第3章 化身放浪記

第1話『人間伊東3号』の脱出

「鬼王ニャンキー」を倒すと、俺たちはそのまま地下34階へと進んだ。休憩室周辺を探索して、とりあえず地下34階の敵の強さを確認する。


 長い一日だった。中足なかたしに化身がやられたのが今朝だというのが信じられないぐらいだ。


 ここで化身だけを再び地上に送り出すか、それとも探索に同行させるのか、ちょっと悩んだ。先程のボス戦のようにロスト前提での「特攻偵察」は強敵が相手の時には有効だ。が、地下44階のボス戦まで必要ないかもしれない。


 一方でやはり地上の様子は気になる。今朝はあっけなく殺されてしまったので、自分の家しか見ていない。都市部などの様子も確認したいし、ネットを使って情報収集もしたい。


 ここからならば地下33階の街やエレベーターまで安全に戻ることができる。「鬼王ニャンキー」を配下に加えたので、鬼の館の敵はすでに襲ってこなくなったし、魔物が湧いているポイントも熟知している。

 

 化身『人間伊東3号』を作成し、メインの意識を移す。そしてそのままシャルエスに乗って地下33階の街まで行って、エレベーターに乗り地下11階に移動した。


 服屋が充実している地下11階の街で、諜報活動用のエピック装備『エージェント・スーツ』というスリーピースのセット衣装を購入する。マジック・アイテムだけあって、オーダーメイドスーツの聖地であるサヴィル・ロウで仕立てたように完璧な着心地だ。


 このセット衣装を全揃えすると「素早さ」と「器用さ」が大幅に上昇し、【隠密】【地獄耳】【暗視】などの諜報系スキルが+3される。なるべく戦闘は避けて生き残ることを優先させた装備だ。それにこの格好ならば地上の街に行っても変ではないだろう。甲冑姿で行ったらコスプレだと思われてしまう。


 今回は化身のコンセプトがはっきりしているので、素のステータスも「素早さ」と「器用さ」を高めに振ってある。これらのステータス値は化身の作成時にあるていど調整可能だ。


 地下1階までエレベーターに乗る。いきなり中足なかたしたちに鉢合わせになったりしたら洒落にならないな、と気をもんだが、エレベーター付近には誰もいなかった。途中で中足の手下たちの気配があったが、無視して地上まで進んだ。


 すでに日が沈んでいるが、まだかすかに太陽が残した光が残っている。半焼してしまった家や真っ二つにされた愛車には近づかずに、そのまま徒歩で山林を抜けた。ここまでくれば中足に遭遇する可能性はないだろう。


「ブーン」


 突如大きな羽音がした。異常に大きなスズメバチだ。体長は30cmぐらいでレベルは12。


「カチカチ」


 スズメバチが顎を鳴らして威嚇してきた。戦うつもりのようだ。


 本体のレベルが52になったので化身のレベルは26だ。さすがにレベル12の蜂ごときに手こずりはしない。【ファイヤーボール】一発で沈めた。

 すると多数のスズメバチが俺に向かって飛来してくる。


「ファイヤー・ウォール」

 オフラインでもセキュリティにはこれが一番。スズメバチたちはまさに跳んで火に入る夏の虫状態で全滅する。


 1時間ちょっと歩いて晶の実家がある集落に出たが、灯りが付いている家は一件もない。完全なゴーストタウンだ。

 レベル10以上の魔物があちこちにいるような状況では流石に住み続けることができなかったのだろう。

 

 とある家の前に俺が乗っていたのと同じ型の軽四駆が止まっていた。家の方は半壊しているが、車は無事なようだ。


「ごめんくださいー」

 一応ひとこと断ってから入る。古い木造の家なので、歩く度に「ミシッ」とか「ギギギ」という木がきしむ音が響く。自分で立てている音なのに、思わずビクッと身体が反応してしまう。


 家の中には死体が2つ転がっていた。白骨化とまでは行かないが、被害にあってからかなりの日数が経っていそうだ。肉がだいぶ減っているようだから、魔獣か何かに食べられてしまったのだろう。


 俺は合掌してご冥福を祈ってから、高齢男性の衣服のポケットから車の鍵を抜き取った。

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