第5話 庶民の生活
「もう深夜だけど、この後はどうするんだい?」
大型トラックから降りると凛子が尋ねてきた。
「そうだな。宿でも探すかな」
「あんたのお陰で子供が2人ともレベル10になれるんだ。よかったらうちに来てレベルアップに立ち会わない?」
俺はすこし驚いた。この化身のレベルは26だが、見た目は単なるオッサンだ。美人のお姉さんに誘われて嫌な気はしない。
「じゃあ、お言葉に甘えよう。ついでにちょっと仮眠させてもらえると助かる」
凛子が運転する白いスバルフォレスターの助手席に揺られて、彼女の家がある府中へと向かう。途中で白い制服を来た人間達が路上をパトロールしていた。どうやらあれが「天使軍」のようだ。彼らのお陰なのだろうか、治安はそれほど悪化していないように感じた。
交通量はそれほどなかったので、すぐに府中に着いた。
「お母さん、おかえり!」
彼女の娘たちはまだ起きていたようだ。元気に母親を出迎えてから、背後にいる俺を見遣った。先程スマホをいじっていたのでたぶん俺が来ることは事前に知らせているのだろう。
「この人はお母さんの友達で伊東さんだよ。ふたりとも挨拶して」
「いつも母がお世話になってます。姉の
「妹の舞です。よろしくお願いします」
双子なので髪型以外はほとんど区別がつかない。姉の歌はショートボブで妹の舞はツインテールの長髪——対象的だ。反抗期ぐらいの年齢のはずだが、彼女たちは愛想が良かった。もっともこんなご時世だと反抗している余裕なんて無いのかもしれない。
「伊東です。どうぞよろしく」
いつも凛子さんにはお世話になってます、みたいな語句を添えようかと思ったが、よく考えてみたら今日出会ったばかりだ。
ここに来てようやく、これはちょっとおかしいのではないか? という気がしてきた。女3人で暮らしている家に出会ったばかりの男を招待するだろうか? しかも深夜に。
3人ともどこか緊張している。ひょっとしたら1000マカを与えてしまったのが悪かったのかもしれない。俺を殺せば1万マカぐらいドロップすると思っているのであれば、安心させて不意打ちを食らわそう、というような考えを持っても不思議はない。
なにしろ実際には10万マカ以上持っているのだ。俺にとっては小銭だが普通の人にとっては夢のような大金だろう。
俺は油断せずに気配を探る。本気で俺を狙っているのであれば、3人だけで決行することはないだろう。家の中に刺客が忍んでいるはずだ。
だが、家の中に刺客はいなかったし、出されたお茶にも毒は入ってなかった。
「よく考えてみたら、こんな夜中に尋ねてくるなんて非常識だったな」
とりあえず危険がないことを確認してから、反省の弁を述べる。
「私が誘ったんだから、気にしないの。このおじさんのお陰で1000マカ入ったから、今日は2人ともレベルを上げるよ」
凛子はそう言うと。1000マカのコインをもう1つ自分で【鋳造】した。
「2人ともレベル2のままだな。なんで今までレベルアップしなかったんだ?」
先程から不思議に思っていたことを俺は尋ねてみた。
「レベル1やレベル2の人間を殺してもほとんどマカが入らないんだよ。だから意図的にレベル2で止めてる人が多いんだ。自分で魔物を倒した場合は自動でレベルアップするけど、【鋳造】されたマカは【溶解】しない限りコインのままだからね。レベル10になれば十分に自衛できるし、ダンジョンに入ることもできる」
なるほど。凛子は更に詳しい説明をしてくれた。海外の先行者がすでに検証した情報のようだ。レベル1と2からは1マカしか入らないが、レベル3になると10マカが入るのだという。
つまり「初心者優遇キャンペーン」が終了した時のアップデートの本当の目的は低レベル者の保護だったのだ。しかし、これは人間だけではなく魔物にも当てはまるので、レベル1や2の魔物を倒してもほとんどマカが入らない。
「ダンジョンに入るのにレベル制限があるのか?」
「都市部のダンジョンは入りたがる人が多すぎて混雑が酷くなったんで、天使軍が入場制限をしてるのさ。レベルは10以上で入場料は1人500マカ。その代わり、地下11階まではPK禁止エリアになってる」
「親子3人でパーティを組んでダンジョンに挑むのが夢だったんです」
弾けるように舞が言った。
「入場料が足りないから、まだまだバイトはやめられないよ」
妹をたしなめるように、歌が言う。
「バイトって時給いくらぐらいなの?」
「時給じゃなくて日給です。日給で1マカ。だけどレベル10になればもっと割が良い仕事につけます」
日給1マカ!? 安っす。
よくよく考えてみれば、メグが言っていた15万マカで1500億円ってレートだと、1マカで100万円。インフレ率が100倍ぐらいらしいから日給で1万円ってところか。
てことは、東京まで送ってもらってちょっと情報提供してもらうだけのために、大変異前の価値で1000万円をポンとあげたってことになるな。我ながら凄まじいまでの大旦那ぶりだ。
凛子が俺をここに連れてきた理由がわかったような気がする。俺としても変化した社会の状況を知る上で、凛子はなかなかありがたい存在だ。他に伝手はない。
「入場料は俺が出すから、俺もパーティに混ぜてくれないか?」
他のダンジョンの様子も確認しておきたい。
「もちろん! 実はダメ元でお願いしてみようかと思ってたんだ」
凛子はそう言って破顔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます