第96話 別にチョロくはない
ライラの力の根源は、光である。
世界にあまねく、エネルギーそのもの。
それを支配下に置き、操れる。
極まった光は熱を持ち、万物を貫く。最速、最高の魔法属性の一角。
最も光の魔法を極めたからこそ、『極光の賢者』とライラは呼ばれた。
最速にして、孤高の大魔法使い。
何人もライラを捕らえられず、誰もライラに勝つことが出来なかった。現代という舞台においては、最強と呼ぶ声が最も多いのは、ライラである。
瞬殺されるのは当然。
三十秒もつだけで、尋常ではない。
既に一分を耐えたラッシュの凄まじさを感じ取れた者は、会場には両手両足の指の数ほどだろう。
(い、意味分からん……)
完全に守勢に回ったラッシュは、心のなかで吐き捨てる。
一分しか経過していないと彼に伝えれば、目を剥いていただろう。
この一分を、彼の体感は数十倍のものとして認知している。
あまりにも濃密で、苦しい一分。
そうして抱いた感想こそ、ライラの技術の高さ、イカれ具合だ。
(ひ、光と完全に同化してる? バカだろ、そんなん。人間の意識を保てる訳がない! 光の状態から二度と人に戻れねぇぞ、普通!)
半歩でも間違えれば即死する魔法を、ライラは当然のように使っている。
正気の沙汰ではなかった。
息をするかのように、己を死に至らしめる術を行使する。
まさに光のごとき速さを実現するため、ライラが術理を構築する速度は、常軌を逸している。いったい、一秒ごとに何度死にかけているのか?
ろくな整備もされていない山道を、アクセル全開で駆け抜けているようなものだ。
(それに、この術の構築速度! 普通、演算しきれるものじゃない! やれたとしても、確実に脳みそ焼ききれるだろ!)
対の短剣を、握り締める。
一撃一撃が重く、意識しなければこぼれ落ちてしまいそうだ。
呼吸を整え、備え、心身を落ち着かせる。
一瞬すら、気を抜くことはできない。
ライラのめちゃくちゃさに理不尽を感じながらも、決して迎撃の準備に瑕疵はない。
「化け物め!」
「ぬかせ、化け物の手下がよ」
光速に届く蹴りを、ラッシュは優しく受け流す。
ショック吸収、魔力吸収、衝撃軽減、光属性耐性などなど。
様々な魔法を重ねかけして、成り立つもの。
ラッシュの絶技だが、これで受け流せるのは、ライラが全力ではないからだ。
「てめえが悪いんだぜぇ?」
「…………」
「あたしらが、いったい何年、奴らを潰そうとしてきたか」
直線的で、大雑把、単純な動きしか出来ない。
ライラが光速で動けるからこその弱点。
本人の知覚すら越える、光という属性の性質上、当然のデメリットだ。
これまでの防御も、神懸かった予測を実現し、成り立たせていた。
「あたしの先輩たちは、その情報を血眼になって探してる」
「……ぐ!」
「教主、ならびに第一使徒は、謎そのものだ。奴らに関して得た情報は、一切ない。知っているのは恐らく、幹部である同じ使徒たちのみ」
ギアを上げてきたのを感じる。
ラッシュの動きに合わせて、ライラは攻めの動きを変えてきた。
曲がる、停まる、広がる。
これまでにない、光の魔法として実現がとても難しい事ばかり。
対応しきれず、モロに数発くらってしまう。
「使徒以外、知らない情報をてめぇは握っている。間違いない。てめぇは撒き餌だ。だが、その餌は、罠と分かっていながらも食らいつかねばならん」
「く、ぜぇ……ぜぇ……」
「だから、丁寧に締める」
ギリギリ、ラッシュが対応出来ない範囲で攻撃している。
死力を尽くして防いでも、さらに上の力を見せつける。
何を狙っているか、嫌でも分かる。
「丁寧に心を折る。絶望によって心をさらけ出してこそ」
「う、おおおおおお!!」
「裏表の無い情報が得られる」
ラッシュの剣技をくぐり抜け、ライラの掌底が水月に叩き込まれる。
食い縛った歯の隙間から、血と唾液と胃液が漏れる。
意地で膝を着かなかったが、それだけだ。
今負ったダメージで、いつ気を失ってもおかしくはない。
「ほらほら、反撃してみろよ」
「う、ぐああ!」
無造作な一撃だった。
しかし、避けられない。
「その程度か?」
「う」
防御、回避、思考、迎撃。
その全てが上手くいかない。
圧倒的な力の前に、ねじ伏せられる。
「てめぇは、あたしと交渉するつもりだったらしいな?」
「…………」
「交渉っていうのは、同じテーブルに着ける奴同士ですることだぜ?」
意識が、遠退いていく。
激しく感じていた痛みや、全身を蝕んでいた疲労すら、無くなっていく。
眠気の方が何故か勝っているのだ。
さらなる痛みで意識を覚醒させるため、唇を噛みしめる。
「弟子の友、第一使徒の情報。それだけじゃ、足りなかったなあ?」
「…………」
「安心しろ。命までは奪らねぇよ」
静かに、ライラは、とどめを刺そうと手を伸ばす。
開始から今まで、時間にして二分弱。会話の余地すらもなく、濃い死を感じ取る。
かつての主、『神父』がそうであったように、ライラは人間の限界を超えた力を有しているのだ。
だが、
「……ダメ、だな」
「あ?」
「これじゃあ、屈せない。アレ、見ちゃあ、な……」
思い出すのは、絶対の権化。
人どころか、生物の枠組みを超越した、何者か。
アレに比べてしまえば、英雄程度、どうという事はなかった。
苦痛に歪む顔を吊り上げ、無理に笑う。
霞む視界でライラを捉えて、
「すみませんね、ライラさん……俺にも、やりたい、事があって……そのために、アイツから、離れる訳にはいかない……」
「お前は、あたしが厳重に管理する。その記憶は、あたしたちのこれからに絶対必要だ」
「嫌だね! 俺の命の使い方は、俺が決める!」
ライラが、ラッシュの意識を刈り取ろうと、右手を振りかぶる。
笑うラッシュの顎に向けて殴り付け、
直前で、回避行動を取った。
「ふぁあ……」
ライラの視線の先では、アインが欠伸をしながら、小石を指で飛ばしていた。
外部からの干渉は大会のルール上反則だが、バレなければ問題ない。
忌々しそうに、ラッシュを睨む。そこと協力関係があるとは、思いもしなかったのだ。何かしらのメリットがないと絶対に動かない、ライラ自身とほぼ同じ思考回路だからこそ、放っておいたのだが。
「抱き込んでたな? 何で釣った?」
「飯で」
「クソが」
集中を高めるラッシュに、手出しが出来ない。
小石を指で弾いているだけなのに、当たれば致命傷になりかねない。
壁や弾いた小石同士をぶつけ、跳弾を繰り返し、複雑な弾幕が出来ている。
「本当にすみません。怪しいのも、そっちにメリットがないのも分かってます。でも、俺も、今の環境を手放したくない」
「…………」
「俺は、『神父』の手から離れました。後生です。手を出さないでください」
ライラは、動きを止める。
その瞬間に、アインからのちょっかいは止む。
意図は、即座に理解した。
次の一撃に備えるラッシュに対して、ライラはただ黙って受け止めるため、魔力を高める。
欲しい情報を握っているため、下手に壊しすぎる訳にはいかない。弟子の友という事もある。そして、妹 (かもしれない)を動かした。
ライラも、少しは仕方がないと思ってしまう。
これから受け止める目の前の小僧の想い如何で、少しは考えてやらんでもなかった。
そして、
「いきます」
「来い」
ラッシュのオリジナルの技が、弾ける。
「『適属反合』」
それは、あらゆる属性に対するカウンター。
発動された属性に対しての弱体化、耐性付与、そして、対抗属性の発動、強化。
全てを乗せて、完璧な調和を実現しつつ、一刀のもとに解き放つ。
現状考え得る、ラッシュの極致だ。
もし、エネルギー制御能力が甘い所があるクロノが同じ事を試みれば、暴発は免れなかった。
究極的な難易度の技術であり、これ以上は無かった。
しかし、
「なるほどな。これは、悪くない」
技で補えるほど、浅い差ではなかった。
「は、はは……マジかよ……」
防御の結界を、打ち破った。
大きく、ライラの体を切り裂いた。
だが、血は一滴も流れず、内臓や骨は一切見れない。傷痕になるはずの場所も、即座に再生していく。
明らかに、人間の能力ではなかった。
唯一人間らしかったのは、浮かべた不機嫌そうな表情だけだ。
「奴を倒したいと、本気で思っているか?」
「『神父』が、教団が、クロノくんを、狙うのなら……」
値踏みをする目を向けてくる。
「……ひとまず、てめぇの事は捨て置いてやる」
「ありがとう、ございます……!」
頭を垂れるラッシュに、興味を示さない。もう戦えない相手と戦う暇はなかった。
終局は、あっけなく訪れた。
望む結果を得られたラッシュに悔いもなく、そのまま意識を失った。
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