第73話 やっぱ、チャラ男くんが一番感性がボクに近いよね


「俺は、悩んでたよ」



 クロノの言葉を、ラッシュは無視する。

 ターゲットの言動、行動にかき乱される暗殺者は、二流未満だ。

 決して、動きは鈍らない。

 これまでの強襲により、ラッシュとて、それなりに体力は削れている。だが、クロノの方がよほど深刻で、本来格下のはずのラッシュとの実力差が逆転するほどだ。

 油断なくあたれば、負けることはない。

 だから、余計に動揺は持つことが出来ない。どんな言葉も、なびかない。



「自分の力じゃ、守りたいものを守れない。なまじ、力があると勘違いしたから、何でも出来ると思っていた」



 狭い場所での戦闘は、ラッシュが得意とする所だ。

 短剣による、暗殺はこなしてきた。屋内、狭所による戦闘には慣れている。

 主な戦闘手段が長物で、屋外での戦闘が主なクロノとは、経験値に雲泥の差がある。

 


「だけど、無理だった。当たり前だけど、俺より強い奴は居るし、出来る事と出来ない事は、はっきり分かれてる。だから、俺に何が出来るのか、バカなりに自分で考えた」



 特に、ラッシュの戦い方はやり難いはずだ。

 毒を仕込んでいる短剣を、クロノを斬るために使わない。ひたすら、掠め、毒を届けるために使っている。

 防御も回避も、困難を極める。

 着実にダメージを重ね続け、全身に毒が回るまでに、そう時間はかかるまい。

 流れる血涙は、後の無い状況を物語る。

 いつ倒れてもおかしくはない。

 


「勘違いしてた。俺の出来ること。俺に出来るのは、俺の心を全力で伝える。それだけだ。守るだの、救うだの、烏滸がましい」


 

 有利なのは、ラッシュだ。

 この有利は磐石だ。そう簡単に崩せない。

 そういう状況を、ラッシュは作り上げた。

 一対一に持ち込んだ時点で、ほとんど詰みの状況だったのだ。

 実際、クロノは、押せば倒れるほど傷付いている。もう、ラッシュはクロノの命に指をかけている。

 終わりは、もうすぐやってくる。

 


「俺は、これくらいしか、出来ない。きっかけを、なんとか用意する事しか」



 魔力が枯渇しかけている。

 全身に毒が回りかけている。

 心身ともに、疲労はピークだ。

 地の利は、ラッシュの側にある。

 


「だから、まずは、お前を倒す。そうしなければ、命を賭けられないならば、俺にお前の友達になる資格はない」



 だが、



「…………」



 追い込むほどに、違和感を覚える。

 はじめは微かで、今は色濃く。

 そして、抱く。

 あり得ない、心に生じるノイズ。

 


「おかしいだろ」



 あり得ない。死ぬ寸前のはず。

 だというのに、ろうそくの火は絶えない。

 ろうはより短く、消える間近。だというのに、より一層、火は輝きを増して見えた。

 明らかに、あからさまに、誤っている。

 限界を迎えて、とっくに倒れているはず。


 想定外のタフネス。

 ラッシュの心を、僅かに乱す。

 そして、その乱れを誤魔化すように、クロノへ最速で仕掛けた。



(……奥の手を隠していたか)



 ラッシュは、地面を蹴りあげた。

 石畳を一蹴して粉々にし、それをクロノに叩きつけたのだ。

 飛び散った瓦礫は、散弾と変わらない。人体に当たれば、簡単にズタズタにするだろう。

 しかし、それは目眩ましである。

 本命は、上空に設置していた仕掛けだ。糸と予備の短剣で戦闘中に秘密裏に作った、即席のクロスボウである。

 瓦礫と時間差で、音もなくクロノへ短剣が飛び、



「俺は、お前を知りたい!」



 だが、クロノは、死なない。


 沢山の瓦礫になぶられて、四つの短剣が突き刺さった。

 瀕死の男に、さらなる追撃だ。

 灯火に対して、バケツの水をひっくり返したようなもの。

 されども、火は消える事もなく、燃え続ける。どんな手品でなし得るのか、まるで理解できない。


 クロノは、仁王立ちを続ける。

 絶対に倒れてやらないと、そう宣言するように。



「戦ってて、ずっと思ってた! 動き方が凄く綺麗で、無駄がなくて、俺より上手い!」



 クロノの力を、ラッシュは予想する。

 この不死性の根源として考えられるのは、再生能力、無効化能力あたり。不気味なのは、魔力の消費もなく、あれだけの効果を得られること。

 強力だが、どちらも完全ではない。

 刃物が刺さる以上、付け入る余地がある。

 正体は分からないが、重要なのは、殺害が可能か否かだ。


 距離を保ちながら、クロノを殺せるか試す。

 力の正体が分からない中で、近付くのは危険だ。

 だが、確実に削りをいれたかった。

 ラッシュは懐から玉を取り出し、地面へと叩きつける。すると、視界が全て白に染まるほどの煙が湧き出る。

 


「教えて欲しい! 俺は、お前に習いたい!」


「…………」



 さらに引っ張り出すのは、呪符だ。

 魔法を中に封じ込め、解放すればその魔法が発動する魔道具である。

 ラッシュは人並み以上に魔法を使えるが、それはクロノに通じる程ではない。瞬間火力を比べるのなら、ラッシュはクラスの誰よりも劣るだろう。

 これは、それを補うための手段である。


 解放した瞬間、雷が弾ける。

 雷は刃と化してクロノを襲い、その体を焼き切った。


 第六階悌魔法『雷鳴之刃』

 

 体に大きな裂傷が生まれた。 

 しかも、肉は焼かれ、焦げている。

 明らかに致命傷だ。だが、その膝が折れる気配はなかった。



「この中で、お互いを知り合おう! 一緒に、高めあって、そうしたら、きっと、楽しい!」


「…………」 


「俺に戦い方を、教えて! アリシアと、悪い話し合いをして、アリオスと組み手して! リリアをからかって、アインをそこに引き込んで! そういう、平穏で、ありふれた事を、お前ともしてみたい!」



 次に発動するのは、氷の魔法だ。

 急速に気温が下がっていき、世界は凍える。

 しかし、それはあくまで余波だ。

 ラッシュの周囲に現れた、氷で構成された獣たち。これらが唸れば、空気が凍る。凍結の力を極限まで固めた、疑似生命だ。

 

 第七階悌魔法『氷禍獣』


 噛み付かれれば、骨まで凍り、砕ける。

 煙が晴れる頃には、すべての獣がクロノに噛み付いている所を確認できた。

 その箇所は、凍って崩れ去る。

 特に右脇腹と左肺、右肩から首にかけての崩壊は、致命傷だ。

 どうなるかを観察する。



「俺は、お前を知らないけれど、これだけは分かる。抜け出したいんだろう? こんなこと、したくないんじゃないか?」


「知らないと抜かす口で、知ったような事を……」



 傷は、瞬く間に癒えていた。

 治りきっていないのが、致命傷ではなくなっている。

 ギリギリ、最低限の治癒は可能だが、それ以上は起きない。

 クロノ本人が限界のためか、乱発をさけたい能力であるか、詳細は不明である。

 どちらにせよ、押し通す以外の手はない。



「望むのなら、今に不満がないのなら、俺に何も言う資格なんて無いさ。でも、そうじゃないだろう! 分かるよ、俺には!」



 そして、思い至る。

 クロノには、攻撃も回避の意思もない。

 自らをさらけ出し、そして、ラッシュにさらけ出させる事を望んでいる。

 先の言葉の通り、命を賭けるつもりだ。

 絆されればラッシュの負け。勝ち負けの条件を、ラッシュは己の中で明確化する。



「誰かに命令されたんだろ」



 ラッシュは、魔法に長けている訳ではない。

 彼の強さの根幹は、鍛練によって身に付けた格闘術、暗殺術と、目的のために手段を選ばない精神性だ。

 だが、魔法を使えない訳ではない。

 このレベルの戦闘で、単体では決定打にはならないというだけで、細かい魔法はむしろ得意だ。

 

 

「俺たちは、力不足かな? お前を、解放するにはさ……」


「…………」



 付与魔法


 様々な効果を一時的に、対象に与える魔法。

 これにより、自らに力を与え、能力をブーストする。

 ラッシュの隠密技術と相まって、クロノでも、影すら捉えられない。

 心臓を貫かれるまで、クロノはラッシュがどこにいるか、気付けなかった。



「ごふ……! 放っておけない……だって、」


「クラスメイトだからか?」



 ラッシュは離脱し、両手に握られた短剣をかち合わせる。

 路地には、金属音が響き渡った。

 だが、それは、ただの手慰みではない。



「!」


「仲良くなれるかもしれない。その程度の理由で、お前は命を賭けるのか?」



 音響を、魔法で増幅させた。

 不快な音が耳の中で響き続ける。

 場全体に音を留め、それを増幅させるだけの、単純な魔法だが、効果は大きい。

 音に邪魔され、聴覚は機能しまい。本人にかけるのではなく、場の空気に効果をかけた単純な魔法であり、リソースは全く割かれていない。なのに、五感の一つが戦闘中に死ぬのだ。

 コストパフォーマンスは、これ以上ない。

 よって、さらに、ラッシュはクロノへ仕掛けやすくなった。



「ああ、そうさ!」



 ラッシュは真上から接近し、短剣を背骨へ突き立てる。

 続けて、腕と足の腱を切り裂いた。

 そこから離脱するまで、ゼロコンマ五秒未満の早業だ。

 


「俺は、憧れてた! 友達に! 仲間に! だから、」


「気持ち悪いな」



 バツン、とクロノの意識が突然遠のく。

 何が起きたのかと、混乱する。

 それが電撃と分かるまでに、クロノは致命的な時間を浪費した。



「見知らぬ誰かに、手を差し伸べる。なるほど、それは美しい。とっても綺麗だ。だけど、俺からすれば反吐が出るよ」



 再生能力は、確認していた。

 だから、ラッシュは傷口に金属片を仕込んでいたのだ。

 再び雷の魔法を閉じ込めた呪符を解放し、完璧に中まで焼くためである。

 回避を無効にするための仕込みだったが、そこは無駄に終わったらしい。

 だが、ダメージは十分だ。



「救って欲しいなんて思わない。だって、嫌でも続ければ、死なないから。むしろ、事態をかき乱して欲しくないんだ」


「かっ、はっ!」


 

 ラッシュは近付き、短剣を突き刺す。

 頭蓋を貫通し、脳を破壊する。

 受け身も取れずに、クロノは倒れる。


 本当に攻撃するつもりが無いのかを確かめるため、狙わなかった攻撃だ。

 近付くにはリスクが大きく、攻撃をしないというクロノの信念がただのポーズなら、ラッシュは不利な状況に陥ってしまう。

 なので、確かめ続けた。クロノの態度は、死の間際でも変わらないか。

 この結果は、皮肉にも、その姿勢が本物だとラッシュに判断されたためである。


 ラッシュは、クロノの言葉と態度には、なびかなかった。

 確実に殺すための手段を取るのに、躊躇いはない。

 どれだけ反則的な魔法でも、それを司るのは脳の機能によるもの。

 壊せば、再生は出来ず、そのまま死ぬ。


 クロノの脳には、刃が届いている。

 確実に殺せたはず。

 だが、ラッシュは、警戒を解かない。

 クロノの力の特異さは、ラッシュの警戒を越えるかもしれないからだ。

 


「俺の事を思うなら、そのまま死ねよ」



 呪符を張り付け、距離を取る。

 外に異変を気付かせないための、人避けの結界は張っているが、それでも念のためだ。

 もう一つ内部に結界を作り、クロノを囲う。 

 耐火と耐衝撃、さらに消音のためのもの。

 準備が終われば、ラッシュは呪符を起動する。


 クロノは爆破された。


 血が弾け飛び、煙が舞う。

 結界の中は見えないが、跡形もなく四散しただろう。

 残った破片を処理するために、結界を解いた。

 そして、



「すまないが、それ、は、出来ない……」


「…………は?」



 ラッシュからすれば、死体が喋っている、としか認識出来なかった。

 脳が壊れれば、その時点で即死だ。その後など、あるはずがない。

 あったとしても、脳が壊れている。

 再生は複雑な術である。なら、どうあっても、発動は出来ない。

 生きているはずがないのだ。

 だというのに、これは、



「俺は、死ねない……そして、お前と友達になりたい……」


「……お前、本当に人間か?」


「だから、折れない……俺は、俺はな……」



 人間ではない。

 ラッシュは、不可解なこの生物を、定義する事が出来ない。

 


「お前にも、求められる、人間でありたい……」


「人間じゃねぇよ、お前」


 

 初めて、冷や汗が流れる。

 色濃い恐怖を、ラッシュは抱く。


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