第50話 世界の変化

 その日の午後は昨日と同じパターンでワニ狩りとオーク狩りを5回繰り返した。昏くなってきたので、銀狼の群れを倒して砦へと向かう。

 詩織のレベルは27になった。流石にここまで追いついてくると劇的なスピードでレベルアップしない。


 俺がダンジョンに潜ったあとに地上で起こった出来事についても詩織から聞くことができた。


 地上は大パニックらしい。ダンジョン・ポータル付近の獣や昆虫などが魔物化し、多くの被害者がでているそうだ。


 東京では代々木公園などにポータルが出現し、魔物化したカラスやネズミなどにより3千人を越える死傷者がでている。

 死者行方不明者の数は日本全国で1万人を超えているらしい。俺がダンジョンに潜ったのが2周間前で、詩織がダンジョンに潜ったのは5日前だ。いまごろ被害は更に拡大しているだろう。


 だが日本の状況はまだマシな方ほうだと言う。

 アメリカのオクラホマ州では多数のアンデッドが発生し、住人たちが殺戮された。犠牲者たちもゾンビ化したため被害は指数関数的に拡大しているという。

 詩織がダンジョンに入った時点ですでに十万人を超える犠牲者がでていて、被害はテキサス州にまで拡大しているとのことだ。

 世界最強のアメリカ軍といえども、物理耐性が強いアンデットの軍団が相手では相性が悪い。物理攻撃無効の『ゴースト』や『レイス』が混じっていたらお手上げだろう。


 また中国の深センでは、ダンジョンから出てきた二人組の若者が、食料を求めて近所のスーパーマーケットを襲撃した。

 彼らはいち早くダンジョンに潜って大幅にレベルアップしていた為、警察だけでは対処しきれずに軍が出動する事態となったそうだ。

 警官を中心に300名以上が亡くなったという。これが契機となって、一般国民をダンジョンから隔離しようという動きが各国で広がったらしい。


 俺が勝手に『おでん大根雲』と呼んでいた雲は現在では『シューターズ・クラウドshooter's clouds』と呼ばれているそうだ。


 これは劉慈欣リウ・ツーシンのベストセラーSF小説『三体』に出てくる用語だ。

 凄腕の射撃手が連続で射撃し、きっかり10cm間隔で的に穴を開けた。この的の表面には知的な二次元生物が生息しており「宇宙は10センチごとに必ず穴が空いている」という法則を発見する。しかし射撃手が10cm間隔で撃ち続けるのをやめた瞬間に「宇宙の法則」は変わってしまうのだ。

 射撃手にとって間隔は8cmでも13cmでも別に構わない。現代の科学文明の常識が、あの雲の出現以来すっかり変わってしまったことを表しているという。


 まぁ、『おでん大根雲』よりはこちらのほうが適切だと認めざるを得ない。日本人以外には伝わないだろうし……。


 砦にあった宝箱の中身は『韋駄天の足甲』というエピック・クラスのアイテムだった。防御力も高めで、『素早さ』が50%増す。適性的には『素早さ』が強みのアヤさん向きだが、まだ彼女の進化後の姿が人型になるのか獣型のままなのかわからない。とりあえず詩織に渡そうとしたが断られた。


「アヤさんの進化祝いとして送ったほうがいいと思います。新品のまま使わないでおきましょう」

「マジックアイテムに新品とかそういう概念は無いような気がするんだよね。それに彼女が獣人に進化すると決まったわけじゃないよ」

「気持ちの問題です! それにきっと獣人になりますよ。私もアヤさんと話してみたいです」


 そこまで言われると無理強いするわけにも行かない。

「気持ちの問題」か……確かに俺はそのあたりの感覚が鈍い。誕生日やクリスマスも「いつもと変わらない単なる一日」として処理してしまう。ついつい現時点でのパーティの力のみを合理的に追求しがちだが、こういう心配りも大事なのかもしれない。


 ミノタウロス宮殿に戻ってアヤさんの状態を確認すると、半透明だった『進化のコクーン』は真っ白になっており中を目視することができない。卵が割れてからのお楽しみということか。

 入手したばかりの『韋駄天の足甲』を側に置いておく。


「今日もたくさんとれたので、オーク肉にしましょう!」

 食堂に入ると詩織が勢いよく宣言する。

「余は他のものが食べたいが……」


 モンタロスには冷凍してあったブラウンボアの肉とワニ肉を食べてもらうことにして、俺と詩織はオーク肉だけを食べた。栄養のバランスは大丈夫なのだろうか? もう食事後にすることは決定だな。


 今日もモンタロスが客室を貸してくれたので、お言葉に甘えて愛の巣として利用させていただく。

 なんだかんだと言って世話になりっぱなしだ。

 最初はちょっとうざかったけど彼が仲間になってくれて本当に良かった。


 部屋に入ると俺たちは『オークの睾丸』をすごい勢いで完食した。

「もっとたくさんドロップすればいいのに……これ」

 詩織が呟く。


 中毒になるのではないかと少し心配だが、やめられない止まらない。

 俺たちはシャワーも浴びずに汗臭いまま抱き合って、ベッドに倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る