第6話 ピンチと棚ぼた

 螺旋階段はかなりの長さがあった。過去の経験から言って恐らく5~6階ぐらいは下に降りているだろう。


「みんな気を引き締めろ。この階層の敵はかなり強いぞ」

 イーオンがリーダー面で指示を出す。まぁ、実際にリーダーなんだが、今までの経緯を勘案してもうすこし控えめに指示を出してほしいものだ。などと考えていると、「うーっ」とオカワリが唸り声を上げる。


 敵の襲来を予期して身構えた時にはすでに蜂の大群が視界に飛び込んでいた。ヘル・ホーネット。レベルは67で以前地上で遭遇したスズメバチの魔物の上位互換だ。1体が体長3mほどある上に30匹以上の大群で来襲する。巨大な羽音が耳をつんざき恐怖心を煽る。恐らく精神耐性が低いと戦意を維持できないだろう。


<ファイヤー・ウォール>

 ソフィアによる鑑定の結果を待たず、先手必勝とばかりに俺は火属性魔法を放った。以前、地上で蜂の魔物と戦った時は火属性魔法が有効だった。レベルは全然違うが恐らく同系統の魔法が有効なはずだ。


 火属性魔法は確かに有効だった。が、それ以上に敵の能力がこちらの予想を上回っていた。俺が放った『ファイヤー・ウォール』は敵の進軍スピードを若干緩める程度の効果しかなかった。火魔法で焼かれた羽を急速に回復させて、ヘル・ホーネットの大群は再びこちらに向かって進撃を開始する。


「ファイヤー・ランスにゃ!」

 敵のスピードが弱まった隙に練り込んでいた巨大な火の槍をアヤさんが密集した敵に放つ。だが、敵の反応は思った以上に速い。ヘル・ホーネットたちは一瞬にして散開し、そこからは乱戦になった。


 陣形もフォーメーションもあったものでは無い。敵の数が多いので範囲攻撃魔法を使いたいのだが、味方を誤爆する可能性があるので、なかなか放つ機会がない。仕方がないので、一匹ずつ相手にするが背後や側面からの攻撃をかわし切ることが出来ない。


 ヘル・ホーネットはなかなか強力な毒を持っている。最初のうちはいちいち解毒していたが、きりがないので毒状態のまま戦う。毒耐性が+9あるからできる戦法だ。


 ヘル・ホーネットの尻についた針は直径10cm以上あり、もはや槍だ。毒は平気でも物理的にかなり痛い。文字通り身体に穴が開く。魔人に進化する前だったら2~3回刺されただけで死に至っただろう。それぐらい強烈な攻撃だ。


 敵を確実に一匹ずつしとめながら、毒にやられて死にかけているダメスを治療する。他のメンバーは毒耐性も物理耐性も高いので、ダメージを受けつつもそれなりに戦えている。


 一匹、また一匹と敵を倒すたびに、徐々に楽になってきた。30分ほど戦ったところで敵の数は半減していた。


「ふぅ。ようやく終りが見えてきました」

 ダメスが呟いたその一言がフラグになった。


「グガァーッ!」

 大型獣の咆哮がダンジョンに響く。ウル・ギガンテウス――レベル76の熊型の魔物だ。黒い毛並みの中に血のような赤い模様が浮かび上がっている。体長は6mほどあるだろう。単体の敵だがそのステータスはこちらを圧倒していた。裏庭ダンジョン地下44階のボスだったイフリートよりもずっと強い。

 

「おいおい、冗談じゃない。こんな状況であんな化け物と戦ってられるかよ。逃げるぞ!」

 俺は思わず叫んだ。


 パーティメンバー全員で螺旋階建へと向かう。が、ヘル・ホーネットもウル・ギガンテウスも動きが速い。この階層で出てくる敵はすべてのステータスにおいてこれまで戦ってきた敵とは次元が違った。螺旋階段を3周分ほど登ったところで、俺は逃げるのを諦めて、殿を務めることにした。


「この熊は俺が抑えておくから、残りの蜂を頼む」

 俺は「天魔のハルバード」をアイテムボックスにしまい込んで「常闇の大盾+3」を代わりに取り出し、頭上から振り下ろされてくるウル・ギガンテウスの爪を受ける。強化したレリック級の大盾を使っても、かなりのHPが削られてしまう。なるべく盾受けではなく躱す方向で動くべきだろう。が、ウル・ギガンテウスは動きが速く攻撃パターンも複雑だ。そう簡単に見切れるものではない。


「ちぃっ!」

 紙一重で躱す予定だった敵の連撃を躱しそこなって、俺は思わず舌打ちした。HPが一気に半分ほど奪われる。


 隙をみて回復しなければ――そう思いながら、ぎりぎりのところでウル・ギガンテウスの攻撃を捌いていると、背後から治癒魔法が飛んできて俺のHPを回復した。イーオンだ。ヘル・ホーネットと戦いながらもこちらの状況をちゃんと気にしてくれている。なかなか頼りになる味方だ。


 しかし次の瞬間、ヘル・ホーネットが横から俺に向かって急接近してきた。熊の相手だけで手一杯なのに冗談ではない。そう言いたいところだが、魔物が俺の気持ちに忖度してくれるはずもない。


 間一髪で躱した蜂の尻槍は俺の頬を削って、ウル・ギガンテウスの右目に突き刺さった。


「グァーッ!」

 怒りの咆哮をあげてウル・ギガンテウスはヘル・ホーネットを叩き殺す。


 すると俺たちと戦っていた、ヘル・ホーネットたちがターゲットをウル・ギガンテウスに変更する。棚ぼただ。俺たちはその隙に体制を立て直し、HPとMPを全回復して高みの見物と洒落こんだ。


 結局、ウル・ギガンテウスは単体で残りのヘル・ホーネットをすべて倒した。すごい魔物だ。こんなのが群れで出てきたら勝ち目はないな。だが、戦いが終わった頃には彼もすでに虫の息だったので、パーティ全員で総攻撃することで容易に倒すことが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る