貴族が嫌い

第17話 ストレスはお肌の天敵! いや、美容なんぞ興味ないが


 ドクドクと血が過剰に巡る感覚がする。

 送られた血が血管を圧迫し、ともすれば、破れてしまうのではないかとも思える。

 脳全体に圧力がかかり、大きな脈動を感じる。

 いつもの事であり、大したものではないのは分かっているが、それでもやはり鬱陶しい。

 嫌なものは嫌であり、それを除きたいと強く願うのも当然のこと。


 だが、やはり難しいだろう。

 普段はコントロール出来ているものが、外れてしまっている。

 どうしても、そうなることもあるのだ。

 いつだって自分の思い通りにならないことは、よくよく理解していた。

 だから、軋む脳を放っておく。暴れる脳を抑え込む。苦痛を訴える脳に何もしない。

 いつものこと、いつもの痛み、いつもの病気。


 頭痛


 起こる原因はまちまちだろうが、彼女の場合、その理由はストレスだった。

 上手く行かない、目論見が外れる、行き先を思い悩む。そうして悶々と己の内に何かを溜め込んでいき、それを強いストレスと認知すると、決まって酷い頭痛が起きる。

 耐えられない、とは言わない。

 一時期は薬を常用していたが、すぐに無駄だと気付いたからだ。

 どうせ、飲んでも治らない。なら、飲まずに我慢すれば、それだけ金は浮く。

 何年も何年も、彼女はそうして頭痛に向き合ってきた。



「…………」



 こめかみに手を当てる。

 ドクンドクンと、血管が動く。

 余分な血が運ばれていく感覚がして、とても気持ちが悪い。

 あいも変わらず痛みは走り、止められないのは分かっていることだ。

 なんとなく、そうするのが癖になっているだけ。

 理由を挙げるのなら、こうしていれば多少楽だったとか、血が上る感覚に浸っていたかっただとか、覆われた手が視界を塞ぐおかげで何も見なくていいからだとか、だろう。

 とにかく、心が落ち着いた。

 一旦、少し、ほんの僅かな時間だけは。



「……クソっ」



 机の上に置いている紙を、また見直す。

 僅かな平穏が崩れて、またもや、頭痛が酷くなっていく。

 学園の入学試験を受ける前に王都へ着いてから、今日に至るまで、何十度目か分からない両親からの手紙。

 ストレスの根源を焼き払いたくなるが、流石にそうする訳にはいかない。

 やるのなら外に出てやらなければいけないが、億劫でやっていられない。

 


「なんで、こんな面倒な……」



 嫌気が差すが、それでも手紙を見返した。

 一見整えられてはいるのだが、そこにある執着を無視する事は出来ない。

 綺麗な文体から見え隠れする、皮肉と指示。

 どれだけ自分たちが期待しているか、何をするべきか、忠告に確認が多数だ。

 貴族の悪い部分が前面に出ている。

 誇り高く、いや、傲慢に在ろうとしているくせに、どこかで卑屈さを感じる。

 バランスの悪さが、気持ち悪い。

 貴族として高い位置にはないくせに、貴族としての誇りは守りたいという。



「お父様も、お母様も、どうしてこんなに頭が悪いの……?」



 人として、どれだけ縮こまればこうなるのか?

 どこまで歪になれれば、こうなるのか?

 心底から侮蔑する。

 かけられた期待は汚泥よりも汚いものだ。

 低い位置にあるにも関わらず、子を自分たちのコントロール下に置けていると勘違いしている。

 醜く、傲慢な弱者の横柄な態度。

 心から抱く、両親に対する強い軽蔑。



「コーリネス家は、私が何とかしないと……ああ、何でこんな厄介な事に……?」



 貴族として、育てられた自分。

 アリシア・コーリネスは、今日も己の立ち位置に難儀する。

 どれだけ芽がないと思っても、根底にあるものを無視することは出来ない。

 己を縛り付けるものに対して、情を抜きに考えることが出来ない。

 気が長い話だと思っても、そんな猶予があるのかと現実的に考えても、ただ、最善手を地道に打つしか出来る事がない。

 

 だから、夜な夜な頭痛に悩む。



「でも、まだ私は学生……このコネを作る機会を逃して二人を追い払うのに時間を作るのはもったいない……今は、お父様とお母様あのバカ共に従わないと……嗚呼、私が家の実権を握ったら、すぐにお払い箱にしてやる……!」



 小さくヒステリーを起こすアリシア。

 理性で怒りを抑えつけ続ける。いつもと同じ、ギリギリの綱渡りだ。

 辛うじて、理性が勝つ所まで予定調和だ。


 本来なら、叫び出したいだろう。

 拳を壁に打ち付けて、穴が空くまで続けたいだろう。

 しかし、その声は決して外には漏らさない。拳を握り締めるだけで、使うことはない。

 彼女にも、それなりに意地がある。無様に他に当たり散らしたり、大声をあげるなど、そんな貴族らしくない事はしたくないのだ。

 優美さなどすでに無いに等しいが、一線だけは越えたくないと必死である。

 誰の目に見られずとも、それは違えない。

 


「嗚呼、何で私ばっかり……」



 アリシアは、嘆きながら天を仰ぐ。

 そこには部屋の天井が広がるばかりで、美しい空は覗けない。

 部屋の中で悶え続けるこの状況が、親と家という『箱』の中に閉じ込められている貴族としての現状に重なった気がして、さらにストレスが溜まる。

 何をしても怒りに変換されそうで、もうそのままベッドに飛び込みたかったが、グッと堪えて、最後の確認の作業に移る事にした。


 アリシアは、苦い顔のまま、こめかみに手を当てて、机の上に広げられた手紙に再び視線を落とす。

 そこにあるのは、



『王都の別邸に友達を連れて来い』



 愚かな両親からの、とにかく面倒なだけの指示だった。

 

 


 

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