第32話【第2章完結】ラクスティーケ再降臨
名前か……うーん。そうだね。鬼人のお姫様だよね。
<「君の名前は
俺はスピーカーを使ってソフィアの声でそう言った。有名な鬼というのはたくさんいるがたいてい雄だ。が、アクラという響きは女性用の名前としても悪くない。
しかし何も起こらない。
<命名の儀は地声で行う必要があります>
ソフィアがそう指摘した。
「君の名前はファッキン・アクラだ」
「妾は貴き鬼姫『ファッキン・アクラ』じゃ。今後ともよしなに……」
いや……「ファッキン」は『大魔王ガーマの全身鎧』の呪いのせいで口走っただけで名前の一部にするつもりはなかったんだけど……。
ひょっとしてもう遅い? まぁ「阿久女」じゃなくて良かった、と思うべきか……。
「
詩織が目を輝かせて尋ねてきた。口元からは薄っすらとヨダレが垂れかかっている。鬼王の召喚魔法だ。そういえば【絶倫】スキルが+8以上あったな……。
<「それはアヤさんの物だ。使いたいのならば彼女にお願いするように」>
詩織のことだから自分専用のバイブにでもしたいのだろう。別に詩織に与えても良いのだが、そうすると詩織のレベルがアヤさんを追い抜いてしまう恐れがある。アヤさんが召喚主になれば、詩織はアヤさんに頭を下げて鬼王を貸してもらうようになるだろうから、パーティ内の秩序が維持しやすい。
「おみゃーの
相変わらずアヤさんは一瞬たりとも悩まずにノリで即決する。鬼の音読み「キ」を伸ばすことで「ヤンキー」に掛けているのだろう。
「我こそは鬼王『ニャンキー』であーる。今後ともよろしゅう頼むぞ」
ついさっき酷い殺され方をしたばかりだと言うのに、ニャンキーはちょっと恥ずかしい名前をあっさりと受け入れて明朗な声で宣言した。
「アヤさん、早速ニャンキーを貸してくれますか? お願いします!」
「にゃー? 夜まで我慢するにゃ」
「あんなの眼の前で見せつけられたら待てません! ささ、お屋形さまも【
やれやれやれ。普通、妊娠初期というのはつわりなどが厳しいはずなのだが、詩織はいろいろと規格外だな。俺は思わず「ふぃーっ」と大きくため息を付いた。
「パチパチパチパチ」
皆が無言になったその瞬間を待ち構えていたかのように、拍手が響き渡る。驚いて音がする方を見やるとそこにはラクスティーケがいた。
「なかなか面白い戦いだったぞ」
<「ラクスティーケ……さま、お越しになっていたのですか?」>
「うむ。その鎧とは少々因縁があるから気になっていたのだ。ガラガエルが迷惑を掛けているようだが、給金は貰っているのだろうな?」
<「はい。時給50万マカで契約しました」>
俺がそう言うとちょっと気まずい感じの微妙な沈黙が流れた。
「ほう……50万とな。まったくガラガエルも食わせ物だ」
<「あの……どういう意味で?」>
「うむ。
なんだって!? 4分の3をピンハネって、俺は
アイツ絶対に天使じゃなくて悪魔だ。
糞っ、ガーマの記憶を追体験した時に、ガラガエルの事を「友達思いの良いやつだ」と思ってしまった自分が許せない。絶対いつかぬっころす。
「ラクスティーケさまもファッキン鎧と無関係じゃファックですよね。なんとかファックらえませんか!?」
感情が高ぶって、思わず本体の口を使って喋ってしまったが、ラクスティーケには通じたようだ。
「うむ。確かにまったく責任は無いとは言えんな。まだ亜神にはなっておらぬようだが、
ラクスティーケはそう言うと、黒い眼帯をずらして半開きの右目を顕にする。これまで以上の圧倒的な神気がラクスティーケの身体からほとばしり、魂ごと吹き飛ばされそうな感覚を味わう。
彼女の目を見ると、これまでに感じたことのない高揚感を感じてしまう。魂だけがダンジョンを飛び出して成層圏まで持ち上げられてしまったかのようなハイだ。
<超越者が出現したため回路保護のために自動停止します>
ソフィアはそう言ったっきり沈黙してしまった。
「吹き飛ばされないようにしっかりと己の自我にしがみつくのだぞ」
ラクスティーケはそう言いながら、ゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる。
「圧倒的な存在に出会った時、人は反発する者と盲従する者に分かれる。前者の魂は超越者の神気により粉々に砕かれ雲散霧消し、後者は超越者の魂に同化吸収され消えてしまう。本来であれば亜神にならなねば、この瞳に映る『超越者の対象者』となることはできぬのだぞ」
俺はもはや俺として生きたいという欲望が微塵も無くなっていた。
チョウチンアンコウの雄は雌よりもずっと小さい。雌の10分の1程度の大きさだ。つまり普通の人間とガンダムぐらいのサイズ感の違いがある。
彼らは深海で雌を見つけるとその身体に引っ付いて同化し、ただ精子を送り出すだけの器官になるという。
いまならばチョウチンアンコウの雄の気持ちがよく分かる。俺のエゴなど無価値だ。この圧倒的に神々しい存在の一部として永遠に生きていきたい。
「だがガーマのお陰で辛うじて自我は保てておるようじゃな」
ラクスティーケはそう言うと、カッと目を見開く。その刹那、時間が止まり永遠と無を同時に感じた。
仏教における神は愛欲に囚われた自我を持った存在とされるが、天界の最上位にある他化自在天では見つめ合うだけで無上のエクスタシーを感じるという。
消え消えの俺の意識が感じているのはまさにそのエクスタシーだ。ただ彼女の瞳を見つめているだけなのに、今までに経験したすべての快楽を遥かに凌駕する歓びが俺の魂をバターのように溶かしてしまう。
もはや思考することもままならない。すべてが真っ白だ。
*
「なかなか良い褒美であったろう?」
ラクスティーケはそう言いながら黒い布で再び右目を隠した。
どうやら意識を失っていたようだが、得難い経験を得たという確信だけはなぜかあった。蒙を啓かれた、と言っても良い。いままで快楽というものを肉体的に捉えすぎていた。
片目だけであんな経験をしてしまったのだ。両目を顕にしたらいったい何が起こるのだろう? やはりラクスティーケは天使たちの中でも完全に別格の存在のようだ。
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