第44話 詩織さん順応する
詩織もお腹は減っていないようなので、そのまま地下8階の休憩室周辺を探察したが、魔物の数が少ない。
仕方がないのでゴーストの上位版であるレイスが単独で出るポイントとスケルトン3体が出るポイントを30分ごとに廻った。敵の強さ自体は詩織の研修にはちょうどいいレベルだが、数が少なすぎる。
宝箱を1つ見つけたのがせめてもの救いだ。『魔力のカチューシャ』という純白の頭装備を入手した。防御力はそこそこだが最大MPを5%アップしてくれる。
詩織がパーティに加入した途端に彼女向きの装備がドロップするようになったのはちょっと不思議だ。宝箱の中身は開けるまで確定しておらず、開けた瞬間に開けた者のニーズと運などによって決定されている……というシュレディンガーの猫的な仮説をとりあえず立てておく。
半日掛けてパーティ全体で1600マカ稼いだところで、今日のレベル上げは終わり。詩織の取り分は400だった。それでもレベルは9に上がったし、後半は彼女もそこそこ動けるようになってきたので今日のところはこんなもんだろう。レベルが上がるたびに彼女はどんどん魅力的になっていく。
「明日は地下22階に戻ってレベル上げをしようと思う。必要なマカを獲得してアヤさんの進化が完了したら地下23階に潜る」
「それがいい。こんなところで雑魚を相手にしていてもつまらない。地下11階のボスもどうせ大したやつじゃない」
モンタロスが同意する。地下11階にもボスがいるのか。ということは次の山場は地下33階ということになるな。普通に考えれば10階単位ででそうなものだが……。
そういえばラクスティーケは先着11名とか言っていたから、きっとゾロ目が好きなのだろう。
「あ、あの……地下22階ということは、この階よりもずっと敵が強いんですよね?」
心配そうな表情で詩織が尋ねてくる。眉を八の字にしてすこし目を潤ませた表情がたまらない。思わず緩みそうになる顔を引き締めて、俺は頷いた。
「そうだな。その分レベルも早く上がる。俺が守ってやるから心配するな」
「……はい」
実のところ理由はそれだけではない。レベル10になれば、詩織は単独で地上に戻ることも決して不可能ではない。そうなった場合、幻の床の謎がバレてしまい多数の人間がダンジョンの深部まで入ってくる。
先行者利益が失われる恐れがあるだけでなく、国家権力による邪魔が入る可能性もあるだろう。その辺りも考えて詩織には攻撃魔法を未だに教えていないのだから、我ながらけっこう腹黒い。
「あの……アヤさんに触っても大丈夫でしょうか?」
うーん。どうだろう。アヤさんは人見知りするからなぁ、と思ったらアヤさんは意外にもあっさりとOKした。そういえばモンタロスのことも嫌がっている素振りはない。パーティのメンバー間では自動で絆のようなものが結ばれるのかもしれない。
「大丈夫みたい」
詩織は恐る恐るアヤさんの長毛を撫でる。見た目は猫のままだが、体長3mは超え、吠えた時の迫力はライオン以上だ。恐れるのも無理はない。
「アヤさんはねぇ、こことこことここを触られるのが好きなんだよ」
そう言って俺は、額から頭頂にかけてと顎の下と尻尾の付け根をモフった。アヤさんも興が乗ってきたらしく、シャチホコのような姿になって喉を鳴らしながら「お尻ぽんぽん」を要求してくる。
「わぁ、本当に猫ちゃんなんですね!」
「猫、好きなの?」
「大好きです。実家で飼ってました!」
「猫好きの人で良かったよ。アヤさんとも上手くやれそうだね」
「はい。頑張ります!」
気持ちの良いポイントを同時にモフられてアヤさんも満足気に「にゃお」と鳴く。
「こんなに可愛い猫ちゃんなのに、うちの隊の者が撃ってしまって、本当にすみませんでした」
詩織が寂しそうに呟く、たぶん複雑な気持ちなのだろう。自分たちの側に非があったことはわかっていても、あの結果は容易に受け入れられるものではない。
「ん……。もうその話はやめよう。できれば俺も忘れたい。でも君と仲間になれたことは本当に良かったと思ってる」
「はい……」
その後はディアンドルを着た詩織とアヤさんが戯れているところをスマホで撮りまくった。いやー電池に余裕があるって良いですね。
晩飯は缶詰の赤飯をいただいた。上手い……が、ごま塩がなかったので、家から持ってきた塩で代用した。なにしろダンジョンなのだからゴマは我慢するしかあるまい。
モンタロスはアイテムボックスから『ラクスティーケ信仰の実践』という分厚い本を取り出して読んでいる。ラクスティーケってやっぱり偉い天使だったんだな……。そういえばミノタウロス・ジェネラルも本を読んでいた。高位のミノタウロスは読書家が多いのかもしれない。
さて、そろそろ寝るか、というタイミングで詩織がやってきてもじもじしながら言った。
「あ、あの……ベッドを2つ繋げても良いですか?」
「え? もしかしてモンタロスが怖いの?」
「……はい」
意図的ではないのだろうが、モンタロスは地味に良い仕事をしている。アイツが恐ろしければ恐ろしいほど詩織は俺を頼りにするだろう。
「どうせならば一緒に寝よう。こっちにおいで」
と言おうかと思ったが、いくらなんでも馴れ馴れしすぎると思い自重する。
彼女は意外と早く寝入った。
胆力があるというか、切り替えが早い人なのかもしれない。
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