第97話 つかれた


 クロノに対する恋心を、彼女ら自覚している。


 彼を思えば胸が高鳴り、頬が染まる。

 これが愛以外の何だと言うのか?

 かつて抱いた事のない、暖かな心を定義する言葉は、それ以外にない。

 モノクロの地平線を、血に染まった穢れた骸の大地を、変えてくれたのは彼だ。どうしようもない化け物に、手を差し延べてくれたのは彼だ。広い世界を見るきっかけをくれたのは、彼だ。

 初めて目にした、美しいモノ。

 それを自分そのものと思うほどに、彼女らは大切と思っている。

 命すらも、投げ捨ててしまえる。

 一般的な価値観から遠く離れている事は、理解していた。

 しかし、異常でも、おかしくとも、異端と謗られようとも、構わなかった。

 大切なのは、ただ一人だけだ。

 ただ一人のためならば、世界すら敵に回す覚悟はある。そして、その気になれば、世界に甚大な影響をもたらす力も。


 だから、これは、証明だ。

 クロノを狙う全てに向けて、受ける報いは如何ほどのものか。

 そして、自分たちがどれほど、クロノのために力を発揮できるのか。

 いざとなれば、何もかもを台無しにしてみせる。

 そのための、いわば予行演習。

 全力で殺し合うための理由は、それだけだった。

 


「事前に、お願いはしました。全力で暴れられる準備は出来ましたよ、リリアさん」


「ご苦労様。アイツ、私のこと避けてるからね。ふざけやがって。後で嫌がらせしてやろうかしら」



 少女二人が、向かい合う。

 どちらも、同じ異端者で、同じ疎外感を抱え、同じ人を好きになった。

 ならば、高め合うこの機会を逃せない。

 有益でない事などないと知れども、全力で競いたいのだ。

 ここを逃せば、きっともう出来ない。

 仲間という立場は、とても厄介なもの。一度築かれたそれは、崩せば悲しむ人が居る。

 


「あの人、気難しいのか単純なのか、分かりませんね」


「チグハグよね。バランスが悪いわ」



 親しみさえ込めて、彼女らは語らう。

 これから数分後、本気で殺し合う事になるなど、誰にも悟らせないほど穏やかに。

 秘めた殺意を尖らせて、準備を整える。

 


「ろくでもない過去があるのは、間違いないわね。私と同じ、クソの匂いがする」


「どれだけ調べても、偽物らしい情報しか出てきませんでした。執念深い隠蔽工作です」


「そんな面倒な真似、アレがするかしら?」


「あの方、根は相当粗雑です。バックに誰か付いていると見るべきですね」


 

 アリシアの武器は、杖だ。

 蓄えた金にものを言わせて作り上げた、魔力の運用を効率化し、魔法の能力を極大化する効果がある。

 さらに、あらゆる強化の魔法が仕込まれており、使用者の演算能力、身体能力を底上げする。

 これからを戦うために、必要な準備だった。



「彼女が一体、何を狙っているのか。欲しているのか。背後に居るのは誰なのか。考えると、とても楽しいです」


「陰気ね」


「私たちが頭脳労働をしないと、誰がするんです? ただでさえ脳筋の貴女たちが」



 対する、リリアは素手だ。

 下手に道具を使う必要など無い。

 呪いとは、蝕み、殺すためだけのもの。あらゆるモノが敵であり、攻撃対象だ。

 その力を高めるための要素は、悪意のみ。

 リリアとその所有物以外は徹底して、犯して台無しにしてしまう。

 だから、リリアは構えず、ただ心を昂らせる。



「知らない事には、信じきれない。彼女の秘密主義に付き合う義理はない」


「いつか、痛い目に遭うわよ? 一応、助けてもらったし、一緒に戦う仲でしょう?」


「恩義より、友誼より、クロノくんですから」



 恨みや嫉みを抱えつつ、目の前の相手と通じ合う。



「ふん。稀少な頭脳労働担当が、ここで死ななきゃいいけど」


「返り討ちですよ。呪いの海に、その贅肉まみれの体を浮かべてあげます」



 呆れるほどに単純で、子供らしい。

 打算も、狙いも、何もない。

 これから先など思考の外側で、体を動かすのは、『こうしたい』という剥き出しの願望だけだ。

 誰かがどうとか、怒るとか、嫌がるとか、望まないとか。

 この場限りの、この戦いの意義は、そんな理屈ではなかった。


 ただ、



「「死ね、恋敵!」」



 自分は、目の前の相手より上でありたい。

 本当にそれだけの意地なのだ。

 

  

 ※※※※※※※※※※



「ビックリしちゃうね」


「ああ、本当にな」



 忙しかったよー。

 この大会、客を招いて観覧する席を設けてるから、防御機構として結界を生成してる。

 普通、絶対に破れないレベルのものなんだけど、今回だけは訳が違う。

 ツンケン娘の呪いが、本当にジャジャ馬だからさ。

 呪いに関しては脆いっていうか、普通にどうしようもないんだよね。

 防げん防げん。全部呪いで犯し尽くされて、グズグズになって死ぬわ。


 だから、それで被害を出さないための結界生成を、依頼されちゃった。


 出来るのなんておめぇしか居ねぇだろって言われてさ。

 いや、まあそうだけども。

 なんでボクがお前らの喧嘩の舞台を整えるのに必死にならなにゃならんのか。

 普通に嫌だって言ったんだよ。

 でも、アメとムチってヤツなのかな?


 後でご馳走を用意しますって言われたと思ったら、これをこうしてくれたら何のオプションを付けるとか。

 そしたら、出来なかった場合はどうたらとか。

 もしもの時は、お前この国で好きに買い物出来るようになると思うなよ、とまで言われた。

 

 うん、ボクが本気になればもちろん切り抜けられる窮地だよ?

 でもさ、ボクも色々やることがあるわけで。

 そんな中で、幸薄ちゃんにつっかかられると困るわけよ。

 最初に褒美に釣られて安請け合いしちゃったのは、ボクの落ち度だ。

 だから、まあ許してやらんでもない。

 それに『出来ない』って舐められるのもごめんだしね。


 でも、本気で難しいんだよ、呪いの対策って。

 ボクの能力じゃ、どんだけ頑張っても、ツンケン娘の呪いを押さえきれない。

 ボクの本気の『権能』の一部を用いて頑張ったけど、ツンケン娘がイレギュラーすぎて焼け石に水だった。



「それにしても、我ながらよくこんなの作れたなー」


「本当だぜ。よくこんな訳が分からないもん作れたな」



 だから、協力を持ちかけざるを得なかったんだよ。

 ボクの娘、もとい、やさぐれ娘に。

 


「お前が手伝えって言ってきた時は、何事かと思ったぜ?」


「いやー、ありがとーね。本気で焦ってたから、快くオーケーしてくれて助かった」



 こちらも、まさかの二つ返事だったよ。

 ボクとの関係性を感じた日から、なんとなく態度が柔らかい気がする。

 まあ、ボクとしても同じ感覚だ。

 赤の他人がそっくりだったらめちゃキモいけど、理由ありきなら納得できる。

 ボクとしても、嫌悪感は前より大分減ったよ。



「もうちょっと気を付けろ。お前、変な詐欺に引っ掛かりそうで怖ぇよ」


「ごめんって。ボクも、別に油断してなきゃ大丈夫だったよ」


「怪しいな」



 それにしても、似てるなあ。

 目元とかそっくりな気がしてきた。

 そのしかめっ面とか、凄い見覚えあるわ。



「確かにボクも悪いところはあったけど、悪いのは騙してきた奴だよ」


「……あたしは、アイツらをあんまり責めたくねぇな」


「?」



 面倒くさいって投げ出してもいいのにな。

 普通、巻き込まれたら責めるだろ。

 


「良い眼をしてる。覚悟が決まった奴は、あたしは好きだぜ」


「いや、内容思い出しなよ。めっちゃ下らないよ」


「下らないものに命かけられるんだ。そりゃ、結構な事だろう?」



 まあ、分からんでもないが。

 言葉にすれば、確かに良いことさ。泥臭いのは嫌いじゃないし。

 でも、なんか釈然としないな。

 好きだからって、ここまで振り回されるのは流石に違うからか? 

 


「嫌いな奴に従う義理はねぇよ。お前も、アイツらが気に入ってるから、あんなの作ったんだろ?」


「?」



 確かに、手間ひまかけて作ったよ。

 同質化しやすい内郭部分とそうでない外郭部分を作って、前者が毒に犯されれば剥離し、毒を巻き込みながら自滅する。

 使いきった外郭は内へ内へと流れ、次の生け贄に変わっていく。

 生け贄の内郭が呪いごと死に、浄化して純粋化したエネルギーを取り込み、また外郭を作り出す。

 そりゃあもう、凄い工夫して作った。


 …………?


 確かに、ボクがおかしいか?

 正直、こんなに色々してやる義理ないし。

 なにこれ? よく分からん。



「うーん。そう言われれば、そう?」


「素直じゃねぇなあ」



 理解者ぶるな。

 別にボクはお前が思ってるようなんじゃない。

 ていうか、ボクは他の人間に割けるような感情のリソースなんて…………

 あれ? よく考えたら、おかしい気がする。



「……まあ、ええか。どうでも」


「ん? どうかしたか?」


「なんでもないよ」



 面倒な事は後回しだ。

 今はそれよりも、



「こんだけ舞台整えてやったんだ。くだらなもん見せやがったら、ぶっ潰してやる」



 高みの見物といこうか。

 面白いもの、見せやがれよ。


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