第14話 怪物


『鬟ス縺上↑縺肴爾讀懊?讒』



 キメラは、まだ生きていた。

 急速に身体を復元させながら、叫んでいた。

 確かに、あの爆発は恐るべきものであり、凄まじきものではあったが、それでも死にはしない。

 体積の半分以上は削り取られたが、その程度ならば三十秒もあれば完治する。

 だから、キメラは待った。

 およそ三十秒間、動かずに、そしてその幕間が終われば、不意打ちを行えるように、だ。


 キメラには、明確な敵は居ない。

 居るとするのなら、この世全てがそうだと言える。

 何もかもを蹂躙し尽くし、咀嚼してやる事こそ、唯一の目的と言えるだろう。

 そう、命令を埋め込まれているが故に。

 だから、こうして息を潜めていたのも、目につく全てを殺すため。

 恐れも躊躇もなく、殺すため。


 一番に目指すのは、一人の人間。

 殺し損ねた、忌々しき生命の中でも、一際悍ましい何者か。

 少年の形をしているだけで、中身は一切違うもの。

 蹂躙するため、殺すため、キメラは何よりも早く駆け、そして刃を振るう。



『豁」縺励″荳也阜縺ッ譁ッ縺上≠繧峨s』



 目にも止まらぬ攻撃だった。

 直前まで、心肺や臓器に至るまで、音声をカットしていたのだから、疾さだけではなく、その隠密性まで一級品を超えていただろう。

 何人にも止める事は叶わない。 

 完全に、意識の外からの攻撃だったはずなのだ。



「はー、もうったくよぉ……」



 少年の首を両断するために狙った一撃。

 仰向けになった彼の首を断ち、さらに地面まで大きく抉ったであろう高速の奇襲。

 それを、何者かが、防いでいる。

 キメラが見下すほど小さな人型が、脚一本で、キメラの膂力と巨大な剣に対抗している。



「お前の出番は終わったんだ。すっこんでろ」



 キメラの疑問は、止まらない。

 何故、こんな力の入りにくい体勢で、キメラの攻撃を防げているのか?

 この巨大な山を打ち付けたような手応えはなんなのか?

 振り向いてすらいないのに、キメラの存在をどうやって察知したのか?

 キメラには、人としての名残があった。

 だから、こうして思考した。

 ほんの僅かな、使命を思い出すまでの、ゼロコンマ一秒にも満たない時間を。



『?』



 次の瞬間、キメラは死んだ。

 キメラの攻撃を防いだ何者かによるものではない。

 空に居る、別の化け物の攻撃だ。

 いや、正確には、少年を狙った攻撃を何者かが防ぎ、逸れた攻撃に当たったのだ。

 減退した、余波だったはず。

 それなのに、強い生命力と、鋼より遥かに硬い皮膚を持つキメラを殺した。

 たった一撃で、全てが終わった。



『…………』



 継ぎ接ぎだらけの体が消え去っていく。

 苦しみが、怒りが、怨念が消えていく。

 キメラは、訪れる死に、終わった瞬間に、深い感謝を示した。



 ※※※※※※※※※



 星霊


 それは、星によって生み出された、処刑人。

 星が定めたルールを破った大罪人の前に現れ、星を脅かす者を排除するために在る、に星が定めた存在だ。

 星に住まうどの生命体よりも、優れたモノとして創り出される。

 その時その時により、姿はまちまち。

 個体差というものは大きい。

 だが、共通する特徴は、二つ存在する。


 一つは、有する大量のエネルギー。

 星霊は全てが、人類など及びもつかないエネルギーをそれぞれの個体で保有する。

 超高密度のエネルギーによって構成され、実体、というものは無いのだ。

 エネルギーという曖昧なはずのものが、一つの形として見えるの量を、一個の生命体ほどの小ささまで圧縮される。

 たった一体を生成するために、大国が消費するエネルギー数十年分は必要になる。

 それだけのエネルギーを一つに凝縮すれば、どこまでの物を壊せるのだろうか?

 計り知れない、計算すらしたくない事だ。


 二つ目に、その徹底さである。

 星霊に、柔軟な思考など無い。ただ、星がプログラムしたように動くだけだ。

 どれだけ周囲に被害が出ようと、対象の死刑のみを目的に活動する。

 生命体というより、機械。活動の仕組みは、アリに近いかもしれない。

 つまり、ブレーキという機能がない。

 力は有り余るほどあり、そして、容赦はない。

 一度姿を現せば、最悪、余波で諸国が滅ぶ。人が住んでいた事など信じられない程に致命的に壊れ、少なくともその後百年は、誰も生きられぬ荒野に変わるだろう。

 ソレは、星の上に住まう生命など、どうでもいい。

 その後百年の生態系よりも、母たる星そのものが大切なのだ。


 星霊は、人智の及ばない怪物だ。

 人が対峙していい相手ではない。

 一体ですら、終わりそのもののような化け物。


 それが、今回は


 これだけのエネルギーを割かなければならない程、星は事態を重く見たのだ。

 人間の基準ではなく、星の、比べようもなく巨大な基準で、である。

 クロノが破った禁忌は、それだけ罪深い。

 こうなれば、クロノと僅かでも関わりがあるのなら、全てを灰燼に帰すだろう。

 こうなった時点で、バッドエンド。

 打開をするなら、もっと前の段階から、こうならないようにするために動くべきだった。


 だが、



「ふーんふふーんんー♪」



 クロノの前に、一人、怪物が立ちはだかる。

 怪物、とは言っても、おどろおどろしい化け物然とした異形ではない。

 一見、幼い少女のように見えるが、違う。

 思考はせずとも、最低限の判断はする『星霊』たちが、身構えている。

 大量のエネルギーを凝縮する事で創られた『星霊』は、魔物たちが闊歩するこの世界の人外の中では、比較的小さいのだ。

 だが、その『星霊』たちよりも小さいソレを、警戒している。

 感情はないが、思考はあるのだ。

 それを怪物と見抜ける程度には、彼ら『星霊』は物を見抜ける。

 


「ふん、ふん、ふふーん♪」



 鼻歌を歌うソレの準備運動は、軽やかだった。

 伸びやかにストレッチをしているだけなのだが、それすら、何かしらの儀式のようにも思える。

 全てに意味があるかもしれない。無いのかもしれない。深読みしてしまいそうになるほどに、ソレは訳が分からない。

 まず、『星霊』からして、凄まじく気配が希薄。

 本当にそこに居るか、彼らは何度も確認しなければ見失いそうになる。

 ソレが人間であることは、気配で分かる。いや、辛うじて、人間かもしれないと思える。

 だから、まず観察を行っていた。

 迂闊に踏み込む事が出来ない不気味さを、彼らが感じ取った故である。

 


「ふふーん、ふんふん……」



 本来なら、とっくに攻撃を始めている。

 この数十秒は、そこに居る歪な生命体を心底警戒してのこと。

 もし、他の人間なら、数秒すら時間を稼げない。

 そこに居るだけで、『星霊』たちを釘付けにした。

 希薄な気配で、薄い影で、限りなく死に近い静寂で、彼らを呑み込んだのだ。

 限りなくおぞましい、未知への遭遇。

 様子見は決して間違いではないが、彼ららしからぬ行動だという自覚はない。



「ふふ、ふふふ、ふふふふふ……」



 鼻歌が、いつの間にか笑い声に変わった。

 ストレッチは終わったらしい。

 首を後ろにガクンと折って、棒立ちしている。

 顔は、見えない。

 そして、



「甘いよなあ、お前らは」



 ソレの顔が、初めて『星霊』たちの方を向いた。


 邪悪

 コレを生かしておくことは出来ない


 人並みの感情があったなら、そう思ったろう。

 三日月のように歪んだ口元から漏れ出る笑い声は、不気味で、不協和音としか思えない。

 こんな生物を、彼らは知らない。

 星の眷属として生み出され、あらゆる生命体への知識を有する彼らが、理解できないものだ。



「教主」



 世界が暗転する。

 その場が、元の次元から切り離される。

 大罪人は眼の前から消え失せ、してやられたと気付くのは遅かった。

 直前まで、術の発動の気配に気付かなかった。

 少なくとも、そこに居る怪物のものではない。

 星の知覚をある程度共有する彼らが、彼ら自身にもたらした情報は、信じられないものだった。

 なんと、別の大陸から発動した魔法だったのだ。

 それだけ遠くから、彼らが一目で『抜け出せない』と確信するほどの結界を展開している。

 


「ナイスだ。もう、暴れていいよな?」



 誰かに確認を取った瞬間、怪物の気配が変わった。

 殺気を感じた訳では無い。悪意を知った訳では無い。闘気を醸し出した訳でも無い。

 本当に、何も変化はなく、感じるものは無かった。

 ただ、表情が変わっただけ。

 不気味な笑顔が、さらに歪んだ。邪悪さに、獰猛さを帯びたような気がしただけ。

 合理性だけなら絶対に感知出来なかった。

 もしも、彼らを創るために使われたエネルギーがもっと少なければ、ある程度の思考力を有する中位個体でなければ、星の認識が甘ければ、もう終わっていた。


 一体は、体を大きく背を反らした。

 一体は、大きく上昇した。 

 一体は、逆に急速に下降した。

 彼らが元居た場所の、おおよそヘソ辺りの位置。そこに、ソレの攻撃が飛んだのだ。



「ふふふふふ……」



 魔力を固めて、それを蹴りに乗せただけ。

 エネルギーは斬撃に変わり、『星霊』たちを襲ったのだ。

 勘違いしてはいけないが、彼らが柔い訳では無い。仮に高位の魔法使い百人が居ても、傷ひとつ負うことはない。

 にも関わらず、ソレの攻撃は避けた。

 避けざるを得なかった。

 もしも避けなければ、その時点で胴体が泣き別れになっていただろう。



「ふふふふふ」



 飛んだ。

 ソレは地面を蹴り、上空数十メートルに居た、近くの個体を狙った。初撃を躱した時、下に降りた個体である。

 かなり距離があったはずだが、接近にかかった時間は、刹那にも満たない。



「ふふふふふふふ!」



 乱雑に振るわれた、左腕。

 獣が獲物に爪を立てるように、鞭のようにしなる。

 狙われた個体は防御のためにエネルギーを片腕に集中し、盾の形を取った。

『星霊』は、星が覚えるあらゆる知識、技をインストールしている。

 合理的であるのなら、どんな手段も用いる。

 攻撃に対して、盾を斜めに構える。そこに『衝撃吸収』『硬化』『衝撃反転』など、様々な魔法を重ねがけた。

 どんな攻撃でも防ぐ必要すらない『星霊』が、わざわざそうした。



「ふぅうう!!」



 バリン、と何かが砕ける音がする。

 衝撃を防ぎ切れず、その個体は地面に叩きつけられた。

 次元を切り離されても、世界の基底となる地面は存在するらしい。

 片腕ごと無くした個体は、死を覚悟する。

 しかし、



「あは♪」



 残り二体が、ソレの動きを止めていた。

 一体は、魔法による拘束。空気を固定し、次元を固定し、時を遅延する。

 一体は、物理的な攻撃。エネルギーによって槍を形作り、『破砕』『貫通』などの攻撃力を高める魔法プラス炎や氷や雷といった、あらゆる属性を付与している。

 


「あははは」



 だが、その全てを、ソレは打ち破る。

 その四肢で、魔法を容易く斬り裂いた。

 防御するまでもなく、『星霊』の攻撃は効かなかった。

 


「あはははははははは!!」



 蹴り飛ばされる。

 殴り飛ばされる。

 少女の軽い手足によるものではない。

 山が降ってきたかのような、重み、威力。

 彼らはソレを前に最上級の警戒をしていた。事前に、どの程度の動きをするかは予想していた。

 だが、その全てを完全に上回っていた。

 


「楽しくなってきたね! もう少し強く行こうか!?」



 そして、その上回った想定外の現実すらも、この怪物はさらに上回る。

 認識すら出来ない速さで、こんな埒外が許されて良いのかと疑う強さで、攻撃する。

 隕石だって、もっとマシだろう。

 衝撃で吹き飛ばされ、『星霊』たちの体は大きく欠損していた。

 これでまだ本気ではないと、余裕を示される。

 


「ほら、まだまだ壊れないだろう?」



 いつの間にか、地面に降りてきている。

 彼らでは、ソレの動きを捉えられない。

 音を超える程度なら、とっくに過ぎ去った領域だ。

 生物の限界を、いったい何度超えるのだろう?


 人の形をしているが、まるで獣だ。

 しなやかで、なおかつ圧倒的な暴力。

 直感と激情によって創り上げられた、カオスをそのままぶつけるような。

 悍しき怪物は、怪物として相応しい戦闘をした。

 そして、

 


「そう、その調子」



 身体を修復し、『星霊』たちがなおも立ち向かおうとした瞬間のことだ。

 初めて、ソレが構えを取った。

 その瞬間、呑まれた。



「えい」



 腰を落として半身になり、左手は前に、右手は腰溜めに。

 たったそれだけ。体勢を小さく変えただけ。

 なのに、動けなかった。

 感情を切り落とした彼らでさえ、それは『美しいもの』と認識してしまった。

 ソレの最も近くに居てしまった個体は、不運だったとしか言えない。

 動けない間に、ソレの剛拳をマトモに受ける事になってしまったのだから。



「あはは」



 受けた個体は、胸にこぶし大の穴が空いていた。

 そこから始まり、崩壊していく。

 ガクガクと、不自然に動けなくなっていた。

 あっという間に形は崩れて、純粋なエネルギーに還っていってしまう。


 先程まで、獣のように戦っていた。

 なのに、今のは途方もない積み重ねの上に成り立つ、技術だった。

 無駄を削ぎ落とした動き。歴史の中で完成された、型だった。

 乱雑に振るわれた魔力に、形が出来る。

 彼らを人の形に留めるエネルギーの、いわば繋ぎ。要が、掻き乱されたのだ。

 獣にはあり得ない、人の業。

 そして、



「ははは」



 恐れず、『星霊』たちは立ち向かう。

 残り二体、時間差を作る。

 一体目は完全に囮だ。ソレの目眩ましをするためだけ、動きを阻害するためだけ。

 死ぬことが前提の、特攻だった。

 二体目は、己を構成するほぼ全てのエネルギーを、一点に集中させる。

 体が既に崩壊し始めている。形を作るためのエネルギーすら、この一撃に注ぎ込んだせいだ。攻撃の後に、その個体は静かに死んでいくだろう。


 それに、最初に殺された個体。

 彼は死んだと判断した瞬間に、自分の中に残存する全てのエネルギーをこの二体に分けていたのだ。

 そして、二体も当然のように受け取った。

 必要以上の、大量のエネルギー。それを受け取り、無事で済むはずがないのに。

 

 まさに、必死。

 感情などない生命体の、合理的な行動。

 だからこそ引き出される、限界以上の力。

 しかし、



「はははははは……」



 そんな彼らが、はじめから、恐怖などデザインされていないはずの生命体が、恐れた。

 一瞬動きを止め、彼我の戦力差に絶望した。

 その巨大過ぎる存在を前に、彼らは、生みの親たる星を、幻視した。



「じゃあ、体も温まって来た所だし、必殺技でも出してみようか」


 

 力が集中したのは、左右の脚だった。

 その二本の柱を楔として、どんどん魔力が地面に集まっていくのだ。

 右と左とで、二つに別けられた魔力が左右を行き来し、高速で回転する。

 魔力には少しずつ力が溜まる。振り回されれば振り回されるほどに、技の威力は高くなる。

 この儀式は、遠心力を蓄えて、巨大なハンマーを投げる直前のそれだ。

 彼らがソレにたどり着くまでの、瞬きにすら満たない僅かな時間。

 その僅かな時間すら、ソレにとっては十分過ぎる準備期間だった。

 ギチギチと、暴れる力が抑えつけられる。

 そして、






「『奇氣回壊ききかいかい』」






 解き放たれる力。

 この場が隔絶された空間でなければ、攻撃の直線上は地平線まで消え去っていた。余波だけで、地図が書き換わるような事態になっていた。

 これまでとは比較にならない速度。

 ともすれば、光に迫るのではないかと思えた。時間を止められて、その間に攻撃されたのではと思った。

 

 弾かれたように飛び出し、振り上げられた右脚が一息で二体の首を刈り取る。

 物理の限界を超えたスピードとパワー。

 しかし、技を終えて着地した瞬間、音すら立てることはなかった。



「君らも可哀想にねえ」



 ソレは、消えそうになる『星霊』たちを見る。

 薄っぺらな笑顔を貼り付け、全く笑っていない目の奥から、強い侮蔑の色を映す。

 


「勝てる訳がない相手に特攻とは。何をしても変わらないのに、無駄な足掻きだよ」



 嗤っている。

 今もなお深く、嘲っている。


 そこには、油断なく佇む達人の姿はない。

 心底から油断して、とにかく傲慢に振る舞っていて、目の前の生命体が、どう足掻いても、どんな手を使っても、自分を殺せないと確信している。

 最大限の侮辱と憐憫を合わせ、首を折るほど高い位置から見下していた。



「何百年も君らはボクらにちょっかいを出してきたけど、誰も勝てなかったじゃないか。君たちよりも上位個体は何体もいたけど、君らと同じようになったよ」


『――――――――』


「確かに、星はボクを発見できない。君らも、事前に星からはボクがここに居ることも、ボクの目的も聞いてなかったろう。でも、ボクの情報は共有してるだろう? 見た瞬間に逃げれば、こうはならなかった」



 溜息を吐きながら、話しかける。

 理解出来ないものを見て、悲しいと感じていたのかもしれない。

 それも、心底から。

 機械のようなものに対して、同情していたのだ。

 傲慢ではあるが、同時に、物憂げにも見える。

 


「知ってるだろう? ボクは怪物だ。人の身でありながら、星の力を取り込み、そしてその力に特異生物。星に繋がり、無限に近いエネルギーを包容できるボクは、星そのものだ」


『―――――――』


「君たちの上位互換。エネルギーの容量が違う。スケールがまったく違うんだ。天地がひっくり返っても、君たちはボクには勝てなかった」



 緩やかに、のびやかに、残酷な事実を語る。

 ソレにそのつもりは無かったのだが、人なら、心が折れるような言葉だった。



「君たちは、無意味とは思わないのかい? 星の言いなりになって、折角の命も無駄に散らす。空虚だと思った事がないのかい?」



 真剣に問うているのは、明らかだった。

 答えなど帰って来るとは思っていなかっただろう。

 それでも、気まぐれでも、聞きたくなったのだ。


 訪れる沈黙。

 ソレは、軽薄さも、獰猛さも、狂気も、何もかもを潜めていた。

 完全な無を、携える。

 呑み込まれそうなほどに深い深淵が、現れる。



「なあ……」


『―――――――』


「答えてみろよ」



 答えるはずもない。

 そんな機能は備わっていない。

 意味もない沈黙が落ちただけだった。


 すると、一転してソレは明るく笑った。

 無邪気な子供のように、にこやかに。



「あははー、何聞いてるんだろ、ボク? 意味ないのに、馬鹿だなあ!」



 無理矢理釣り上げたような笑顔だった。

 だが、つまらなそうに『星霊』たちを見る目だけは、決して変わらない。

 理解を示したくもないモノに、理解を示そうとした。だが、やはり予想通りに徒労に終わった。

 ほんの僅かな期待を叶えられなかった口惜しさと、『やはりそうなった』と自分に言い聞かせるような諦念。無理に捻り出した明るい声色が、そんな暗い感情を色濃く表している。


 そして、



「ああ、やっぱそうなるよな」



 その時、『星霊』たちの死体が光輝き始める。

 一つの生命体として整えられ、完全に制御されていたエネルギーが、暴走していた。

 秩序が混沌へと変化した時、その力は溢れるのだ。

 指向性を持った、最期の攻撃。

 つまりは、全存在を賭した自爆である。



「好きだよなあ、自爆。『星霊』と戦うと、いっつも最後は爆発オチだよ。ま、この閉じた世界だし、問題ないわな。ボクにはどうせ効かんし」



 国を巻き込むような大爆発の直前に、ソレは余裕な態度を崩さない。

 逃げる気も防ぐ気もないらしい。

 すると、



「ん? 何だよ? もう終わるって…………は? 結界の強度的に保たない? 嘘吐け、この程度で壊れな、え? ボクの攻撃のせい? もうすぐ壊れる?」



 無言。

 すぐに回る思考。

 もしも爆発の余波が漏れれば、間違いなく近くのか弱い護衛対象クロノは死ぬ。

 それから遅れて、沸き立つ怒気。

 

 

「クソゴミがああああああ!!!!」



 即座に『星霊』の死体に近付いた。

 とてつもない早口で呪文を唱える。

 祈り、魔力操作、そして展開される小規模結界。

 爆発のエネルギーは、結界の中で極限まで凝縮される。本来、半径百数十キロを焦土に変えるであろう爆発。それが、僅か半径五メートルに抑えられた。

 意図せずして、彼ら『星霊』の目的は最大限を超えて叶えられたのだ。

 

 ソレが構築した結界は、凄まじく高度だ。

 本来ならば、どんな事が起きようとも音など外に漏らさない。

 何が起きても、小揺るぎもしない。

 仮に魔物の最高峰、龍を十頭閉じ込めても、ヒビどころか、叫び声すら漏れはすまい。

 なのに、そこを中心に凄まじい地震が起きた。

 発生した轟音は、近くに生命体が居たのなら、用意にショック死させるだろう。


 存在してはいけない、熱と衝撃。

 中の存在は、塵すら残るはずがない。

 処刑にしても、ここまでするのはやり過ぎだ。

 人を一人殺すために、戦略級の爆弾を落とす必要はないのだから。

 

 





「けほっ、けほっ! あ゛あ゛ー、クソ!」



 欠損すら無い。

 どこにも、負傷を負った様子はない。

 だるそうに鎌首をもたげ、肩を落とす。

 ただ、忌々しげに、吐き捨てる。



「火傷したよ、クソったれ」



 星の意志すら、怪物の命には遠く及ばなかった。

 戦闘にも満たない、一連の流れ。

 それは、怪物が何もかもを蹂躙する、陳腐な残虐ショーだった。


 

 

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