第2話 理(ことわり)

 12日間を費やしてようやく地下25階までの探索が完了する。レベル上げやトレハンよりも探索を優先してきたが、それでも1階層ごとに4日ほど必要だった。このダンジョンの攻略がいつ完了するのか見当もつかない。すでにダンジョンに潜って1ヶ月だ。


 地下25階の探索中にアップデートがあった。

 アップデート自体はわりとちょくちょくあるのだが、具体的に何が変更されたのかわからないことが多い。

 しかし今回は違う。『叡智のヘッドギアPRO』のファームウェア・アップデートが遂にリリースされたのだ。


<ファームウェア・アップデート中は『叡智のヘッドギアPRO』の機能が使用できません。安全な場所での実行をおすすめします>

 ソフィアにそう言われたので、地下26階の休憩室にたどり着くまでアップデートは保留していた。


 ファームウェア・アップデートにより新たに提供されるようになった機能は『ことわりからのお知らせ』機能だった。


 どうやらは「ことわり」という名前のようだ。

 そういえばモンタロスはしばしば「理の神々」という文言を口にするし、ラクスティーケは「理天使りてんし」だ。

 さっそくお知らせをソフィアに読み上げてもらう。


<レベル10以上の個体が1万を超えたので、「初心者優遇キャンペーン」を終了します。以後、レベル10未満の存在から得られるマカは大幅に減ります>


 最初に魔獣化した鹿と戦っていきなりレベルアップできたのは、「初心者優遇キャンペーン」のお陰だったってことか。

 1ヶ月でレベル10超えが1万人ってのは……早いのか遅いのかよくわからんな。


<あくまで「個体」の数ですので人間だけとは限りません>


 そうか。地上にいる魔物はダンジョンとは別枠で成長可能な存在なんだっけ。つまりレベル10以上の魔獣なども含めての数ということか。人間の数は数千といったところだろう。全人類の数が80億ぐらいだから、8千人いたとしても百万人に一人――裏庭にダンジョンポータルが出現するという僥倖に恵まれたとは言え狭き門を突破したんだな。

 

<マカの【鋳造】スキルが解禁されました>


 早速、【鋳造】スキルを使って、1万マカほどを硬貨にしてみる。黄金色に近い感じの神々しい硬貨だ。かなりのエネルギーを内包しているのが見た瞬間に分かる。


 これ1つでレベル1の人間がレベル17になるのだからかなりの価値だろう。もはやパワーレベリングなどという次元ではない。高レベルの友達がいればまったく戦闘しなくてもレベルが上がってしまう。


 これは人類社会にとてつもない影響を与えることになるのではないか? レベル3になればレベル1の倍以上のステータスだし、レベル10になれば8倍近いステータスになる。健康状態は大幅に改善し、若返り、自分の願望に近い肉体を手に入れることができる。


 マカがコインになるということは、ドルや円といった通常の通貨との交換も可能になるということだ。レベル10になるためだったら億単位で金を出す人間はたくさんいるだろう。

 

 コインにしたマカをエネルギー体に戻す【溶解】という能力も、【鋳造】スキルには含まれる。試してみると、手のひらに乗っているマカのコインが煙となって俺の身体に吸い込まれていった。


「マカを通貨として使えるんだったら、商人とか鍛冶師が欲しいよね。いまだに一度も会ってない」

 俺は思わず独り言を呟いた。仲間たちに囲まれているというのに未だに癖が抜けない。


「オヤカタサマ、これは俺からの贈り物だ」

 モンタロスはそう言って俺に【鋳造】した6000マカを差し出してきた。


「え? ただでさえお前の獲得分のマカを半分もらってるんだ。貰えないよ」

「6000マカあれば、レベル35になるだろう?」

「……そうだな」

「余がレベル45になるには百万以上のマカが必要だ。仮にレベルが上ったところで、オヤカタサマのレベルが46まであがらないと意味はない」

「確かに。モンタロスのレベルは俺のレベルよりも1つ低いレベルに制限されてしまうからな」

「一方、オヤカタサマがレベル35になれば余のレベル制限も34になる」

「そうだな」

「ということはレベル33のミノタウロス・ジェネラルを【眷属召喚】できるようになるから、このパーティの戦力が大きく上がる」

「なるほど……パーティ全体のことを考えればそのほうが良いのか」

「そうだ。生きてこのダンジョンをクリアしてくれるのであれば、6000マカぐらいどうということはない。余にとって一番困るのはオヤカタサマに死なれることだ。同時に余も消滅してしまう可能性が高いからな。仮に別の名持ちミノタウロス・キングが再び出現したとしても、それはもはや余ではないのだ」


 自分だけの命じゃなかったんですね。軽い気持ちで名前をつけたけど、モンタロスにとっては極めて重要な意味を持つものだったのか。そう考えれば異常に名前の意味や響きに執着したのも分かるな。

 モンタロスの気持ちはありがたく受け取って置くことにした。


 しかし【鋳造】スキルにもレベルがあるのはどういうことだろうか?


<スキルレベルが低いと鋳造または溶解時にマカのロスがあります。先程10,000マカを鋳造した際には10,010マカを消費し、1万マカコインを溶解した際には9,990マカしか入りませんでした>


 それだけ? それだけのためにスキルレベルがあるの?


<現時点でわかっていることはそれだけです>


 うーん。絶対に何かありそうな気がする。自分が『ことわり』の中の人だったら他にも意味をもたせるだろう。


 先程は1万マカだったから良いが、なんと1マカの鋳造には2マカが必要になり。1マカを溶解すると単に消えて無くなるだけだった。つまり小数点以下の計算はしてくれなくて、最低でも1マカのが掛かる。変換で生じるロスは0.1%なので、1000マカ単位で変換しないと損してしまう。


 ファームウェア・アップデートではかなり地味な機能も追加された。日付と日時を確認できるようになったのだ。そろそろモバイルバッテリーが切れるのでけっこうあありがたい。

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