第12話 レイド

 その後は地下11階と地下10階で狩りをしながら、酒場などで人脈を広げた。本体の『魔人レオナイト』のレベルが56になったので俺のレベルも28になる。化身のレベルが29になれば、ステータスが倍増するのでかなり活動の幅が広がるだろう。


 地下11階までやってくるだけあって、この階層にいる冒険者たちはそれなりにレベルが高いが、レベル29以上は神楽たちだけだった。彼らは3日ほどこの階層に留まった後に階層ボスとの戦闘に出立した。


 麗奈もボス戦に参加していたので「盗視聴ミミズ」を使って戦いを観ることができた。この階層のボスはゴブリン・キングに率いられたゴブリンの軍団だ。数は多いが「裏庭ダンジョン」の地下11階と比べると楽な相手だろう。神楽達は余裕でクリアして、現在は地下13階にいる。


 麗奈のやつもレベルが2つ上がって17になったようだ。小憎らしいところはあるが、貴重な情報源なので生き延びてもらいたい。


「俺たちもエレベーター開通を狙ってるんだ。一緒にどうだい?」

 そう声を掛けてきたのは稲味いなみという30絡みの男だった。もっとも年齢はあくまでも見た目のものだ。彼はレベル24なので、元の年齢よりもだいぶ若返っている可能性はある。


 稲味が率いているのパーティは男ばかりの5人組だった。全員レベル18以上ある。


「神楽たちが来ちまった以上、もうこのダンジョンも旨味がすくねぇ。ここの階層ボスを倒して先に進んだところで、奴らにPKされて終わっちまう可能性が高けぇし。さっさとエレベーターだけ開通して、他のダンジョンにアタックしたほうがいいんじゃね? ってことになったんだよ」


 稲味は渋柿を食べた後のような顔つきで言った。


 この階層のエレベーター塔を守護しているのはコボルトの集団だった。コボルロ・ロード(LV27)を中心とした30匹ほどの群れだ。それほど怖い敵ではないが、できればもう少し頭数がほしいところだ。


「レイドに参加しそうな奴は他にもいるか?」

「ああ、あと8人参加する予定だから、あんたのパーティが参加してくれれば大丈夫だろう」


 俺たちがレイドへの参加を表明すると、小型のパーティが続々と参加を決め、最終的にはコボルトよりもこちらの数が多い状況になった。こうなると流石に楽勝だ。補助魔法持ちや回復魔法持ちが意外と少なかったので、俺は支援に回った。

 詩織に比べるとだいぶスキルレベルは落ちるが、この集団の中に入ると俺が頭一つ抜けている。


 レイドが終わった後は祝勝会を酒場で開く。お祭り騒ぎは苦手なほうだが、レイドのようなRPG的イベントの場合ならば楽しめそうだ。


「いやー伊東さん、あんたを誘って正解だったよ。いったい何種類の魔法を使えるんだ?」

 稲味が相好を崩して、俺に酌をした。


「一通り使えるよ。田舎のダンジョンに潜ってたから、宝箱は開け放題だったんだ」

 俺がそう言うと稲味は興味をそそられたようだ。身体を乗り出して訊いてきた。


「安全に潜れる田舎のダンジョンがあるのか?」

「安全とは言えないな。ポータル周辺には魔物がたくさんいるし、最近は中足なかたしが触手を伸ばし始めたから以前と比べるとリスキーだ」

「チッ、中足かよ! 美味しい場所は先行した爵位持ちが唾つけてやがるな」


 稲味はそう言うと、ジョッキのビールをやおら飲み干してお変わりを注文した。お値段は生ビール大ジョッキ1杯で1マカ。「裏庭ダンジョン」と比べればずっと安いが、それでも地上の10倍ほどの値段だ。


「だけどそのダンジョンには中足よりもずっと先行してる人がいるんだ。レベルは50超えだ」

「レベル50!? 馬鹿言うな。イーオンですらやっと46になったところだぞ」

「本当の先駆者は大型のダンジョンに潜ったままずっと地上にでてこないから、世に知られてないんだよ。ま、無理に信じなくても構わんが……」


「ん、待てよ……。もしかして、魔人レオナイトか? あの『ことわり』のウェブサイトで紹介されたカエルの着ぐるみを身に纏った薄気味悪い奴」


 あれ、意外と有名人だった? そう言えば星屋は詩織の写真を理のウェブサイトで手に入れたと言っていたな。


「稲味、お前その写真を持ってるか?」

「ああ、このダンジョンに入る直前に見てたから、たぶんキャッシュに残ってるだろ」


 稲味はそう言ってスマホを操作して、くだんの写真が載った記事を俺に見せてくれた。俺の本体である『魔人レオナイト』を真ん中に置いて、左右に詩織とアヤさんが笑顔で写っている。ミルチェルのおっぱいを見ていやらしい笑いを浮かべた瞬間の表情だ。瞳は昏いのに口元だけにやけていて確かに薄気味悪い。


「詩織……さんはかなり人気らしいな。星屋の奴は随分と入れ込んでた」

 この化身はレベル28だ。呼び捨てにするのは変だろうと思って、さん付けで詩織を呼ぶ。ちょっと新鮮な気分だ。


「ああ、俺はアヤさん派だけどな。あのワイルドさがたまらねぇ」

 稲味はそう言うと、目の前に置かれたお代わりの生ジョッキを一気に4分の1ほど飲み干して、「ぷはーっ」という声を出した。


 俺は稲味のスマホを操作して、記事を読んだ。『世界初の上位人ホモデウス誕生』という見出しが出ている。俺がレベル47になって魔人になった時の記事だ。まったく『ことわり』の連中は人のプライバシーをなんだと思っているのだろうか?


 普通ならば写真を公開する前に俺の許可を取るだろう。こんどミルチェルにあったら文句を言わなければなるまい。お詫びとして揉ませてくれるのであれば、許してやっても良いが……。


「それで……伊東さん、あんた魔人レオナイトとどういう関係なんだ?」

 稲味は酔っ払っているが、眼光には鋭い。


 さすがに【化身】スキルについて教えるわけにはいかない。神楽かぐらたちも知らなかったように、ほとんどの先行者がこのスキルの存在を知らないはずだ。ググってもわからない情報には未だに価値がある。


「俺は外の世界の情報を収集するために送り出された使いっ走りってところだな。俺と一緒に行くのならば紹介してもいいぞ。ああ見えて太っ腹な人だから、子パーティの税率も低めにしてくれるはずだ」


「だけど同じダンジョンに中足なかたしたちもいて奴らはレオナイトと対立しているんだな?」

「ああ、だが中足に勝ち目はないだろう。要するに中足に見つからずに、レオナイト様と合流すれば、俺たちは安泰って訳だ。レベルもすぐに上がる」


 俺の話を聞くと稲味は腕を組んで考え込んだ。


「酔っ払ってる時に無理に決断を出す必要はない。どのみち準備が必要になるからな」

「準備?」

「ああ、パラシュートがあったほうがいい。稲味さん、あんたどこかに伝手はないか?」

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