第10話 神の化身

 久我山ダンジョンの地下11階にある街は冒険者で賑わっていた。200名以上の冒険者がいるのではなかろうか。

 中央広場にいたエリーシェルという守護天使に挨拶する。レベルは53だ。


「はじめまして、伊東と申します」

「ほう、天使に挨拶をするとは良い心がけだ……。ん! お前、もしかして化身か?」

「分かるのですか?」

「ああ、薄っすらとな。なるほど。お前がこの惑星で最初の魔人か」


 エリーシェルはそう言って、舐め回すように俺を見た。俺も負けずに彼を観察する。

 名前も姿も「裏庭ダンジョン」地下11階の守護天使アリーチェルによく似ている。


「そりゃ兄妹だからな似てるさ」

「思考を読んだんですか?」

「ああ、失礼。無意識のうちにな」


 レベル53の天使が思考を読めるということは、ラクスティーケやアウストレイヤもたぶん読めるのだろう。その上でそれをおくびにも出さずに振る舞っていたという訳か。食えない人たちだ。

 ある面、このエリーシェルはそのあたりを隠さないだけまだ応対しやすいのかもしれない。


「そうかもな」

 ああ、心を読まれてるんだっけ。やっぱ面倒だ。


「すまんな」

 おい……。


 それにしてもこの自信満々な態度はどうだろう。俺が化身だということを見抜いているのだから、俺の本体のレベルが54以上だということも知っているはず。


 ガラガエルは「お前のほうがずっとレベルアップが早い」と言っていた。奴は百年以上の長きに渡って時給200万マカを貰っていたのだから、レベル60というのは低すぎる。

 ソフィアに調べてもらったところ、レベル60からレベル61に上がるのに必要なのはマカは約3億。奴ならば一週間もかからず稼げる額だったはずだ。


 ミルチェルはラクスティーケのことを「ことわりの大神」とうっかり呼んでしまって、弁明ができずに沈黙していた。あの時は追求しなかったが、ずっと心に引っかかっていた。

 考えてみれば、いくら先行者とは言えたかが3ヶ月ほどレベル上げに勤しんだだけで、運営側の天使たちに追いついてしまうというのも妙な話だ。


 加えて、俺の進化先として「天使」という選択肢はなかった。そのあたりのことをずっと疑問に思っていたが、ようやく1つの結論にたどり着いた。


「つまり天使は神の化身だ。貴方の本当のレベルは106以上だということだ」

「……」


 心を読んで先回りして回答していたエリーシェルが黙り込む。あの時のミルチェルと同じだ。おそらく図星だろう。


「正しいとも間違っているとも言うことはできぬが、どのような仮説を信じるのも君の自由だ」


 間違っているのならば間違いを指摘するだろうから、大凡おおよそのところは俺の仮説が正しいということだろう。


「化身ってなんのことだい?」

 明後日の方角から不意に声を掛けられる。見やるとそこにはレベル39の男が2人いた。


「代々木男爵の神楽と星屋だ!」

「本気かよ!?」

「次はこのダンジョンを攻略するつもりなのか!」

「下に潜ってる親パーティに連絡しろ!」


 辺りにいた冒険者達が大騒ぎする。


 コイツラ……高レベルの【隠密】スキル持ちか? 近づいてくるのにまったく気が付かなかった。一応ソフィアに【鑑定】依頼を出しておいたが、これだけ離れていると時間がかかりそうだ。


「知るべきときがくれば君たちも知ることになるだろう」

 エリーシェルは無表情でそう呟いた。


「まるで俺たちよりもそのレベル27のオッサンのほうが先行しているような言い方だな、天使さんよ」

 年下の方の男が凄む。コイツの顔写真は『ことわり』のウェブサイトに載っていた。神楽御饌かぐらみけだ。


「それを言ってしまうとフェアではないから黙っておくとしよう」

 エリーシェルはそう言って、俺のほうをチラリと見やって微笑を浮かべる。


「ミケ! お前、天使さま相手に向かって不敬だろう。天使さま、この男は神楽御饌。私は星屋豊ほしやゆたかと申します」

「ほう。君は言葉遣いを知っているようだ。君が男爵になったほうが良かったのでは?」

「残念ながらじゃんけんに負けてしまいまして……」


 じゃんけんで決めるなよ……。


 先程からずっと気になっていることが1つあった。星屋はTシャツにジーンズというダンジョン攻略中とは思えないラフな格好をしているのだが、Tシャツにプリントされているのが詩織の写真なのだ。


 詩織の額のレベルは44なので、恐らく「裏庭ダンジョン」の地下33階の宿屋で撮影されたものだろう。つまりデータを流した犯人はミルチェルということになる。


 本来ならば隣に『大魔王ガラガエルの全身鎧』を着た俺の本体が映っているはずだが、フォトショで詩織の姿だけが抜き出されている。

 「SHI♡RI」という文言までプリントされていて、ハッキリ言って痛い。


「ところでそのTシャツはどこで買ったんだ?」

「これは自分で業者に頼んで作ってもらったのさ! お前も詩織さまのファンか? 見ろよ、この慈悲深く清楚なお姿! 彼女は天使、いや女神に違いない。俺の彼女に対する愛は純粋なんだ。写真を見た瞬間に雷に打たれたかのように一目惚れしてしまった。騎士として一生を彼女に捧げるつもりだ」


 星屋は興奮した調子で早口でまくしたてる。確かに詩織は清楚な印象の淡い桃色のドレスを着て写真に映っているが、体のラインはしっかり出ているし、胸元の谷間もしっかりと顕になっているので十分にエロい。


 素直に大きなおっぱいが大好きだと言えばいいのに。純愛だのプラトニックだの面倒くさい奴だ。詩織の本性を知ったら卒倒するだろうか? それとも喜ぶだろうか? 見てみたいものだ。


「その写真はどこで手に入れたの?」

「写真? 理のウェブサイトに決まってるだろ」


 星屋の返事に俺は思わず固まった。マヂか。

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