第55話 一筋の光明

「モンタロスは後でまた呼び出す。砦まで撤退するぞ!」

 モンタロスが死んだわけではないことに気づくと詩織は踵を返して駆け出した。いやそうじゃない。敵に背を向けずに連携しながらじりじりと後退するつもりだったのだ。俺の言い方が悪かったのかもしれない。


「詩織、敵に背を向けるな!」

 慌てて後を追いかけようとした俺の腕に矢が突き刺さる。

 体が動かない。麻痺矢だ。


「キュア!」

 異常を察した詩織は振り返るとすぐに状態異常回復を掛ける。

 だがその時すでに闇騎士が乗った馬は跳躍していた。

 狙いは俺じゃない、詩織だ。

【雷束撃】ならば間に合うが敵は雷耐性持ちだ。

 俺はマジックポーチから重機関銃を取り出して『天魔のハルバード』と持ち替えた。ベルト型の弾帯にはすでに光属性が付与されており装填済みだ。


「ドダダダダダダダ!」

 本来であれば三脚に装着して使用するものだが、膂力にものを言わせて強引に連射する。

 全身を黒い鎧で覆われた闇騎士にはあまり物理攻撃は通らないが、体勢は崩れ、光属性のエンチャントによりダメージが蓄積されていく。


 それでも黒騎士は強引に体勢を立て直して詩織に【馬落斬まらくざん】を叩きつけた。

 詩織は後方にジャンプしながら盾で攻撃を受けたが、強烈な斬撃によりHPが一気に7割ほど持っていかれる。

 先程のオークの集落で『オーク将軍の盾』というレア装備を入手して無ければ一撃だったかもしれない。


 銃撃を受けた闇騎士の愛馬は上手く着地することができずに、闇騎士は地面に放り出された。

 重機関銃の狙いにはあまり自信がない。この場所から乱射すれば詩織に当たってしまう。俺は重機関銃を放り出して『天魔のハルバード』に持ち替えると、【雷束撃らいそくげき】を放ちながら走る。

 もう少し近づかないと回復魔法が届かない。


 詩織は慌ててハイ・ポーションを飲んでHP全回復するが、当然隙ができてしまう。ここは回避に専念しつつ適切なタイミングを見計らってHPを回復するのが正解だったのだが、魔物との戦闘経験の少なさが露呈しまう形となってしまった。

 立ち上がった闇騎士の【五月雨突き】をもろに受けて、せっかく回復したHPがそっくりそのまま持っていかれる。


「ヒ――」

 詩織を回復しようとした瞬間、すでに起き上がっていた闇騎士の馬が俺に向かって闇属性のブレス攻撃を放ってきた。

 3対2だったのが2対1になったと思っていたが、実際には2対2になっただけだったのだ。

 

種族  魔馬まば(上位魔獣)

レベル 30

HP  710/1210(110)

MP  580/700

膂力  1380

体力  1100(+100)

知力  690

素早さ 1600

器用さ 590

直感  880

運   600

※下一桁切り捨て

スキル 【闇ブレス】【無詠唱】

魔法  【火】【風】【闇】

耐性  【毒】【火】【風】【雷】【闇】

※+4以上のみ表示


【分析】

攻撃手段  噛みつき、後ろ蹴り、魔法

弱点部位  脚

弱点属性 【水】【氷】【光】


 すぐに『鉄鋲の大盾』に持ち替えてガードしながら詩織に回復魔法を掛ける。

 詩織は闇騎士の攻撃を盾受けしながら、必死で自分に回復魔法を掛けるがHPが削られていくほうが早い。

『鉄鋲の大盾』の闇属性カット率は35%しかない。このまま受け続ければやがて俺のHPも削られてしまう。

 

 かろうじてまだ生きているのは、闇耐性が+1ついたからだが、このまま+2になるまで受け続けるというのは愚策だろう。耐性が上がる前に死ぬ確率のほうが高い。なんとかしなければ! そう思うが起死回生の策など思いつかなかった。


 遂にMPが尽きると、詩織は一か八かの賭けに出た。後方にバックステップで下がると同時にエリクサーを飲む。

 まるでその時を待ち構えていたかのように、闇騎士が大技の準備モーションに入る。


<闇騎士がスキル【破荒突やぶすさずき】を発動します。準備モーションに1秒を要しますが極めて高い殺傷能力があります>


 まともに受けたら詩織は一撃で倒されてしまう。最大HPを一撃で奪う攻撃に対して、防御を固めながらHPを回復し続ける戦法は無意味だ。


 俺は【雷束撃】を闇騎士に放った。

 だがすでにモーションに入っている、闇騎士の【破荒突き】を止めることはできない。闇騎士のハルバードの穂先は詩織の身体に届く寸前だ。

 詩織の表情に絶望の色がにじむ。


 俺の判断ミスだ。

 たとえ詩織を失望させることになったとしても、パーティリーダーの権限で暗くなる前に宮殿に引き返すべきだったのだ。あるいは砦で野営すべきだったのだ。


 パーティメンバーの意見を容れるというのは、一見すると民主的で素晴らしい。だが、別の見方をすればリーダーシップの欠如だ。流されているだけだ。


 詩織の意見を採用すれば、「自分の責任ではない」と言い訳できるとでも思っていたのだろうか? 誰の考えだとか誰の責任だとか、そんなことはパーティが全滅してしまえば無意味だ。


 独裁的になる必要はない。だが、パーティ全体の利益のために自分の考えを強引に押し通すのもリーダーの役割だ。

 俺は馬鹿だった。パーティリーダー失格だ。


 高くなった知力は役立たずだった。

 高速でフル回転する頭脳が考えるのは打開策ではなく後悔ばかり。

 詩織がやられている様をなすすべもなく見ていることしかできない……。


 諦観に支配されたその刹那、凄まじい速度でが闇騎士にぶち当たるのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る