第13話 川口ダンジョン
「ここから先は埼玉県だぞ。本当に行くのか?」
新荒川大橋の詰め所にいた天使軍の衛兵に聞かれる。
「ああ、覚悟はできている」
俺が首肯すると衛兵たちは道を開けた。
どうせ今「裏庭ダンジョン」に戻っても本体と合流するのは難しい。「久我山ダンジョン」を出た俺たちは、東京近郊のダンジョンを一通りチェックして回ることにした。最初に向かったのは「川口ダンジョン」だ。天使の直轄領の外にあるため、魔物が跋扈する魔境となっている。
橋を渡って北西に3キロ進んだところにダンジョンポータルはあった。が、ポータル周辺では銃撃戦が行われていた。とてもではないが普通に入っていけるような雰囲気ではない。
「東アジア系ギャングと中東系ギャングがダンジョン利権をめぐり争っている」という噂は聞いていたが、予想以上に激しい争いをしているようだ。眼の前で10数人の死傷者がでている。
中東系ギャングはすでにダンジョンポータル周辺に拠点を構えていた為、彼らが優勢の内に戦いは終わった。
「大勢で行くと刺激してしまう。ここは俺ひとりで行って交渉してこよう」
東アジア系ギャング達が撤退すると、俺はそう言い残してひとりで中東系ギャング団のリーダーのところに向かった。
【隠密】スキルや素早さなどをブーストする『エージェント・スーツ』を着てきたので、このような任務は俺にうってつけだ、相手に気取られるように、気配を殺しながら物陰から物陰へと素早く動き、中東系ギャング団のリーダー格のすぐ近くまで忍び寄った。体格の良い30絡みの男で、レベルは25だ。
「あんたがボスか?」
背後から俺がそうささやくと、男は慌てて振り返って銃を引き抜いた。
「心配するな殺しに来たわけじゃない。交渉しに来たんだ」
銃を持った男の手首を掴んで、そう呟いた。
「誰だお前は?」
「単なる通りすがりの日本人さ」
「川口は俺たちの領土だ。日本人の立ち入りは許可してない」
正直言ってカチンと来た。俺の実家はこのあたりにある。いや「あった」というべきだろう。両親が亡くなってもう10年近く経つのでたまに墓参りにやってくるぐらいだ。正直言って、昔から治安が悪くあまり良い思い出も無い。故郷への愛情みたいなのは薄めだ。が、それでもこのような物言いをされると頭にくる。
「この街は俺の生まれ故郷なんだが、いつからお前らの領土になったんだよ。ダンジョンをクリアして
「ふん! 時間の問題だ」
「ダンジョンへの立ち入り許可を求めたかったんだけど、どうやら無理そうだな」
俺はそう言い残して、そのギャング団のリーダー格から離れた。
「侵入者だ。撃ち殺せ!」
身体の自由を取り戻したリーダー格の男が叫ぶと、ようやく俺の存在に気づいたギャングたちが発砲してくる。だが、奴らは俺のスピードに付いてくることができない。狙いをつけている間に俺はランダムな軌道で移動しながら、火魔法で敵を始末していった。
容赦する理由はないだろう。日本人を敵視している連中がダンジョンをクリアしたら、日本の損失だ。日本政府に対する忠誠心はないが、魔人となった今も漠然とした意味での愛国心はある。俺は日本魔人なのだ。
とはいえ殺しすぎてパワーバランスが崩れると、俺の計画にも支障がでるから、無視できない程度のダメージということで10人ほどを倒した。
「次はうちの本隊を連れてくる。俺よりも強い連中ばかりだ」
俺はそう言い残して立ち去った。
敵のボスは殺さなかった。さきほど奴の腕を握りしめた時に「盗視聴ミミズ」をなすりつけておいたのだ。恐らく奴は入り口の番を任されているだけでギャング団全体のリーダーではないだろう。
単独でこれだけの被害を与える人間が「自分よりも強い連中を連れてくる」と言ったのだから、恐らくダンジョンの中に入っている自分の上長に相談するに違いない。
*
その後もいくつかのダンジョンを廻って似たような感じでミミズを配って回った。都内にあるダンジョンは混雑していて、郊外のダンジョンはならず者の集団が占拠しているという構図はどこでも一緒だ。
つまり東京近郊に住んでいるものにとって気軽にレベルアップ可能なダンジョンなど存在しないのだ。ダンジョン出現直後の混乱期にレベルを上げ損ねた者にはもう殆ど上がり目が残されていない。「幸運の女神には前髪しかない」という格言があるが、たった3〜4ヶ月間でもう手遅れになっているのだから言い得て妙だろう。
アウストレイヤの注文通りに天使軍の人間を中心にあらかたミミズを配り終わったところで、麗奈の脳内に寄生しているミミズから神楽たちの動きを受信した。
久我山ダンジョンの地下33階まで進んでいた彼らは、階層ボスとは戦わずに慌ててエレベーターを使ってダンジョンから外に出た。彼らの城である代々木城が自衛軍の残党に攻められているのだ。
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