第9話 白フクロウと男の娘
とりあえず地下22階に向かう。
「上にまいりますなのだー」
ミルチェルはエレベータガールのように一緒に乗り込んでコンソールのようなものを操作する。どうやら暇らしい。
地下22階のエレベーター塔は毒沼の岸からほど近いところにある。懐かしい。地下7階からあの中央の孤島に落ちたのが遥か遠い昔の出来事のように感じる。まだ2ヶ月も経ってないんだけど。
「ん? 誰かいるのか?」
中央の孤島の様子がすこしおかしい。双眼鏡で確認してみると土魔法の構造物ようなものがあり、大型のフクロウと人間がいた。あの白いフクロウ、どこかで見たような気がするんだが……。
どうやらパーティを組んでいるようで、人間とフクロウは共同で
「あれはにゃーんだ?」
そう言ってアヤさんが指さした先にはラクスティーケ像があった。
10匹の鎧カニがその像を取り囲んでいる。そして像の近くにはレベル30の巨大なザリガニがいた。この毒沼のボスだろうか?
レベル45になっていることもありサクッと倒す。異常に硬いと思っていた鎧カニの甲羅も『天魔のハルバード』で普通に貫けるようになっていた。同じ敵と戦うと自分の成長を実感する。
ラクスティーケ像は地下7階で見たものとだいたい同じだが、露出しているのが左胸でなくて右胸だった。
「右胸の乳輪の側にはホクロがあるのか。今度確認させてもらわないと。ぐふふ」
そうつぶやきながら乳首をいじる。案の定なにかのスイッチになっているようだが、コリコリとつねっても何も起きなかった。試行錯誤しているうちにつまんだまま引っ張ると「カチッ」という感覚がある。
「ゴゴゴゴ……」
大掛かりな仕組みが動く音と共に地面が振動し、沼底から浮き橋のようなものが浮かび上がった。こちら側の岸から小さな孤島を経由して向こう岸まで続いている。
なるほど。
本来であれば、地下21階から階段を下りてこちら側に来ていたんだろう。そしてこの浮き橋のギミックをクリアして毒沼を渡りミノタウロス王に挑む、というのが正規ルートだったのだ。
だが俺たちは地下7階の罠にはまって毒沼の中央の孤島に落ちてしまった。そして毒沼の南側を探索することなく、地下23階に行ってしまったのだ。
ということは孤島にいたフクロウと人間も俺たちと似たような境遇なのかもしれない。
「おーい!」
俺は彼らに向かって大きく手を振った。
彼らはしばらくのあいだ呆然として浮き橋を眺めていたが、やがてゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。人間のほうはボーイッシュな感じの若い女性だ。
フクロウは警戒するように彼女の上を旋回している。女性の方は敵意が無いことを示すかのように、武器を持たずに両腕を掲げたまま歩いている。まるで降伏した兵士のようだ。
「た、助けてくれてありがとうございます。
彼女はぺこりと頭を下げた。女にしてはちょっとハスキーな感じの声だ。
「ホーホー」
白姫というフクロウも首を回転させて挨拶らしき仕草を見せる。
「よろしくにゃーん」
どうやらアヤさんは彼らを気に入ったらしい。ということはたぶん敵意は無いだろう。
てっきり女性かと思ったが、晶くんは男の娘らしい。いや、字を間違えました。「男の子」でした。思わずそんな間違いをしてしまうぐらい彼はかわいい。スッピンでこれなので、化粧して女装したらすごいことになりそうだ。
彼は同じ自治体の住民で、家から6kmほど離れたところに住んでいたそうだ。平成の大合併で1つの市に統合される前は村の中心部があった辺りだ。田舎だが、スーパーとコンビニが1軒ずつある。
自衛軍が来る前からダンジョンに潜っていたのだが、地下7階で行き詰まったらしい。軍がやってきてからは彼らに見つからないように目立たない部屋などに隠れてやり過ごしていたという。
俺が詩織と会ったあの日の出来事を目撃していたそうだ。
なるほど。どこかで見た鳥だと思ったが、あの時の鳥か。
この白姫ちゃんは視力が非常に良いので、俺がラクスティーケ像の乳首をいじるのを見てトリックに気がついたそうだ。しばらく時間を開けてから自分たちも部屋の中に突入したのだが、例の「幻の床」の罠にはまって落ちてしまったという。
白姫ちゃんが晶くんの肩を掴んで、着地地点をずらしたため串刺しにならないで済んだ。が、落下速度をゆるめて着地地点をずらすことはできても、晶くんを掴んだまま対岸まで飛ぶのは無理だったようだ。
毒耐性を自発的に身につけるという発想はなかったらしく、2ヶ月近い期間をずっとあそこで過ごしていたらしい。
レベルが上がるたびに白姫ちゃんが大きくなっていったので、そのうち自分を上に乗せて飛ぶことができるようになるだろうと思って、あそこで
「じゃあカニカマしか食べてないの?」
詩織が驚いて尋ねる。
「たまに白姫がワニ肉を持ち帰りましたが、基本的にカニカマだけでした。けっこう美味いのですが、流石にもう飽きちゃいました」
途中で3回ほど上から人が降ってきて眼の前で串刺しになったというような話も淡々としてくれた。
「ほんと困っちゃいました」
てへぺろ的な感じで晶くんは言っているが、かなり壮絶な経験だと思う。
「かわいそうですね。オーク肉をごちそうしてあげましょう!」
おいおい詩織さん……あなた何考えてるんですか?
「この階にも街がある筈だから、店に入って食べよう」
当然ながら詩織の案は却下させてもらった。
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