第40話 残念な邂逅

「ぐぁーっ!」

「た、助けてくれぇえ!」

「しっかりしろ丸山!」

「隊長! 銃が通用しません!」

「上の階まで撤退する!」

「ダメです! 囲まれています!!」


 お、人間がいるのか。気になったので内側から御札を剥がして壁を消し、ラクスティーケ像の影から廊下を覗いてみた。


 迷彩服を着た20名程の兵士たちが、魔物たちと戦っている。自衛軍だ。

 レベル10前後のスケルトンとビッグ・スライムに加えて、物理属性無効のゴーストがいる。ゴーストには銃火器がまったく通用しないのだが、どうも彼らは魔法による攻撃手段を持っていないようだ。このままでは全滅するだろう。


「人として、ここは助けるべきだろうな」

 俺はそう呟いたがアヤさんとモンタロスの反応は薄い。2人とも人じゃないんだから無理ないか……。仕方がないので『光の長弓』を取り出して、光属性が付与された矢でゴースト2体を射ぬいた。


「スケルトンとビッグ・スライムは一応物理ダメージが通るから、あとは自分たちでなんとかしてくれ」

 そう思ったが、彼らはまだ苦戦している。


 弱い。レベルは3~4程度だ。よくあんなレベルでここまでこれたものだ。……いや、あれだけ数がいて銃火器で武装していれば、十分に可能か。ゴブリンやダークボアあたりは簡単に倒せる。


 物理が通る敵を蹂躙してこの階まで下りたところで、物理耐性が強い敵とぶつかってしまったのだろう。

 ひょっとしたら先程のアップデートはこれなのかもしれない。この階層まで下りておきながら魔法を覚えようとしない集団に対応するために、運営が魔物の配置を修正した可能性はありそうだ。


 アヤさんとモンタロスが乗り気でないのもなんとなく分かる。嫌な予感がするのだ。このまま関わらないでさっさと下の階に下りた方が利口だと、俺の直感も告げている。


 しかし、やはり人として見過ごせなかった。俺は残ったモンスターたちに近づいて行って、一体ずつ倒す。【閃光刃レイディアント・スラッシュ】を使ったほうがサクサク倒せて楽なのだが、光の刃が3mほどあるので周囲にいる兵士たちを巻き込む可能性がある。

 混乱した兵士が出鱈目に放った弾丸が俺の頬をかすめ、俺は思わず声を荒らげた。


「ぜんぶ倒してやるから、撃たないでくれ!」

 そう言いながら、高速で移動して30秒ほどで残り6体を倒した。


「な!? だ、誰だあんた? に、人間か?」

 隊長と呼ばれていた男が狐につままれたような顔をしながら尋ねる。

「ええ、単なる通りすがりの民間人ですが?」


 助けてやったのに礼もなしか? まぁ、混乱しているようだし、大目に見てやろう。大人だからこれぐらいじゃ怒らないよ。


 そう思ったとき数メートル先にいる女性隊員が視界に飛び込んできた。彼女は回復魔法を使用して、負傷者を手当している。ちょっと地味だが楚々とした雰囲気があってけっこう好みだ。迷彩服の上からでも胸の膨らみがわかる。

 年の頃は30前後だろうが、俺から見れば十分に若い。


 そんな彼女を凝視していると目があってしまった。俺は慌てて視線をはずし、下半身が元気になってしまった件がバレないことを祈る。

 ダンジョンに入ってもう2週間近く経つし、レベルアップで身体は若返っている。その上、昼にオーク肉を食べてしまったのだから無理もない。


 彼女は治療をすますと、こちらに向かって走ってきた。「たゆんたゆん」と揺れている様を思わず凝視してしまう。やっぱり結構大きい。


「どうもありがとうございます! 助かりました!」

 彼女はそう言って深々と礼をした。良かった~。「嫌らしい目で見ないでください!」とか言われちゃうかと思ったよ。


「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」

 そう言いながら俺はどうすれば「LINEar交換」に持ち込めるだろうか、などということを考える。第一印象は良いはずだ。見た目も若返ってかっこよくなっている。それほど分不相応な野望ではあるまい。


「あの……その額のマーク……レベルはいくつなんですか?」

「ん、レベル? 29ですが」

「29!? ……すごい。私達は3日前にこのダンジョンに入ったのですが、その時の日本最高レベルが12でした。本当にすごい人は表に出ないんですね!」


 彼女はそう言って頬を染めた。目にはハートマークが浮かび上がっている。もしかしてしばらく世間から離れているうちに『年収29億円』とかそんな感じの社会的ステータスになってる?


 しかし、たった3日でここまで来たってのはかなり駆け足だな。俺が隊長だったら小隊を複数のパーティに分けてしっかりレベル上げやスキル上げしてからくるけどね。

 これだけ人数がいたらなかなかレベル上がらないよ。この隊長さんはRPGをプレーしたことがないんだろう。


「レベル29の人間がいるはずないだろう! 人間に化けている悪魔に違いない」

 そう言って隊長は俺に銃口を向けた。かなり焦燥していて目は血走っている。正気を失っているようだ。嫌な予感はこれだったのか……。


 たぶんこの人も「古い世界」ではそれなりに有能だったんだろうな。有能の定義がすっかり変わって、俺のような人間のほうが有能になりやすくなってしまった。「ゲームに逃避していた人間のほうがより適応し易い現実社会」なんてモノは受け入れることができないのだろう。


「隊長、やめてください! 命の恩人ですよ!」

 女が俺をかばう。

「許可なく上官に意見するな!」

 隊長はそう叫んで彼女を後ろに突き飛ばした。


「きっと俺たちを油断させた上で殺すつもりに違いない!」

「いや、なに言ってるの? そもそも俺が助けなかったら全滅してたでしょ。なんでそんな面倒くさいことする必要があるのかな?」

「もし、仮に本当に人間だったとしても、民間人の立ち入りは禁止されている。大人しく拘束されるのであれば生かしたまま地上まで連れて行ってやる」

「禁止されてるって……、俺が所有している土地にできた入り口から入ってきたんだよ? 厳密に言えばあんたらのほうこそ不法侵入じゃないか」

「地下構造物の出入り口周辺は特別臨時立法により国に接収されている!」


 ブラック企業に20年勤め、結婚も子供も諦めて貯めた金でやっと手に入れた俺の「つい棲家すみか」を接収だと? ふざけるな! 


 怒りで血が沸騰しそうになった。

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