第43話 レベルアップ・ハイ

 自衛軍が残していった物品をマジックポーチにしまい込む。放っておけばダンジョンに吸収されて無くなってしまうのだからもったいない。


 銃火器が有効な敵もいるだろうし、弓矢よりも射程が長いので戦術の幅が広がる。ひょっとしたら銃弾に属性を付与することができるかもしれない。このあたりは後で検証してみよう。

 

 ありがたかったのは彼らが運んでいた大量の缶詰だ。これで食事の幅が広がる。出会ったときはすでに数が減っていたが、元々は30人規模の小隊だったようで、大量に食料を入手した。

 更にモバイルバッテリーも手に入れることができたので、スマホの電池残量の心配からも開放された。時刻やカレンダーの確認だけでなく、アヤさんの成長記録を撮影していたのでバッテリー残量が心配だった。


 結果的にはドロップ品と女目当てでPKしたような形になってしまったが、もともとは命を助けたのに謎ムーブで銃撃されたのだから正当防衛だし、ドロップ品を入手したのも日本古来の美徳である「もったいない精神」を大事にしているだけだ。


 それにもし俺が助けなければ詩織も死んでいたのだ。1人だけでも助かったのだから俺がしたことはむしろ善行と言える。そのように考えると少し気持ちも落ち着いてきた。


 とりあえず最低限の礼儀として、死体に合掌してご冥福をお祈りしておく。もうこの事についてはあまり考えないようにしよう。


 隠し部屋の入り口の壁が復活しているので、ラクスティーケ像の乳首をコリコリとつねって隠し部屋を開く。

 その時、不意に視線を感じた。白い鳥型の魔物が遠くでこちらを凝視している。俺が双眼鏡を取り出そうとすると、その魔物は慌てて飛び去っていった。


<距離が遠すぎたため鑑定に失敗しました>

 ソフィアも詳細を把握することはできなかったようだ。


「誰かに監視されているのだろうか?」

 運営の使い魔なのかもしれない。いずれにせよ無理に追いかけてまで倒す理由はないだろう。


 隠し部屋に戻ると魔物がすでにリスポーンしていた。

 俺は初手で【閃光刃レイディアント・スラッシュ】を放って巨人スケルトンを倒すと、詩織のそばに張り付いて彼女を守った。レベル4の彼女は簡単に死んでしまうので、しばらくの間は弱い敵を相手にこういう形で戦うほうが良いだろう。


 となると、やはり地下23階ではなく地下8階の攻略の方が良いな。アヤさんの進化がちょっと遅れてしまうのは残念だが、長期的には詩織にヒーラーあたりをやってもらったほうが戦闘が楽になる。


 詩織を狙ってスケルトンがやってくると、彼女は大げさに悲鳴をあげた。難なく一撃で倒してから、俺は凛々しい顔つきを心がけながら分かり切ったことを訊いた。


「大丈夫か詩織?」

「……はい」


 ふふふ、計画通り。

 俺に対する印象を「恐ろしい男」から「頼りになる男」に変えなければならない。どうせこの階層の敵は俺が積極的に戦闘に参加しなくても楽勝だ。それでも、詩織にとっては恐ろしい化け物だから、俺の株を上げるのにうってつけの舞台といえる。


 スケルトン達をあっさりと倒すと詩織のレベルが一気に3つも上がった。詩織は歡喜して女の子ガッツポーズを作る。

 胸も一緒にレベルアップして、迷彩服の前ボタンが弾け飛ぶ寸前だ。前腕と肘に挟まれてはち切れんばかりに胸が前に突き出る。

 喜びのあまり彼女は何度もジャンプし、そのたびにたわわな胸が「ぶるん、ぶるん」と揺れた。


 レベルアップ・ハイ――俺は勝手にこう呼んでいるが、レベルアップした瞬間に幸福感と全能感に包まれて、思わずガッツポーズが出てしまうのだ。少々気分が塞がっていても一気に躁状態になる。それが3つ連続できたのだから凄まじい高揚感だろう。かなり厳しい経験をした直後の彼女にとっては一番の薬だ。


 この部屋の敵はたいして美味しい敵ではなかった。獲得したマカは全11体で1150にすぎない。それを4で割った287が彼女の取り分だった。


 俺はダンジョン突入直後に地下一階でレベル6まであげたのだから、この程度の敵でも彼女のレベルが一気に7に上がるのは当然か。

 ソフィアによれば、詩織が次のレベルに上がるのに必要なマカは59に過ぎないそうだ。


 宝箱の中身は『妖魔のディアンドル』という女性用の服だった。ドイツのビアガーデンでウェイトレスのお姉さんが着ている胸元が強調された服だ。

 白いブラウスは襟の部分が深く開いている。ボディスという袖なしの胴衣がコルセットのようになっていて、下から胸を押し上げる。『Wendi'z』の制服に似た感じのデザインだ。


「おっ、詩織に似合いそうだな!」

「……えっ、何もしなかったのに私が貰って良いのですか?」

「どうせ君しか着れないし、見た目は可愛いけどこれはマスター・クラスの装備だから、今の服よりもずっと安全だよ」

「そっ、そんな貴重なものを……。ありがとうございます!」

 本当は胸が強調された服装をしている彼女が見たいだけなのだが、そんな素振りは一切見せないよう真面目くさった顔を作り、俺は鷹揚に頷いた。


 この階層に長くとどまっていたらまた自衛軍がやってくる可能性があるので、さっさと地下8階に移動することにする。


 土塊を床の上に落として、幻の床の仕掛けを示すと。詩織の足がすくんだ。俺は問答無用で彼女を抱きかかえる。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。


「えっ……」

「心配するな。ここを通るのは馴れている」

「……はい」

 詩織の頬が染まる。

 どさくさに紛れて彼女の胸にタッチしたいという欲望をかろうじて抑えて、紳士的な手の位置を維持したまま罠を抜ける。


 地下8階の休憩室に着くと土魔法で壁を作って彼女が着替えるためのスペースを作った。

 数分後に『妖魔のディアンドル』に着替えて現れた詩織を見て、俺は生唾を……いや息をのんだ。

「に、似合ってますか?」

 はにかみながら上目遣いで彼女が尋ねた。


「と、尊すぎる……。最高だ!」

「……お、お屋形さま、大げさです。ですが素肌が露出している部分の防御は平気なのでしょうか?」

「ああ。ランクが高い防具は魔力により露出している部分も保護するんだ。だから今まで着ていた迷彩服よりもそのそのディアンドルのほうが総合的な防御力はずっと高い。魔法属性に対する耐性もある」


 ソフィアの受け売りである。極端な例では神器クラスのニップルシールはコモン・クラスのフルプレート・アーマーの数十倍の防御力を誇るそうだが、流石にこの例を持ち出すと下心が丸見えになるので自重した。


「とりあえず詩織にはヒーラーをやってもらおうと思う。この階層ではどのみち楽勝だけど、使わないとスキルが上がらないからどんどん使って」


 そう言って、俺は『オークの杖』と『魔力の指輪』に加え、『補助魔法』の巻物スクロールも彼女に渡した。オークの洞窟での周回でも出たのでいくつか余っている。


 ついでにスマホで写真を取らせてもらった。彼女のも記録しなければなるまい。

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