第8話 エレベーターガール

 エレベーターのある塔に入ると、見覚えのある天使がいた。地下23階でスロットを回した時にラクスティーケの代わりにやってきた天使見習いだ。


「んニャッ、ミルチェルにゃ!」

 アヤさんが喉を鳴らしながら額を彼女の頬にこすりつけると、ミルチェルも満面の笑みでハグを返す。なかなか微笑ましい光景である。


「なんだハズレ券担当はお役御免か?」

「出世したのだ!」

 ほんとかよ。


「みんな、手のひらをこの装置にかざすのだ!」

 相変わらずのハイテンションでミルチェルが叫ぶ。


「これは?」

「手のひらに記録された階層までの範囲でエレベーターが利用できるのだ!」

「地下44階まで自力で踏破すれば、手のひらの情報が更新されるということかな?」

「そうなのだー」

 なるほど。つまり地下33階のボスはラスボスじゃないってことか。やはり長くなりそうだ。

 言われた通りにすると手のひらにレベル33のマークが一瞬現れて、フェードアウトしていった。


「ミルチェル、ちょっと質問なんだが――もし仮に地上まで戻って何人か新たにパーティに加えた場合はどうなるんだ?」

「新たらしいメンバーはこのエレベーターを使えないのだー」

「詩織が加入した後に、地下7階から地下22階へのエレベーターは普通に使えたが……?」

「このエレベーターは最下層から地下1階まで繋がってるから特別なのだ!」

 自慢気にミルチェルが胸を張る。


「へ~すごいね! 最下層って何階だっけ?」

「ななっ! ……なんってことを訊くんだ君はっ! そんなことは言え無いのだ!」


 なにか言いかけたような気もするが、誘導尋問には一応耐えたか。


「乗るたびにオークキングと戦うんですか?」

 詩織が期待を込めて尋ねた。

「塔の守護者と戦うのは一度だけなのだ。けど新メンバーが入った場合はもう一度戦う可能性もあるのだ!」


「新メンバーを入れましょう!」

 詩織が叫ぶ。

「いや、だから、上の階で新メンバーを勧誘してもエレベーターを使ってここまで連れてくることができないって意味だよ」

「そうなんですか?」

「そうななのだ!」

「レオニャのおニャホはアホだにゃー」


 アヤさんが冷たい声色で呟いた。

 アヤさんは決して陰口を言わないが、その代わり本人を目の前にしても平気で「レオニャのおニャホ」などという言葉をつかう。

 詩織がぷるぷると震えながら屈辱に耐えている。フォローしておくか……。


「新メンバーを加えるという発想自体は悪くないぞ。たとえば22階まで自力で来れるやつに100万マカも投資すれば、33階まで6週間ほどで来れるだろうな」

 一応フォローしておく。

 実際にはよほど信用がないと難しいだろう。普通に考えたら、そのマカで自分をレベルアップしたり装備を買ったほうがいい。


 詩織のレベルがアヤさんに追いついてからどうも2人の間がギクシャクしている。最初に会ったときはゴミのようなステータスだった詩織が、自分に追いついてしまったのだから、アヤさんにしてみれば面白くないのかもしれない。

 

「アヤさんにプレゼントなのだ!」

 ミルチェルがアヤさんにレリックのイヤリングを渡している。今回はマカ獲得効率+5%の効果付きだ。前回来たときもアヤさんにレリックのヘアクリップをプレゼントしていた。どうやらアヤさんのレベルが上がりやすいように便宜を図っているようだ。


 運営会社の社員が特定のプレーヤーを依怙贔屓しているようなものなので、普通のMMORPGだったら大問題になりそうだ。が、『ことわり』は意外とゆるいらしく、神器以上でなければまず問題にはならないらしい。

 もう少し攻略が進んだらレジェンダリーをあげても大丈夫だと言っていた。つまり、天使と仲良くなるというのはとても大事なのだ。


「どこまで行っても、上からの引き上げがいちばん大事なのかね……結局」

 会社員時代は最も苦手としていた目上の人との関係だが、『理』の天使たちが相手だとそれほど苦ではない。


 たぶんが合うのだろう。

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