第13話 で、ボクの出番って訳さ


 ボクがしたことはシンプルだ。

 子飼いの魔物を、クロノくんに襲わせる。

 そのために色々やった訳だけど、それについて一つ一つ解説してしんぜよう。

 

 まず、チャラ男くんに協力を頼んだ。

 て言っても、そんな複雑でも、重要な事でもない。

 イベント当日、協力し合わないでそれぞれでやろうって提案してもらうだけだ。

 彼は自然で上手くやってくれてね。『中の魔物をどれだけ多く倒せるかで競争しよう』って、まあ分かりやすい事を宣言してくれた。

 これは通ると、すぐに確信したね。

 チャラ男くんとボクは言わずもがな。ツンケン娘は人と関わるのが嫌だから、反対する理由もない。そして、貴族くんは事を起こすにあたって、皆が単独行動する状況の方が好ましいからねえ。

 クロノくんはごねる理由ないし、幸薄ちゃんは皆と『仲良く』なりたいから出来れば協力ゲーにしたいけど、空気を読む事を優先するだろうし。


 ボクから提案しても良かったけど、万一がある。

 今回の件、ボクが犯人だと気付くきっかけすらも与えたくはない。

 部外者を挟むことで、出来る限り事件と遠ざかった位置に居たかった。

 まあ、チャラ男くんは手がかりを得てしまう訳だけど、流石に結び付けるには無理がある。ボクが黒幕っていう突飛な発想より、性格的に出来る奴に押し付けた結果、ていう方が自然じゃん?

 ボクに頼まれたからそう提案したって、わざわざ吹聴する理由も度胸も無いだろうし、この選択肢はベターだった。



 次にしたのは、あの獣の配置。

 今回の事件のタネであり、コレをどう芽吹かせるかが重要になってくる。

 求められるのは、アレを良いタイミングで暴れさせること。

 最も心を抉られるように、何もかもを台無しに出来るように。

 今回限り、全てをへし折るための舞台。

 どうあっても、彼の今の実力じゃあ勝てないからね。

 押し込み、押し込み、絶望を見せる。その果てを、その先を求めるために。


 …………


 いや、まあ暴れさせば良いんだよ?

 でもさあ、そのための準備が難しかったんだよねえ。


 あの獣、キメラは、ボクらんとこの第二使徒、あの幽霊女が創り出した人工の魔物だ。

 魔物の強さはピンキリ。大人が武器さえ持ってりゃあ、一人でも追い払える雑魚から、一国を滅ぼしかねない強力なものまで居る。

 で、あの魔物だけど、アレは様々な生命体を研究し、その末に生み出された怪物。しかも、研究と縫合を行ったのは、使徒の中でも一番の頭脳派根暗。

 そんじょそこらの魔物とは訳が違う。

 言うまでもなく、ピンの方だ。


 もう手が付けられないくらい凶暴で、ボクがどんだけ脅しても全く言うこと聞かねぇの。

 恐怖っていう感情をカットしてあるんだわ。

 自然に生まれない、人の手を加えた生命体って得てしてああいう歪な形になるんだけど、アイツがやったのは他社比較百倍ヤバくなるね。

 イベントで使う森は結界で覆われてるし、どうやったらコイツ隠しておけるのかって問題があった。

 

 本当に困ったよ。

 森を守る結界は、ボクの想像以上に高度だった。

 手を出すのが躊躇われるくらいに付け入る隙がない。ただボクがぶっ壊すだけなら余裕だけど、このキメラにはちょっと無理臭い。

 出来なくもないだろうけど、してる間に教師たちに生徒を避難させたくない。

 

 だから、ボクはコイツを封印した。


 結界っていうのは、空間を区切る魔法だ。

 今回使われたコレは、それプラス、中を監視するための機能が込められていた。

 ボクが夜通ししてやってた作業は、結界に機能を追加するための工事なんだよねえ。

 それは、魔を封じるという結界の機能。

 徹底的にこのキメラの性能を封じて、中に居る間は眠りにつくような状態にした。


 結界は、無属性魔法って言われてる。

 その名の通り、魔力に属性を与えずとも発動可能な、言ってしまえば『汎用魔法』だ。

 ボクにも当然使える代物だよ。

 結界使ったの二百年ぶりくらいだったから、納得いく出来栄えになるまで時間くった。


 キメラは能力高いからなかなか封印出来ねぇし。

 結界は格が高いからなかなか手ぇ付けられねぇし。

 百万ピースくらいある白一面のジグソーパズルやってる気分だった。

 もう、ホント、まだ目がチカチカしてくる。

 


 で、だよ。

 どのタイミングが適切なのかって話さ。

 

 一番クロノくんが嫌なタイミング。

 何をされるのが、最も傷付くのか。

 胸を掻き毟りたくなる、最も絶望を煽れる時。

 

 まあ、これはクロノくんを観察してたら分かる。

 彼はなんていうか、他人に対して期待を捨てきれない性格だ。

 聞いてた限り、師匠から日常的に相当絞られてたみたいだ。多分、『他の人間はこうじゃないはず』『せめて他の人は自分に優しくして欲しい』みたいな願望があるんだろうね。

 でも、対人関係が少なくて、暴力に晒され続けた関係しか知らなかったから、下手くそで浅い関係しか作れなくて、それで喜んでたんだけども。

 

 重要なのは、彼が『繋がり』を欲していること。

 人間っていうのは、彼にとって、全部が『繋がり』のための種なのだ。

 それを壊される事を、彼は嫌う。

 なんていうか、可哀想な子だよね。

 彼はずっと飢えている。だから、他の人より過剰にそれを求めている。

 なら、その芽を摘めば、それは苦痛に違いない。

 実際にそういう場面に追い込まれれば、きっと良い顔してくれるさ。

 しかも、自分の命がかかってるんだ。

 追い込まれていると、そう自覚してくれるはず。

 

 貴族くんがクロノくんにリベンジするつもりだったのは、流石に気付く。

 状況は作ってたんだから、まあ近寄るわな。

 この場合、誰がクロノくんを追い詰めるための材料になるかは分かるね?


 普通に嫌がらせくらいのつもりだったけど、思いの外、絆を深めてくれたみたいだった。

 これはなかなかの傷になること間違いなし。

 遠くから見てたけど、良い殴り合いだったよ。夕日をバックに河川敷で殴り合う不良みたいに。

 不良漫画よろしく、殺り合った俺とお前はマブダチってやつか?

 なんのなくだけど、二人ともスッキリした顔してる。

 じゃあ死んじゃおうか。

 スンバラシイ生贄になってくれ。


 

「よし」



 ちょいとばかり気合いが必要だった。

 結界、硬いし。

 このボクが片手間で壊せないなんて、なんて強度だ。

 武術を使うなんて、久々だよ。

 


「フゥゥゥゥ………」



 腰は軽く落として、半身になる。

 左手は前に、右手は下げて。

 心臓、左手、左脚、右脚、右手。魔力を緩やかに循環させる。

 心静かに、穏やかに、たおやかに。

 こうして丁寧に魔力を高めるのは、得意だ。

 何にもしない暇な日々だった。やることと言ったら、定例会に顔を見せたり、アイツとお喋りしたり、どこかで瞑想したりするだけ。

 でも、やっぱり暴力は振るいたくなる。

 

 さて、久々の『攻撃』だ。

 いつものような『遊び』じゃあない。



「!」



 ガラス細工みたいに割れやがった。

 ストレス解消にはちょっと物足りないけど、しゃーないね。

 別にそれが目的じゃないし。


 さて、時間だ。

 眠りから覚めよ。

 ま、眠らせたのはボクなんだけどね。



『諢帙?蟶梧悍縺ァ縺』



 うわキモ。

 キメラを作ること自体が目的じゃないとは言え、副産物なんだからもうちょいマシなの作れよ。

 さて、後は放っておけばいい。

 何? 直前に封印なんかした奴を襲うんじゃねぇかって?

 違うんだよねえ、それが。

 あの幽霊女が作るキメラは、全部共通点がある。

 素材に使われてるのは、少々の人間と、数多の魔物たち。剥き出しの魂となったそれ等が組み合わされて出来てるから、普通の魔物に比べて本能に忠実だ。

 

 魔物っていうのは、魔力が人よりも深く、強く根付いてる生命体だ。

 魔力、つまり、元を正せば、星のエネルギー。

 そこには、星の意志が焼き付いている。

 星は寛容だ。人がどれだけ魔法によって星が定めた法則を書き換えようと、一時的なものなら見逃してくれる。

 でも、星は素直だ。だから、激しく拒絶する。


 何をって?


 敵をさ。



『――――――――――!!!!』



 走り出す方向は、やっぱりクロノくんの方。

 一直線に、最短距離で。

 その凄まじい殺意と戦意を隠すこともなく。


 それから一分もしないで、大爆発が起きた。



 ※※※※※※※※※



「最高だ」



 思わず、声が漏れてしまった。

 一応予感はしてたけど、まさか。

 こうして目にしていても、信じられない。

 この四百年、まるで進歩なんて無かったのに。

 あの阿呆共、本当にまさか、あのレベルまで仕上げていただなんて……



「最高だ」



 血潮が燃える。

 息なんてしなくていいのに、呼吸が浅くなる。

 心臓が煩くて仕方がない。

 発汗の機能なんてオフにしてたのに、久々に冷や汗をかいた気がする。

 気分に引っ張られて機能の調整をミスるなんて。

 起こらないはずの事ばかり起きている気がする。



「最高だ!」



 嗚呼、思わず叫んでしまった。

 でも、仕方がない。

 こんなに素晴らしいものを見て、平静で居られる訳がないじゃないか!

 これは凄まじい発明だ!

 なんてものを創りやがったんだ!



「ついに、目的に手が届く!」



 張り切りすぎて、飛んだ。

 行き先は、あの爆心地。

 巨大な爆発が起こった瞬間、ボクが手ずから封じ込めた場所。

 あのまま放ってただ爆発させてれば、ボクと以外死んでただろうし。

 危ないよねえ、本当に。

 ボクがちょっと対応を遅らせてれば、ここら一帯塵に帰ってた。プラス、学校側に全部バレて、面倒くさいことになっていただろう。

 


「んー」



 キメラは普通に爆散した。

 クロノくんの敵だけが、傷を負っている。

 破片はそこら中にある。


 でも、貴族くん、生きてるね。

 気を失ってるみたいだけど、ちゃんと生きてる。

 上と下が完全に別れてたのに、完全にくっついてる。あの時、貴族くんの死亡は確認した。

 なのに、生きてる。

 貴族くんは、生き返った。いや、貴族くんだけは、生き返ったと言うべきだね。

 死の淵どころか、そこから完全に滑り落ちたにも関わらず。そして、対象を選び抜いて、発動している。完璧に近いコントロールが可能だったってことだ。


 となると、あの爆発は、

 


「世界の意志、か……」



 世界が定めた、五つの逆鱗。

 、下手人の処刑のためにコレを起こした。

 当のクロノくんは、寝てるみたいだけどね。

 知らないじゃあ済まされない。

 世界に住まう以上、そのルールは守らなきゃ。なのに、彼は破ってしまったんだ。

 

 でも、コレは悪いことじゃあない。

 何故なら、彼の力は正しく、世界が禁止した力であると認められたってこと。

 ん? 悪いことっていうのは彼にとってじゃないよ?

 ボクにとってさ。



「おうおう、おいでませ」



 さて、仕事の時間だ。


 世界の意志は、下手人を殺せなかった。

 あの爆発だけじゃあ、足りなかったんだ。

 世界は素直な性格だからね。だから、必ず追加で殺しにかかる。

 敵は、何が何でも殲滅しようと躍起になる。

 だからは、世界が起こす『裁き』を耐えられる化け物相手にしか現れない。



『―――――――――』



 それは一見、鎧を着た人間のようだった。

 フルプレートの美しい騎士。剣の隅まで美しい、純白の剣士のようである。

 格好だけ見れば、それが人外とは思えない。

 だが、コレは明らかに違うものなのだ。

 漲るエネルギーが、命の気配の希薄さが、その凄まじい存在感が、違うものと理解させる。


 星の意志が具現化した、星の使い。

 星の敵を滅ぼすためだけの、システム。

 天使、救世主、機構、裁判官。様々な呼び名があったけれど、ボク等はこういう事にしてる。



「久し振りだね、『星霊』」


『――――――――――』



 さあて、ボクはボクの仕事をしよう。

 ボクたちの希望を、全力をもって守るのさ。


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