第9話 魔法はじめました〜

 隠し扉の向こうには大きな部屋があった。大きくて豪華な装飾が施された宝箱を護るように多数の魔物が配置されている。俺はとっさに身構えたが、どうやら部屋から出てくる気配はないようだ。あくまでも宝箱の守護が役割なのだろう。


 魔物は全部で13体いた。頭一つ大きくて目立っているのが槍と盾を持ったホブゴブリンでレベルは5。レベル3のゴブリンが4体、レベル2のゴブリンが4体、そしてレベル2のコボルトが4体いる。


「勝てるか?」

 俺は自問した。レベル的にはこちらのほうが上だがなにしろ多勢に無勢だ。


「とりあえず様子見の攻撃をしてすぐに撤退しよう」

 俺がそう言うとアヤさんが「にゃ」と短く返答した。レベルが上って知力も向上したのだろう。アヤさんとの間の意思の疎通がだいぶ楽になってきた。


「うぉおお!」

「フギャーッ!」


 俺とアヤさんは咆哮をあげて魔物の群れに突進する。群れのリーダーだと思われるホブゴブリンに向かって【戦独楽いくさこま】を放ちながら近づきつつ、コボルトとゴブリンを1体ずつ仕留める。

 それを見たホブゴブリンが叫び声をあげると、残りの敵はバックステップで距離を取った。どうやら指揮を取っているらしい。こいつはちょっと厄介だ。


 ホブゴブリンが俺の攻撃を木製の中盾で受けると、俺はバックステップで退避した。このまま盾受けされ続けるとMPが切れたタイミングで包囲攻撃を受けてしまいそうだ。


「アヤさん、一旦退くぞ!」

 俺がそう叫んだとき、アヤさんは【乱撃爪らんげきそう】でレベル3のゴブリンを始末していた。アヤさんが退避しようと反転した瞬間を狙ってホブゴブリンの槍がアヤさんの脇腹にヒットする。距離があって体が若干泳いでいたせいかクリティカルにはならなかったが、無視できないダメージが入ったようだ。


 俺はアヤさんの撤退を支援すべくホブゴブリンに斬りかかるが、またもや盾でガードされてしまう。そしてそこを狙ってゴブリンが2体動時に斬り掛かってきた。俺はとっさに回避したが敵の攻撃のほうが速い。左腕と右肩に敵の攻撃がヒットする。


 視界の隅で確認すると、アヤさんはジグザグに素早く動いて後方の敵を撹乱しながら出口に向かっていた。


「うぉおお!」

 俺はふたたび咆哮を上げると踵を返して【戦独楽】を放つ。コマのように回転しながら出口に向かって進むと敵は回避したが、逃げ遅れたコボルトを1体仕留めることができた。


 部屋から出ることにはなんとか成功した。俺はすぐに反転して敵の動きを見定める。部屋の出口付近まで追ってきた敵モンスターたちがこちらを睨みながらゆっくりと後退りしていく。部屋の外まで追いかけてくることはないようだ。


 俺はポーションを取り出してアヤさんの傷口に振り撒いた。彼女の傷がみるみるうちに癒やされていく。そしてポーションをもう一本取り出して、半分ほど飲み干し、残り半分を傷口に直接かけた。


 猫用の容器を取り出してマジック・ポーションを注ぐと、アヤさんがペロペロと舌を出しながら飲んだ。半分ほど飲んだところで「もうこれで十分」という顔で「にゃ」と鳴いたので残りは俺が飲んだ。

 猫用の容器に入れたものだが気にしない。なにしろマジック・ポーションはあと1本しかないのだ。


「くそっ、飛び道具があればここからハメ殺しできるのに」

 なにか使えるものはないだろうか? と思いながらマジックポーチをまさぐる。取り出したのは食事用のナイフだ。なまくらなのであまり期待できそうもないが、いまの俺のステータスならばそれなりのダメージを与えることは可能かもしれない。


 こちらを警戒していた敵の緊張が緩んだタイミングで俺はナイフを投擲した。

「ギッ!?」

 不意を疲れたコボルトの目にナイフが突き刺さる。敵が怯んだ隙にさらにナイフを3本連投してコボルトを倒した。


「ギゴッ!」

 ホブゴブリンが叫ぶと敵は落ち着きを取り戻し、しっかりとガード体制をとるようになった。密集しているので当てるのは容易なのだが、致命傷は入らない。


「あと8匹……まだちょっとキツイか」

 そうつぶやきながらも次の手を考えつく。

「にゃ」

 作戦を考えながらアヤさんと目を合わせると返事があった。恐らく通じているだろう。


 俺は独りで部屋の中に入っていき左端を進んだ。するとホブゴブリンは自分以外の7匹を迎撃に向かわせる。

 歩を止めて奴らを迎え撃つ体制を整え、十分に引き付けたところでアヤさんが部屋の中に侵入し素早い動きでホブゴブリンを翻弄する。

 タイミングを合わせて俺も【戦独楽】を繰り出した。狙いはホブゴブリンではなく自分が引き付けていたザコ敵の殲滅だ。


 敵の一団は慌てて防御態勢を取ったが盾持ちはホブゴブリンだけ。瞬く間のうちに2匹を倒す。

 ホブゴブリンの注意がアヤさんに向いている隙に、俺は回転したままUターンして残りの雑魚の殲滅に取り掛かった。


 残り5匹のうちの3匹を倒したところでMPが尽きかけたので、マジック・ポーションを飲み干す。レベル2のゴブリンの攻撃をまともに受けてしまうがレベル差のお陰で致命傷にはならない。

 受けたダメージを無視して、息をつく暇もなく連撃でそのゴブリンを倒す。そして残りもう1体のゴブリンも敵の攻撃を躱すことなくゴリ押しで倒した。


 かなりのダメージを受けたがまだ動ける。予め用意していたポーションをがぶ飲みし、残ったホブゴブリンに向かう。

 ホブゴブリンとアヤさんは一進一退の攻防を続けていたが、アヤさんは敵の注意を引き付けることに専念していたのであまりダメージを負ってはいなかった。


 2対1となるともはや敵ではない。俺の戦技を受けるためにこちらを向いたところを背後からアヤさんが喉元に噛み付いてしとめた。どうやら【絶牙】というとどめを刺すことに特化したスキルを覚えたようだ。


 俺のレベルは9になり、アヤさんのレベルは6になった。

 ソロだったらかなり厳しかっただろう。


 罠を確認してから宝箱を開けるとそこには巻物スクロールが入っていた。巻物を開いてみると魔法陣が描かれている。この魔法陣を額につけると回復魔法を覚えられる、と注意書きに書いてある。


 ハズレ券は日本語だったのに、なぜこの注意書きは英語なのだろうか? 一貫性がない。ベータ版ぽいって言うか……、「見切り発車でとりあえずダンジョン始めてみました」みたいな感じだろうか。


「まぁ、いいか」

 そうつぶやきながらスクロールを額に近づけると、アヤさんが体を割り込ませるように飛び込んできて魔法陣を自分の額に押し付けた。


「あ」

 そう呟いたがもう遅い。次の瞬間、アヤさんの身体は光に包まれスクロールは虚空に消え失せる。

 魔法を使ってみたかったのに……、まぁ、近いうちにまた覚えるチャンスがあるだろう。アヤさんも頑張ってくれたし当然のご褒美だ。猫だから仕方ない。


 この戦いが地下2階のハイライトだった。その後はダークボアを2匹倒し肉塊をもう1つゲットし、アヤさんのレベルが7に上がる。順調に探索を進め、マジック・ポーションなどをゲットしつつ無事に地下3階の休憩室へと進んだ。



※レベル9の表示

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