第15話 憧れのお姉さん

 風間は自分の状況を赤裸々に語った。どうやら駆け引きをするつもりはないようだ。俺もこちらの情報を正直に伝えておく。と言っても、このダンジョンの階層ボスや罠についての情報は教えなかった。念話を通して中足なかたしに漏れる懸念がまだ残っている。


「それで今の税率は何パーセントなんだ?」

「50%さ。しかも毎月100万マカを稼げと背中を突っつかれている」


 ならば晶くんと子パーティを組んだほうが彼も幸せだろう。中足と事を構えることになったとしても、俺たちが後ろ盾になることができる。

 晶くんたちには早く追いついてほしいので、進化が完了次第、地下23階以降に潜ってもらうつもりだが、2人パーティというのがちょっと心配だった。


「ところでそこにいる方はもしや……獣人さんか?」

 アヤさんのことが気になるようで、風間は先程からちらちらと視線を送っている。


「アニャイは猫人みゃうにゃんのアヤさんにゃんだにゃ」

「うっ……!」


 風間は急に胸を押さえて苦しがりだした。


「どうした? 誰も攻撃してないぞ?」

「い、いや……あまりにも尊くて……な」


 どうやら風間はアヤさんにすっかり魅了されているようだ。アヤさんと目が合うと目尻が下がってだらしがない笑顔になる。


「アヤさん、俺は風間小太郎です。友だちになってくれませんか?」

「にゃーん。そうだにゃー。おみゃぁさんをよく知りゃにゃーからにゃー」


 アヤさんは勿体ぶった態度だが、どうも満更でもないらしい。


「一緒に狩りをすれば仲良く慣れるかもしれないな」

 俺は水を向けてみた。


「レイドか?」

「いや、子パーティを解散して一旦うちのパーティに入ってみたらどうだ?」

「そうなると、中足との亀裂は決定的になるな……」

「ああ、だからこそ俺たちも君を信用することができる」

 

 俺がそう提案すると、風間は腕を組んでしばらく沈思黙考していた。


「仲良くなったらアヤさんをモフらせてもらうぞ、いいな!」

 風間は覚悟を決めたらしい。モフらせるかどうか決めるのはあくまでアヤさんなのだが、面倒くさいので首肯すると風間は続けた。


「さすがにこのままパーティをほっぽり出すのはちょっと無責任だろう。引き継ぎをしていいか? 配下を全員集めたい」

「いいだろう」


 意外と根は真面目なタイプなのかもしれない。俺としてはむしろ好印象だった。まったく悩まないで傘下に付くようなヤツは俺のことも簡単に裏切りそうだ。

 

 風間は地下1階のエレベーター付近に全員を集めると宣言した。

 

「俺は中足なかたしの元を離れて、そこにいる伊東さんの下につくことにした。お前たちは家族が相模原にいるのだから俺に付き合う必要はない。速やかにこのダンジョンから退去してくれ。ここに留まる場合、命の保証はできん!」


 二十歳はたちそこそこの学生さんの割にずいぶんとしっかりとしている。ダンジョン攻略の厳しい経験が彼を大人にしたのだろう。


「帰還部隊はお前が統率しろ。かならず24時間以内に退去しろよ」

 風間がレベル18の孫パーティリーダーに指示する。


「このダンジョンに残ってレベル上げしてちゃまずいですかね?」

 孫パーティリーダーが風間に尋ね返した。

「駄目だ。お前たちが稼いだマカの半分は中足のところに流れてしまう。アイツと敵対する可能性が高くなった以上、そんな真似は黙認できない。24時間以内に退去しない場合は俺に殺されると思ってくれ」


 いやーシビアっすな。正直そこまで考えてなかったよ。彼らはそうとうビビってるようだから放っておけば大丈夫だろう。


「小太郎が残るなら当然わたしも残るよ」

 レベル10のおばちゃんがそう言った。40過ぎぐらいの見た目だ。ちょっとだけ西洋人っぽい感じがする。ひょっとしたらクォーターなのかもしれない。

 レベル10ということはけっこう若返っているのだろうから、ちょっと上ぐらいだろうか。


「俺の母親かあちゃんだ。実家が近かったから連れてきたんだ。このご時世、家にいても安全じゃないからね。一緒に世話になるがどうかよろしく頼む」

「小太郎の母の風間恵と申します。どうか息子をよろしくお願いします」


 おぼちゃんは俺に頭を下げる。どこかで見たことある顔なのだが、ハッキリと思い出すことができない。


「風間さん、つかぬことをお尋ねしますが旧姓はなんですか?」

「上山田ですが?」


 上山田恵。間違いない。俺の初恋の人だ。

 あれは小学校2年生のときのことだ。放課後の校庭でメグねぇが大きな胸をたゆんたゆんと揺らしながら走っているのを見て、俺は巨乳の魅力に目覚めてしまったのだ。当時の彼女は小学校6年生だったが学校で一番発育が良い女子だった。


 同じ団地に住んでいたので俺の方から積極的に挨拶をするようになって、仲良くなることはできた。が、やはり子供時代の4歳差は大きい。結局のところ姉と弟のような関係のままでフェードアウトしていった。


「どうしたレオニャ知り合いきゃ?」

 アヤさんがニヤリと笑って話に入ってきた。


「レオニャ……? もしかして、レオぼう? そう言われてみればほんの少し面影があるけど、どう見ても20代にしか見えないし、めっちゃ背が伸びてる!」

「レベルアップでだいぶ変わったからね」

「ふーん。私ももっとレベルアップしたいな。そうそう、レオぼうに貰ったルビーの指輪まだ大事に持ってるよ」


 そう言ってメグ姉は小さなルビーの指環を見せた。安物だが、高校生にとってはけっこうなお値段の物だった。


「不思議だよね。普段はつけていなかったんだけど、このダンジョンに来る前に荷物を整理していて見つけたの。なんか懐かしくなってつけてきちゃった」

「サイズ合ってたんだね」


 小学生の頃は普通に話せたのに、高校生になった俺は絶望的に女性への接し方がぎこちなくなっていた。好意を示したくて彼女の誕生日にルビーの指輪を渡したのだが、俺は馬鹿だったので、事前にサイズを訊いておくことすらもしなかった。


 しかも普通だったら同時に告白すべきところをただ指輪だけを渡しておずおずと帰ってしまった。いま思い出しても顔から火がでるぐらい恥ずかしい黒歴史である。


 告白したわけではないので振られたわけではない。彼女は普通に「ありがとう」と言って受け取ってくれたので、告白していれば付き合えた可能性はあったかもしれない。


「サイズはちょっと緩かったけど太ったからちょうど良くなっちゃった」

「太ってるようには見えないけどな」


 レベル10では今後の活動が難しいだろう。幼馴染だし、味方として活躍してもらうためにも先行投資しておこう。


「これでレベル29になる。使っていない装備や余っている巻物スクロールも後で適当に見繕って渡すよ」

 俺はそう言って15万マカを【鋳造】して、メグ姉に渡した。レベル29になればステータス値が1000前後になるから簡単には死なないだろう。


「え!? そ、そんなに? 15万マカって娑婆しゃばだと1500億円以上の価値があるよ。本当に良いの?」

 メグ姉が驚嘆する。


「せ、1500億ぅ!?」

 俺と詩織は同時に驚きの声を上げた。

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