第95話 妹扱いは普通にキレるよ
はいはい、本戦の時間でーす。
まあ、色々と戦ったけど、ボクやクロノくんたちが負ける訳がないし。
雑魚との戦闘シーンなんてカットだよ。
とにかく上から目線で癪に障る奴ばっかりだけど、三回目の試合からは黙ってくれて助かった。
瞬殺しても良かったけど、それじゃあ後でイカサマだ何だって言われるかもしれん。多少時間をかけてでも、完璧に勝たないといけなかったのは面倒だった。
正直、それ以上の感想はないかなー。
ボクの実力を認知させてからはもう作業よ。
ごろつき崩れが、ボク相手に一秒持つわけない。
ソッコーで意識刈り取って終わりである。
本戦までこぎ着けたわけだけど、やっぱり熱気が違うよねぇ。
結構でかめのコロシアムでやり合うんだ。
目の前でやってる試合も、お客さん呼んで大々的にしてる。
流石に本戦ってだけあって、そこそこレベルは高いね。
もちろん、ボクにも、クロノくんたちにも及ばないけれども。
準英雄クラスなんて、そうそう居るもんでもない。
クロノくんたち以外に、ボクが万が一にも負ける相手は居ないねー。
本戦は、もうちょっと楽しませて欲しい。
そんでー、あー、本戦か。本戦について、特別おかしな事があるわけでもない。
コロシアムで客に囲わせ、思い切り試合う。その試合にしても、出場者のレベルが高い以外に説明するべきところはないかなあ。
「うま」
串焼きうま。
やっぱ、塩味がないとダメだね。
肉汁と塩のコラボレーションが素晴らしい。
これを食いながら試合見るのも、なかなかに良いもんだねぇ。
明日も試合が終わったら観戦すっかな。
ここまで来ると、一目でどっちが勝つかは分からなくなってくる。
見ててそれなりに楽しいし、暇潰しにはなる。
ひとりで気楽に見てられるから最高だな。
昔から部屋に引きこもって作業してるのが一番好きだった気がするよ。
ほら、ボクって年単位で瞑想したりするところあるし。
長期間単独で何かするのが得意なのかな?
ひとりで黙々とし続けるっていうのが、とても性に合っている気がする。
集団行動向いてないとか、社会府適合者か?
まあ、ある程度の強さに至れる奴って、大体そういうもんだけど。
「…………」
そういえば、クロノくんたち、どこに消えたんだろ?
本戦の会場は一つだから、ここのどっかには居るんだろうけども。
気配を察知してもいいけど、この人数じゃあ気疲れしちゃう。別に、合流を急がなきゃな訳でもないからさ。
クロノくんにはやさぐれ娘が付いてるし、万が一がないから安心だよね。
じゃあ、もうしばらくダラダラしてるか? 今日の分のボクの試合は終わって暇だし。
まあ、どうせイチャコラしてるんだろうな。
彼の周りって、どうも賑やかすぎるよ。
流石にボクも彼のハーレムの一員って思われるのは嫌だなあ。
……って、マジかよ。
「やあ、アイン嬢」
振り向くと、チャラ男くんが居る。
……ちょっとだけ、ビックリした。
チャラ男くん、暗殺者とか向いてそうだなあ、とは思ってたけど、まさかここまでとは。
ボク以外に、気付ける奴居るか?
なんというか、本当に静かになった。
クロノくんたちを鍛えてはいたけれど、全員が最近は本当に凄い。
「何の用?」
「気付いてたんだ。本当に底知れないな」
多分、英雄とかじゃないと気付けないな。
正直なところ、長く生きれば、全員が英雄クラスにはなると思ってた。
だけど、ここ最近は本当に急速だ。
ボクが考えてるよりもずっと早く、彼らは羽化を果たそうとしている。
底知れないってのは、ボクのセリフなんだけど。
「別に、大した用じゃないんだ。強いて言うなら、一人ぼっちの女の子に声をかけたかっただけさ」
「…………」
「冗談。冗談だから、その顔止めて?」
でも、性格だけが残念だよな、全員が。
「ほら、アイン嬢って、雲みたいな人だから。誰かが見てないと、消えて無くなりそうだし」
「言い得て妙だね。暴風雨と雷で地上をめちゃくちゃにするところとかが自分でも似てると思うよ」
「そ、そんなに怒らないで……」
性格だけが、残念だよな。
なんだろうか、この不憫な感じ。
多分、皆からこういう扱い方されるんだろうなー。
実力と才能は光るものがあるのに、どうにもパッとしないよなあ。
あれかな? 根の生真面目さを軽さで覆い隠そうとしてる感じが舐められるのかな? 可哀想に。
「クロノくんに様子見てきて欲しいって言われてさ。なんか、避けてる感じがしたから」
「別にいいだろ、一人でも」
「アイン嬢、儚いから」
「すぐ音信不通になりそうってこと? なに? 師匠との経験談?」
コイツ、変に図太いな。
割りとボクが切れやすいの分かってるのに、よく貶そうと思うな。
プロレス技かけてやろうか?
「ほら、一人で勝手に露店でなんか買ってるし」
「別に良いだろ。ボクの勝手だわ」
「向こうじゃ、クロノくんの師匠が居て、全部奢ってくれたんだよ?」
「…………」
いや、別に何とも思ってないからな。
金なんてほとんど持ってないし、何買おうか悩んでたけど、そうやって悩むのが楽しかったし。
駄菓子だって、おこずかいの中でどんだけ満足度が高く買えるかみたいなところで楽しむやん。
ボクはそうして遊んでただけで。
「ちなみに、これ、君にってさ。甘いのは好きかい?」
………………
分かってんじゃねぇか。
なんだよ、この後輩力は?
ちゃんと気遣い出来て偉いなあ、お前。
ボクは辛いものの方が好みだけど、甘味が嫌いな訳じゃないし。
そういう所を分かってるのがいいな。
「……んまい。誉めてやる」
「あ、ありがとう……」
これ、なんのフルーツだ?
ていうか、何これ? これチョコ?
チョコでコーティングしてたりする?
カカオって、この世界にもあるんだ。
「旨い」
「なーんか、いじり甲斐あるな」
うん、今度誰かに聞こう。
誰に聞いたらいいかは分からんが。
「アイン嬢、甘いの好き?」
「嫌いじゃない」
「もっと欲しいかい?」
「もらえるなら貰う」
「はい」
今度は飴か?
飴細工ってやつだな。
案外技術が高くてビックリしてる。
「アイン嬢、やっぱ俺たちと一緒に行動した方が良いんじゃないか? 美味しいもの、奢ってくれるよ?」
「でも、一人でダラダラ試合見てるのもおもろい」
「すぐに飽きるんじゃない? 連絡取れないのもまずいし、一緒に居て欲しいなーって」
「そん時はそん時。言うこと聞かせたいなら、相応の対価を用意すべし」
今は、一人で居たい気分なんだよ。
オマエも四六時中誰かと一緒に居たら疲れるじゃん?
だから、そのやれやれ顔止めろや。
どーせボクが飯で釣れるとでも思ってるんだろ? 舐めてたら潰すぞクソが。
年下の女扱いしてるな。ボク一応年上だからな。
なんだよ、何悩んでやがる。
「ケーキ食べる?」
「食べる」
「好きなの買ってあげよう」
おい、調子乗るなよ。
「じゃあ、合流しようか。手とか繋いどく? はぐれたら危ないし……って、あっぶな!」
「関節技かけてやる」
一回避けたからって無理だぞ。
ボクから逃げられると思うなよ。
コブラツイストはまず肩を抑えるんだったか?
「ご、ごめんって! 謝るから、謝るから!」
「用件は?」
「言う! 言うって!」
やっぱ、用事あるんじゃん。
ボクと二人きり狙ってただろ。
……うん、顔はなかなか良いな。
ちゃんとキメ顔してる時はマトモに見える。
一応、結構強い子なんだけどねー。多分、一番器用でスキルが高いのはチャラ男くんなのに、なんか一番舐められてる気がする。
いや、舐めてるのはボクか?
「これからちょーっとだけ、クロノくんの師匠に喧嘩売ってくるから、もしもの時は守って欲しいんだよね?」
……何故?
※※※※※※※※
全て、予想していた事だ。
ライラという英雄について、多少は見聞で知っている。
果敢、狂暴、そして冷酷。必要ならば、どこまでも非道になれる。汚名を被ろうが、数千を殺す事になろうが、大した事はないと心底から思うだろう。
さらに、粗野に見せかけて、本質は神経質。
本能や直感で動くのではなく、ひとまず、何もかもを疑ってかかる。
何よりも、人らしい女だと認知していた。
だから、ラッシュはライラの接触から、警戒をし続けていた。
ある程度、情報は集めていただろう。弟子を通して、魔法を仕掛けていた可能性も高い。ならば、ラッシュが教団の関係者であった事は割れているとするべきだ。
可愛い弟子に寄る、怪しい人物。
元の主を裏切ったが、それこそ、ラッシュを疑わせる要因になっている。
ライラは、宿敵たる『神父』を良く知る。
宿敵の慎重さと狡猾さは、身に染みている事だろう。
二重スパイを講じていると疑うのは、ライラの性格を思えば当然である。
だが、疑われているだけなら、構わない。
泳がされるのなら、それでよかった。
問題なのは、早まったライラに消される可能性である。
ラッシュは、本当にクロノの味方だ。
完全に『神父』とは手を切ったつもりだった。
しかし、ライラからすれば、ラッシュはこちらの情報を抜き取ろうとする一方、向こうの情報はほぼ持たない、生かしておく価値のない害虫だ。
クロノの側に張り付いておかなければ、どこかで闇討ちされていたかもしれなかった。
だから、ラッシュは己を生かすために、証明しなければならないのだ。
最善は、クロノの側に置いても良いと思わせる。次善は、最低限殺してはならないと思わせること。
この『武術祭』において、参加しているクラスの面子全員が予選を突破した。だが、本戦の一回戦目から、このカードになるとは、思わなかった。
ラッシュは、誰かから、ケリをつけろと、言われている気がした。
保険は用意している。
まさか飯で釣れるとは思わなかったが、これで心置きなく、戦う事が出来る。
「よぉ、クソムシ」
コロシアムの中心。
歓声が喧しいが、お互いの声はハッキリ聞こえる。
ライラは適度に気を抜いているが、ラッシュにそんな余裕はない。
あらゆる情報を削ぎ落とし、集中している。
先手を取られぬよう、つぶさに観察を行う。
分かってはいたのだが、ライラは、狂暴の一言だった。
鬼気迫る、とはコレの事を言うのだろう。
今から、コレを相手にせねばならない。
試合とはいえ、ここで殺される可能性は低いとはいえ、とにかく憂鬱だった。
「ずっと、テメェをボコしたいと思ってたぜ」
「…………」
「てっきり逃げると思ったが、腹ぁくくったみてぇだな」
二対の短剣を構える。
アインの鍛練によって、劇的に強くなった自覚はある。
しかし、高くなった実力程度では、残念ながら、幸せな勘違いは出来ない。
吹き出る冷や汗と、ひきつりそうになる表情を抑えながら、対峙する。
「酷いですねぇ。俺は、もう教団から離反しました。純粋にクロノくんの味方なんですが」
「信用出来ねぇ。本心を語らせるだけじゃ、足りねぇ。この世界にゃあ、汚ねぇ魔法は沢山ある」
その言葉からでも、ライラの経験の深さが分かる。
隠し事、虚実を混ぜた真実、そして本心。どの道を取っても、誤魔化す手段はある。
分かっている人間だ。
敵の言葉に迷わない、戦闘を生業にする戦士だ。
「心を完全に折る。死を願うほど拷問して、剥き出しになった魂から得た情報からしか、信は得られん」
「拷問は、基本的に非効率なんですがね……」
「恨むなら、そんな面倒な手間ぁかけさせなきゃならん手法をやらざるを得ん状況にした『神父』を恨め」
真実のなかに、混じった嘘。
今言葉にした事すら、全てが本当ではない。
手間をかけて得た情報すらも疑い、多くの情報と擦り合わせて使うのだろう。
そうして、ライラは教団に多くの被害をもたらし、『騎士団』に仲間と認められた。
慎重で、苛烈で、恐ろしき光、ライラ。
そんな彼女に、『生かす価値あり』と認められるには、何をエサにすれば良いか?
ライラの疑心、怒り、その全てを消し飛ばすほどの衝撃をもたらすには、何が最適か?
「俺は、丁重に扱った方が良いですよ?」
「テメェくらいの密偵なら、腐るほど捕まえてる。特別扱いする理由は、」
「俺はこの目で、第一使徒を見た」
その瞬間、ライラは表情を消した。
「それ、それは、本当の、ことか?」
「『神父』に覚えめでたき俺は、第一使徒の元に案内された。そして、この目で、力の一端を見たぜ」
ライラは、手を開く。
指を動かすと、パキパキと骨が鳴る。
臨戦態勢に入っている。
「なるほど。じゃあ、下手に壊す訳にはいかんな」
「…………」
直後、試合開始の合図が出た。
ラッシュの決死の命乞いが、始まった。
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