第5話 男の子のプライドってやつ、元男だけど良く分からんわ


 素直に、これは驚いたね。


 決闘云々の話が確定的になったところで、教師の、あー、自己紹介はしてもらったけど忘れたな。なんとか先生に案内されてきた場所が、ここだ。

 学校内の、とある施設の部屋のひとつ。

 一見、普通の校舎みたいに見えたけれど、中身はまったくの別物である。

 この施設の存在自体が、ボクからすれば『キモっ!』て感じだ。

 違う星に居るんじゃないかと思ったわ。

 もう、異文化っていうか、革新的過ぎてついて行けないって感じ。


 だって、凄い技術と金をを、とてもくだらない事に惜しげもなく使われてるんだもの。


 ビックリしたんだけど、ここでは決闘のための専用部屋があるらしい。

 毎度毎度、どこかで決闘騒ぎがあるとのこと。

 実力主義を極めたこの学園では、仲間と切磋琢磨するための手段に事欠かない。

 真面目で勤勉で、野蛮な研鑽があったものだよ。

 争いのための方法ばっかり豊富になってさ。

 驚く暇もなかったから、今驚いてる。


 有り得んでしょ、だって。

 そこかしこで決闘してるっていう校風に引いてるのもあるけど、そこまでするかって大分引いてる。

 普通に使われてる技術が学校レベルじゃない。

 衝撃吸収やら、堅固化やら、各種耐性やら、自動修復やら、自動回復やら。

 極限まで高められ、高レベルに統合されたコレは、芸術品だね。

 理論をそこそこかじってるボクからすれば、天才的と言わざるを得ない。

 何をしても壊れず、どんな攻撃にも耐性がある。そしてこの中で負傷すれば、完璧に治癒される仕組みになってるのも凄まじい。

 まあ、そんな凄いもんを使いおろしてまで、生徒の切磋琢磨を促そうとすることに一番驚きなんだけども。

 安全性は保証されてるし、推奨もしている。しかも、生徒のほとんどは気位が高い貴族たち。

 こんなん、本気を想定して殺り合えって言ってるようなもんだよ。 


 ここまでするかね、本当に。

 血の気が多いったらありゃしない。


 本当もあれよあれよと、決闘さ。

 入学初日だっていうのに、毒されすぎだろ。

 今回に関しては、ボクが促したんだけども。



「「…………」」



 なんかピリピリしてるねえ。

 中央で睨み合ってる。

 いや、正確にはそうしてるのは貴族くんだけで、クロノくんはリラックスしてるけども。

 戦闘直前に力みすぎないっていう、とても落ち着き方。さては、彼相当慣れてるな?

 形こそ違って見えるけど、二人共真剣だ。

 何かがかかってるわけでも無いのに、なんでこんなにバチバチしてるん?


 真剣にやれってボクが言ったから?

 い、いや、別にボクは決闘しまくることを想定してるこのやり方の全部を否定してるんじゃないよ?

 実戦形式は、かなり実になる訓練だ。

 ただ、強さを追い求めるために、それだけ頑張るのが分からないんだよ。

 ボクって、強いし。周りも強いし。

 強さは手段であって目的ではないっていうか、弱くても何を為そうとするかが重要っていうか。


 あ、そうそう。そうだよ。

 強さを示す意味がわからないんだわ。

 決闘って言っても、自分が相手より上ってことを周囲に示したいだけじゃん?

 仮に決闘を通して成したい目的があるとして、それが何なのさ?

 目的なんて二の次で、そんなことより誇りを求めるなんて、あんまり好きじゃない。

 ただの一対一の勝ち負けで、何が起こるっていうのやら。


 つまり、決闘って好きじゃない。なのに皆は決闘で色々しようとしてて、理解できないってことよ。

 貴族は決闘好きだから、価値観が合わないっていうか、なんというか。

 代理人立てることもよくある話だし。本当にとことん、合わないんだよなあ。

 あの貴族くんは自分で戦う分、立派だけどさ。

 

 

「敗北の条件は?」


「『まいった』と言った方が負けだ」



 あ、そういえば、二人共剣使うんだ。

 訓練用の木剣なんだねどね?

 魔法剣士ってやつ?

 大体同じタイプの戦闘なら、優劣ハッキリつきそうだ。


 そうだ、これ、楽しんでみたらいいの?

 ボクが促したんだし、どっちか応援してみた方が良さげかな?

 取り敢えず頑張れって言ってみる?

 いや、止めとこ、我がことながら気味悪いし。



「俺の栄華の邪魔をしやがって……絶対に許さんぞ、平民め……!」



 こっわ。

 なんかもう顔が変わってない?

 ギラついてて怖いわ。影がかかってるように見えるのって、気の所為?

 出来ることなら、一生触りたくない人種だわ。

 まあ、彼はクロノくんにゾッコンみたいだし、ボクが今回みたいにデートを演出すればいいか。



「俺は、お前のことは知らない。逆も同じだろう? こんな間柄なのに、いきなりこうして争うのはどうかと思う。これから戦うのも、あんまり意味はないと思ってる」


「……貴様、まだこの俺を!」


「でも、この戦いで、俺はお前を理解したい」



 貴族くんは、忌々しそうにしてるだけだ。

 馬鹿にする意図はないんだろうけど、そんなこと言われたら困るわな。

 でも、戦意はまだ高いみたい。

 貴族は基本、気位が高いけど、ここまで高いのは見たことないや。

 クロノくんも、なかなかに寛容な性格だよね。

 なんていうか、いつかはクラス全員と仲良くなりそうだわ。

 あえて表現するなら、主人公気質?



「不愉快だ……! そのニヤケ面、いつまで続くか試してやる……!」


「ああ、楽しみだよ」



 クロノくんが言い切ったところで、貴族くんの血走った目がこっちを向く。

 え、どうした、大丈夫そう?



「誰か、立会人を!」


「…………」



 立会人? え、要るの、それ?

 そんなもん、誰だっていい。

 やるんならさっさとやれよ、時間の無駄だろ?

 ていうか貴族くん、君、狂った奴みたいな顔してんのに、何でルールは律儀に守るのさ。

 戦えればどうだっていいだろ、そんなの。

 

 あ、なんか急に嫌な予感しかしないし出したわ。

 このまま気配消して逃げてやろ……



「それなら、彼女にお願いしたらどうです?」



 隠密の前に、なんか制されたわ。

 この幸薄娘、ゆるふわそうな頭してんのに、実はシャッキリしてんな?

 なんか分からんけど、教主と似たような匂いがするぞ、コイツから。

 ていうか、貴女? 貴女って誰のこと?

 名前言ってくんないと分かんないんだけど。

 あ、いや、やっぱり言うな! 言葉の意味を理解したくない!



「クロノくんとアリオスくんに続いて、入学成績三位の貴女が一番、相応しいと思いますよ? アイン・レックスリーズさん?」


「…………」


「焚き付けたのも彼女ですし、見届人も彼女で良いのではないでしょうか?」



 ……………………

 ………………

 …………


 はっ! 考え事してた!

 アホらし過ぎて、思考が明後日の方向向いてたわ。

 意味わかんないよねー、決闘って。なんで見届人なんての必要なんだろうね!

 そんなもん用意せずに、普通にやりゃいいのにさ。

 首席と次席の実力みたいからって、特進クラスの全員集まってるじゃん。なら、ボク以外の三人だって、もっと近くから見たいんじゃない、この決闘?

 なら、進んで立候補するのが普通なんじゃない?

 だ、だから、なんで全員賛成してんのさ。

 そんなに距離取るなよ、怖いじゃん。


 チャラ男、お前なんで頭の後ろで手ぇ組んで、面白そうに眺めてんだ?

 ツンケン娘、お前なんで後ろで我関せずなんだよ?

 あー、幸薄に嵌められた気分だわ!

 もう引き受けなきゃな空気じゃん……



「貴様がしろ」


「よろしく頼むよ」



 うっわ、任されたじゃん。

 今、ボクって変な顔してないよね?



「……勝ち負けの判断はボクがする。危なくなったら、止める。構わないな?」


「ああ」


「始めろ、平民!」



 ていうか、そうじゃん。

 ボクの目的っていうか、任務を考えれば、なんて出来ないわ。

 ボクが完璧に管理しないといけない領分だった。

 あっぶねー、忘れてたわ。

 色々嫌すぎて、コロッと抜けてた。

 

 しょうがないな。

 より傷つけ合い、より痛みに喘ぎ、そして成長してもらえることを祈ろう。

 


「はじめ」


 

 合図と同時、凄まじいエネルギーが衝突した。



 ※※※※※※※



 カン、と高い音を立てながら、何度も何度も木剣を打ち合わせる。

 何度も何度も、どこまでも。

 立方体の部屋の中で、縦横無尽に移動しながら、戦闘を続けていく。

 

 獲物は木剣だ。真剣ではない。

 この部屋の魔法によって守られている。中の人間は、即死しなければ大概大丈夫ではある。

 所詮、本物の命のやり取りではない。

 危険度は大きく下がり、死ぬ心配など塵一つ分ほどすら無いだろう。

 だが、この決闘は決して生温くはない。

 

 木剣とはいえ、強く叩けば即死させられる。

 魔力によって素材を強化してしまえば、それは木剣であろうと鉄の塊と変わらない。それを、魔法によって強化した身体能力で振るうのだ。

 真剣よりもマシだが、十二分に危険ではある。

 

 そこから、さらに魔法による戦いを足す。

 牽制、中距離、遠距離、目眩まし、阻害。

 準備に時間のかかる大魔法を潜ませながら、小魔法で相手をかき乱し、妨害することに時間を使う。

 多種多様、変幻自在、千変万化。目的や手段を枝分かれさせ、如何に敵を騙せるか。

 もしも相手の意図に引っ掛かれば、人を焼き殺す炎が、骨まで凍てつかせる氷が、疾走り貫く雷が、砕き壊す岩が、瞬く間に彼らの身体を襲うだろう。


 死のリスクは、間違いなく大きい。

 直撃すれば、痛いどころではないだろう。

 避けられたとして、捌いたとして、そこからさらに剣の攻撃が加わる。

 常に頭を働かせ、大量の情報を処理しなければならない。

 

 優れた者同士の、ハイレベルな戦闘だった。

 しかし、



「はあ……はあ……!」


「なかなかやるな」



 どちらがより優れているかは、明白だった。


 クロノとアリオスの戦闘スタイルは、似通っていた。

 遠距離、中距離は魔法で、近距離は剣で。

 どちらも、レベルは極めて高い。

 普通、魔法か剣か、どちらかに寄るものだ。

 皆が皆、近接と遠距離の両方の才能に恵まれているというわけではない。さらに、仮に多少才能があったところで、器用貧乏になることは目に見えている。

 両方を高い水準で修めている時点で、才能で言えば両者は素晴らしい。


 アリオスは、天才である。

 魔法だけでも一流の魔法使いに成り得るであろうし、剣だけでも同じことが言える。

 どこを取っても、一級品以上だろう。

 だが、どこにでも、さらに上が存在する。

 たったそれだけの真理である。

 


「ここまでやるとはな。同い年で、こんなに強い人間が居るとは思わなかった」


「はあ……はあ……」


「凄いよ、本当に。態度はデカいが、その分、努力して、力を付けている。なかなか出来ることではない。お前は、とても優れている」



 憎さと疲労とで眉間に力が入り、視界が歪む。

 息も絶え絶えだった。

 滝のように汗が流れている。

 だが、クロノはそんなアリオスと対比だ。

 視線は真っ直ぐ、歪まない視界を保っている。息は常に整えられ、余計な動きをしない。体内の水分の浪費すら抑えられ、汗も流してはいない。

 明らかに、レベルが違っていた。



「お、おおおおお!」


「根性もある。負けん気がある。逆に、何が無いんだ、お前は?」



 手足が鉛のように重かった。

 振り下ろす剣は、戦闘開始時よりも遥かに遅い。

 そんなもの、軽く流されるに決まっている。

 そのままトドメを刺すことも可能だろうに、アリオスの体に攻撃は来ず、意識はまだ手放していない。

 完全に、舐められている。

 さらにプライドを刺激される。

 


「ああァァァあ!!」


「凄いな」



 第二階梯魔法『流砂』


 土や石を砂に変える。

 今回は、相手の足場を悪くするためのもの。


 第三階梯魔法『重刻』


 直接、重みを相手に刻み込む。

 対象が人間なら、普通は体重の倍ほどになれば十分だ。だが、アリオスは五倍の負荷をクロノにかけられる。

 

 第四階梯魔法『黒鉄の木』


 地面から抽出された黒鉄によって構成された枝が、術者の敵を真っ直ぐに襲う。

 大地から幹を生やし、枝分かれしたそれらは、肩や腹、四肢はもちろん、頭や喉、心臓といった急所をも狙う。


 属性が異なる魔法の、淀みなき三連発。

 なかなかどうして、難しい。

 有効ではあるが、実践でやってのけるだけの技量を持つ魔法剣士など、いったい何人居るだろう?


 しかし、



「何度でも言いたい。良い魔法だ」

 


 簡単に防がれる。

 驚くほど、簡単に。


 悪くなった足場は、彼の前では何の影響もなく。

 重くなったはずの体は崩れることなく直立し。

 鋼鉄の枝は、全て剣の一振りで斬り落とされた。


 痛痒さえ感じさせられない。

 握り潰すように、無力化させられた。



「さあ、次は?」



 アリオスは、恵まれているだろう。

 他人よりもずっと、優れているだろう。

 ただ、今日まで、自分よりも上の人間に出会ったことがないだけで、頭が悪い訳ではない。

 尊敬されたい、悦に浸りたい。目の前のコイツは、心の奥底にある、隠された強い願いの邪魔をする。

 その憎さに身を焦がしそうになりながらも、しかし、体は動かない。

 

 既に、限界だった。

 まだ両足で体を起こせている理由は、プライドだ。

 これ以上いくら振り絞っても、力は残っていない。

 


「おおお、おおぉぉおおお!!」


「!」



 だが、それでもと。

 全力を出し尽くしたさらに先を体現する。

 事実、その魔法は凄まじい威力だった。

 

 第五階梯魔法『ライトニング』


 音速を超えて迫る雷を前に、回避など叶わない。

 瞬きすら遅すぎる時間の間に貫かれ、焦げ肉と化すのは必定である。


 アリオスは、その魔法を剣に纏わす。

 そこから放たれるは、心臓への最速最短の突き。


 この魔法に込められた技量は、拍手喝采、溢れんばかりの称賛を与えられるべきものである。

 木剣ごときに、雷そのものを留めるのだ。

 剣を焼かないように強化しつつも、威力をそのままに、さらには剣から雷が逃げないように留め続けなければならない。

 細く小さな針を、縦に積み上げるような繊細な技。

 その結果得られたのは、剣戟の威力の爆発的な向上と、雷の速度による圧倒的な疾さ。

 人など、首から下全てを消し飛ばす程度は軽く可能だろう。


 術式の構築難度を考えれば、不意討ちを成立させ、しかも、殺人を可能とする威力で放てたのは、練度と才能だ。

 才能だけでも、努力だけでも成り立たない。

 逆転を賭けた、最後の一撃。

 完璧だったと言っても良いだろう。


 しかし、だが、やはりと言うべきか、



「凄いよ、お前はやっぱり」



 完璧程度でまくれる差では、なかったのだ。


 雷の速度で放たれた突きは、剣によって捌かれた。

 金属を通るはずの雷は、ナニカの術によって止められている。

 凄まじい疾さと重さから生まれた破壊力は、まるでどこかへ仕舞われたかのように消えている。

 明らかに、不自然な現象だった。


 アリオスの動きが止まる。

 だが、表情だけは、スムーズだった。

 明らかに愕然とした表情に、淀むことなく。


 全てを込めた攻撃を、クロノは、この敵は、なんの準備もなく、飛んできた虫を弾くように、あっさりと防いだのだ。

 決して、弱かった訳ではない。こんなに簡単に防がれるほど、軟い攻撃ではない。

 力の差があり過ぎたという、だけのこと。



「だが、今回は俺の勝ちだ」


「…………」


「またやろう。挑戦なら、何度でも受けるさ」



 憎たらしいほど、明るい笑顔で。

 腹が立つほど、爽やかに。

 腸が煮えくり返るほど、清々しく。

 それは、目の前のコイツに対して、自分の存在など何も響かなかったという証左ではないか?

 だから、こうして吐き出す言葉を止められない。

 強い憎しみを込めて、禍根を残す言葉を。

 


「くたばれ、下郎……」

 

 

 アリオスは、意識を手放した。

 その直前に見えたクロノの困惑の顔を見て、ただ、とにかく深い憎悪を抱いた。


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