第11話 苦渋の決断

「人のものを勝手に捨てるにゃ! くらえ破転爪!」

 アヤさんが叫び声を上げてルシウスに襲いかかる。


 俺はその隙をついて『ヒール』を使う。誰に使うのかが、悩ましいところだった。もう残りMPが少ないので誰か1人を選ばなければならない。パーティの中で一番危険な状態にあるのはダメスだ。残りHPは50程度しかなく、火傷と凍傷による継続ダメージが入り続けているので放置しておけば数分以内に死ぬだろう。


 考える時間はない。結局、俺は自分自身に『ヒール』を使ってMPを使い果たした。ダメスを助けても戦闘能力が回復しないので、死ぬのが先延ばしになるだけ。イーオンやオカワリに関しても似たような状況だろう。一方、俺はHPがまだ半分近くあるし、MP無しで使えるスキルもある。全快したアヤさんをアシストして戦えるのは俺だけなのだ。


 とはいえ、ルシウスは全回復しているし、カシウスのHPも戻っている。敵のレベルのほうがずっと高いのでこのまま2対2が続くとジリ貧だ。なにか……起死回生の手は無いのだろうか?


 そんなことを考えているうちに俺のHPはジリジリと減少していき再び半分を切った。アヤさんも押されている。レベルに差がありすぎて1対1では勝ち目がない。イーオンは動くことが出来ず、オカワリも似たような状態だ。ダメスのHPはついに1桁になった。もうすぐ彼女は死んでしまうだろう。


『ふふふ。困っているようだな。ユリエルを通して伝えた話はまだ生きているぞ?』


 ガラガエルの声が不意に聞こえる。いや直接は聞こえないのだが、ある種の念話のような感じで聞こえてくる。


『は? なんのことだ? 今忙しいんだよ』

 俺も声に出さずに念じてみる。


『貴様の処女をいただくという話だ。正確に言えば化身の処女をな。もう1人化身が作れるようになっているだろう?』

 ガラガエルの声が脳内に響く。念話にも関わらず奴のほくそ笑んでいる姿が見えるようだ。


『今する話じゃないだろ!』

 メグ姉と晶が進化できるのならば甘んじて提案を受け入れる価値があるのかもしれないが、ここで死んでしまったらそれまでなのだ。


『ふふふ。人の話はよく聞くものだぞ。提案を受け入れるのであれば5億マカをくれてやろう。今すぐにな』


 5億マカが手に入れば即レベルアップする上に、余ったマカをコインに替えて戦闘不能のメンバーに渡すこともできる。一気に形勢逆転するだろう。


『天使は運営側の存在だろ。中立じゃないといけないんじゃないか?』

『直接、戦闘に介入することは禁止されている。が、マカの授受に関しては特に規定はない』


 ガラガエルと念話で話している間にも、戦況はどんどん悪くなっている。


 ダメスのHPは残り2。これが0になると奴は死ぬ。もともとは敵だったのだからアヤさんほどは大事には思っていない。しかし、この状況を生んでしまったのは俺の判断ミスが原因だ。レベルアップ時の全回復を期待して1億マカコインを鋳造していなければ、このような状況になることはなかった。ここでダメスに死なれると後味が悪い。


 考えてみれば俺がダメスにしたことをガラガエルにやられるだけ――とも言える。もっとも俺の場合は化身なので、恒久的に女体化したダメスの場合とは違うのだ。命あっての物種――事ここに至ってはガラガエルの提案を受けざるを得まい。


『わ、わかったよ。提案を受け入れる!』


 そう心の中で叫んだ瞬間、俺は心のなかで赤面していた。思わずそのシーンを想像してしまったのだ。『っくく』という乾いた笑い声が聞こえると同時に俺は5億マカを手に入れてレベルアップしていた。


『ついでにスプリーム・ソーマをアイテムボックスに入れて置いたぞ。盗まれる前に使ってしまうのだな』


 その声を聞くと同時に俺はスプリーム・ソーマを取り出して使用する。

 次の瞬間、パーティメンバー全員のHPとMPが最大に回復した。

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