まりにぶつかった。行き止まりの壁自体は普通だったが、そこから5メートルほど手前の左側の壁が隠し扉だった。

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