第11話 ゴブリン部屋の眠れない夜
リスポーンしたゴブリンたちのなかに見慣れない姿が混じっていた。深緑色のゴブリンたちの中に一匹だけ銀色のコボルトが混じっている。額の紋章には3つの部分からなる破線(― ― ―)が混じっていた。つまりレベル11以上だということだ。
自分よりも高レベルの敵と戦うのは初めてだ。俺は緊張して斧を構えた。だが、クロームコボルトはこちらの姿を確認するなり、いきなり逃げ出した。
「あ、もしかしてメタル的なモンスターかも」
俺とアヤさんはサクッと残りのゴブリンたちを倒してからクロームコボルトを追う。普通ならば逃げられる前に急いで倒さないとならないのだろうが、なにしろこの部屋には出口がない。
敵の動きはかなり素早いが、アヤさんと連携すれば対処可能だ。すぐに俺たちはクロームコボルトを部屋の隅まで追い詰めた。
追い詰められたクロームコボルトが俺を睨みつけて咆哮する。
すると、ひどく気分が悪くなった。
倦怠感が酷くてなにもする気が起きない。
これは……精神攻撃か?
苦労知らずのボンボンだったら発狂していただろう。だが、伊達にブラック企業に20年間も勤めていた訳ではない。あの頃に毎日経験していた部長のパワハラと比べればまだマシだ。
あー、もしかしてこれが「若いうちの苦労は買ってでもしろ」ってやつか。あるいは「死ななない程度の試練は人を強くする」ってやつ? 糞みたいな経験が活きたのだから結果オーライだが、過去に戻って同じことを繰り返せと言われたら断固として拒否する。
くらくらする頭を抑えながら俺は【ファイアーボール】を放った。クロームコボルトは軽い身のこなしでジャンブして火の玉を避ける。だが、どんなに素早くても空中にいる間は身動きが取れない。続いて放たれたアヤさんの爪攻撃を受けてクロームコボルトは力尽きた。
俺とアヤさんのレベルは一気に2つあがって、レベル12になる。
「やったー!」
「にゃぁー!」
思わず二人でジャンプして大喜びする。が、よく考えてみればそれどころではない。閉じ込められてしまったのだ。
*
あれから6時間ほど経過した。この部屋における最初の戦いでは敵の殲滅に3〜4分はかかったと思う。今は瞬殺だ。ゴブリンたちが出現すると同時に範囲攻撃の【ファイアストーム】を放つ。
各属性の基本魔法を覚えて使っていると、あるていど習熟度が上がったところで新しい技を勝手に覚えるようだ。デフォルトの魔法名はあるようだが、大事なのはイメージだ。
火の玉をイメージすれば【ファイアボール】になるし、火の槍をイメージすれば【フレイムランス】になる。だが、魔力が足りなければイメージしてもできないし、上手く使いこなすためには繰り返し使用する必要がある。
魔法の名前は必ずしもデフォルト名——つまり最初に脳内に閃いた名前——に拘る必要はないようだ。【ファイアストーム】の代わりに【火嵐】と発音してみたがちゃんと発動した。
威力は若干落ちるようだが完全に無詠唱でも使える。
雷魔法、氷魔法、土魔法のスクロールも出た。氷魔法は食材を冷やして保存しておくのに使えそうなので、戦いよりもむしろ生活で役立ちそうな気がする。
アヤさんが覚えたスキル【咆哮】も強烈だ。威圧効果があるらしく【咆哮】を受けた敵はしばし怯むので、そこを狙って叩くだけ。衝撃波も同時に出るのでレベル4のゴブリン達は一瞬で消える。
俺も【回転斬り】というスキルを覚えた。縦方向に回転して単体の敵を斬りつける技だが、ホブゴブリンも余裕でワンパンだ。
6時間で400体近い敵を倒したが、クロームコボルトは2匹しかでなかった。動きは速いが、出現する瞬間にドンピシャで範囲魔法を放てばたいていヒットするし、逃げられた場合も氷魔法の【アイスシャクル】で動きを止めてなぐるだけの簡単なお仕事。
しかしクロームコボルトは稀に火魔法を放ってくることがあり、これはかなり効く。この部屋に最初に入ってきた時はレベル9だったので、あの頃に食らっていたらかなり危なかっただろう。
今はレベルは18だ。強制的に退屈なレベル上げルーチンに従事させられている。アヤさんはユキヒョウやチーターぐらいのサイズ感になった。たった3日で凄まじい変わりようだ。
ちなみに彼女はいま寝ている。敵が出現しても起きる気配がない。ゴブリンたちが攻撃を加えてもほとんどダメージにならないが、さすがにウザいらしい。面倒くさそうに目を開くと、前足や尻尾で叩いてゴブリンを瞬殺する。
一方、俺はいま飯を作っている。1つのガスコンロでご飯を炊き、もうひとつのコンロで細かく切ったジャイアント・ロースターの鶏肉を炒めている。
調理中もゴブリンは湧くのでとりあえず範囲魔法で殲滅している。戦いに集中していないのでたまに取りこぼすが、まぁ、襲ってきても文字通りワンパンで沈む。武器を手にする必要もない。
心配なのは食料だ。水魔法を使えるようになったので水は際限なく利用できるが、食料はマジックポーチに入っているものだけしかない。
ここの敵は肉をドロップしない。一週間ぐらいならば問題ないが長期化したら飢える恐れがある。
ダンジョンの敵は倒すと消えてしまうので、最悪生きたゴブリンに齧り付くしかないのだろうか……? そう考えると暗澹たる気分になる。
*
腹がチクチクする。
「チッ、なんだよ。痛いなぁ」
そうつぶやきながら目を開くとホブゴブリンが必死な形相で俺の腹を槍で突いていた。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。俺は横になったまま【ファイヤーボール】でホブゴブリンを仕留めてスマホで時間を確認する。午前2時。長期的な課題としては食料の問題があるが、質の高い睡眠の確保が喫緊の課題だ。
俺は大きくあくびをしてから立ち上がって、体を伸ばした。なにか使えるものはないかとマジックポーチの中をまさぐる。そしてプラスチック製の荷造り用ロープを取り出した。
「ひょっとしたら使えるかもしれない」
一匹を残して残りのゴブリンたちを殲滅し、最後に残った一匹を適度に痛めつけてから紐で縛り上げる。恐らくグループ全体が全滅するまでリスポーンしないはずだ。
ゴブリンは必死にもがいて抵抗したので四肢の付け根をずぶずぶとナイフで刺そうかと思ったが、流石にそれは残酷すぎるだろう。マジックポーチの中に入っていた針金を使って更に補強した。
これでようやく眠れそうだ。俺はアウトドア用マットレスを床に敷いて寝袋の中に潜り込んだ。
****** 【付録:額のレベル表示】 ******
レベル11
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レベル12
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レベル13
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レベル14
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レベル15
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レベル16
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レベル17
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レベル18
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実際には線がもっと太くて破線(— —)の空白が短い感じです。
詳細については付属資料が一応あります。
https://kakuyomu.jp/users/transhiro/news/16817330663614567853
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