第98話 なるようになるさ


 アリシアは、魔法使いとして最高峰の才能を秘めている。


 クロノやリリアの無茶苦茶さに隠れ、その異常さが隠れている。

 だが、その演算能力や魔力操作の精密性は、明らかに同じ年頃の人間とは思えないほど熟達している。元よりセンスの塊のような感覚を有していたし、優秀ではあった。

 それがアインの課す修行により、さらなる磨きがかかる。

 魔力量は常人の数百倍にまで達し、一生かけても使用できない者も多い高位の魔法を自在に使用できる。

 天才などという言葉では、最早括れない。

 

 比較対照は、同世代には留まらない。

 国の大きな戦力として数えられる、一流の魔法使いと比べてもなお、上位に立てる。

 齢十六やそこらの少女の力ではない。

 クロノに比べれば数歩及ばぬというだけで、決して足を引っ張りはしない。

 既に、大魔法使いとして十分な資格がある。


 だが、アリシアは現状に満足しない。

 飽くなき探求の心は、天上に住まう、人の道理すらねじ曲げる怪物たちの足を掴む。



「冗談だろ?」



 目前の光景に理解不能を投げつけたのは、アインだった。

 誰よりも、どんな存在よりも、技と知識について相手を上回る広い知見を持つアインが、そう言うのだ。

 それは、この世で初めての技である事を示していた。

 


「リリアの呪いは、多分神代に近いものだ。人の歴史の中で使われた呪いとは明らかに形態が異なっている。人が神に対抗するために編み出された、原初の力。かつての全盛期の力を振るうために調整され、生み出されたのが、アイツの正体だ」



 アインが思い浮かぶのは、『神父』の力。

 神代に生まれた、魔力、神聖力、呪力。様々な超常的エネルギーは、魔力だけが栄え、他の二つは歴史の中で揉まれ、退行していった。

 なんとかして、神代の力を引き出そうとする研究というものは、実は存在する。だが、どちらも禁忌、もしくはそれに準ずるものとして扱われるため、ケースは少なく、成功例など皆無だった。

 そんな中で歴史上、おそらく初めて生まれた、成功例。

 使徒の類い稀なる素質に、リリアのそれは並んでいる。


 だが、



「それに、何故渡り合える? アリシア・コーリネス?」



 そんな神代の呪いを、アリシアは解呪する。

 猛毒の海のようなリリアの呪いを、アリシアは、純粋な真水に戻していく。

 アインの理解できない、至高の技である。

 


「その発想! その力! 本当に素晴らしい!」


「…………」


「初めて見たよ、そんなものは! このボクが! 『星の記憶』を知るボクが、初めて見るもの!」



 アインは、手放しで誉め称え続ける。

 その興奮は、抑えきれるものではない。

 冷静であったなら、絶対に口走らない言葉すらも発される。

 己の言葉を聞く者の存在すら忘れさせ、星の化身をただの観客に貶める。

 アリシアの極地は、それほど偉大だった。



「誇れ、アリシア・コーリネス! 君は、間違いなく稀代の天才だよ!」

 


 喝采を送るアインの後ろで、ライラは訝しんでいた。

 アインが口にした言葉に、心当たりがあったのだ。

 


(『星の記憶』……?)



 ライラが思い浮かぶ記憶は、試験管の中での出来事だった。

 目の前で『神父』の独り言が聞こえてきたのだ。



(『神父』があたしを作った目的は、人と『星霊』の完璧な融合体を作り出すこと。その完成形に備わった能力の一つが、『星の記憶』の閲覧、だったか?)



 ライラは、アインを見つめる。

 だが、ライラの視線に気付いていないようだ。普段はあれだけ敏感だというのに、今は違う。

 思い返せば、あの気配や意識に対する敏感さは、『星霊』に共通するところだ。



(まさか……)



 様々な思惑を置き去りに、戦況はさらに激化していく。



 ※※※※※※※



 数多の呪いを純粋化していく。

 放っておけば、ともすれば世界を滅ぼしかねない危険なものだ。

 だが、その全ては、摩訶不思議な術式と共に、無害なものへと変化する。

 その複雑怪奇な術式は、リリアには理解できない。

 あまりにも意味不明で、凄まじ過ぎたのだ。

 呪い、というものに対して、リリア自身、理解してはいない。それに対する対抗手段というものも、当然まったく分からない。


 呪いの海を繰り出せば、杖の一振りで、呪いは分解されてしまう。 

 何度行えども結果は同じで、やせ我慢しているようには見えない。

 格別の魔法には、相応の代価が必要になると考えたが、それは燃費の悪さではないようだ。

 

 アリシアは、防御に転じて攻撃に移る。

 杖の先を、リリアに向ける。動作を察知し、ゆるやかに回避を行った。

 リリアが数瞬前に立っていた場所へ、光が走る。

 放たれた熱線は、呪いと地面を抉った。ほんの一瞬だったが、その熱量はリリアの防御ごと貫き、両断する程度、簡単に実現できただろう。

 洗練された、濡れた刃のような殺気だ。


 思わず、見惚れてしまいそうになる。

 所作、意思、術式。全てが美しかった。

 自分とは対極と思える、素晴らしき練磨の果てである。


 だが、リリアは怯まない。

 抱く嫉妬すらも、リリアは力に変える。


 リリアに出来るのは、さらに力を強める事だけである。

 アリシアは、味方ではない。憎らしい敵手として、憎しみをもって捉えている。

 呪いが効かないのなら、さらに強力な力でねじ伏せるのみだ。

 どす黒い感情を燃やし続ける。


 強い思念は、自然と形を取っていく。

 外骨格を作り上げ、十本の触手が蠢く。

 あまりはバスターソードの形を造り、リリアは気だるげに構えを取る。

  

 

「「―――――!!!」」

 


 リリアは追い、アリシアは逃げる。

 近接はからきしのアリシアとは異なり、リリアは武器の扱いも出来る。

 近付ければ、分があるのは明確だ。そして、その逆もしかりだった。


 熱線と、弾幕。

 それは光であり、熱であり、刃だった。

 結界の中を縦横無尽に動き回る。アインとライラが空間を弄っているために、見えている以上に自由に動いている。

 属性の選択は速度を重視しており、動きを阻害するための魔法だ。

 近付かれれば、即負けである。


 細かい魔法を挟み、要所で大きな魔法を使う。

 言葉にすればそれだけだ。そして、それは実現困難な理想である。

 敵の行動を見極めて魔法を行使する見切り、多くの術を同時に扱う魔法使いとしての能力を、戦いというプレッシャーの中で十全に発揮しなければならない。

 だが、アリシアは、困難をものともしない。

 不可能を可能に変えたアリシアは、今さら、そんなものに怖じる道理はない。


 

「…………!」



 第四階悌魔法『サンダー・レイ』

 第二階悌魔法『ロックバレット』

 第八階悌魔法『制覇海神』


 足止め、牽制、そして本命の攻撃。

 本来、前衛と中衛に任せなければならない仕事をこなしながら、後衛として十全に戦う。

 高い能力が必要となる事だった。

 だが、入学前より、一月前より、昨日より、アリシアは確実に成長している。

 足踏みをする暇はなく、それを許す立場も、才能も、余裕も、状況も、持ち合わせていない。

 このくらい訳なくこなせなければ、欲するモノを得られないのだ。


 覚悟はある。力も得た。

 あとは、それを示すだけだ。



「■■■■■■■!!!!」



 触手は届かない。

 呪いを飛ばせど、弾かれる。

 呪いとは、元を正せばエネルギーだ。それを噴出し、魔力の如く身体動作の補助を行える。

 だが、やはり届かない。

 あと一歩のところまでなら、リリアは届く。そして、その一歩が、無限に感じるほどに遠い。

 間合いを、アリシアに完璧にコントロールされているのだ。

 そのアリシアの巧みさは、最も美しく戦う人、アインに迫っていた。


 それに対するリリアも、アリシアの進化に何も思わないはずもない。

 好敵手がこうして劇的な進化を遂げたというのに、それに嫉妬を、いや、呪いを抱かないほど、リリアは殊勝な性格ではない。

 たゆまぬ鍛練の果てにあるアリシアの極地を、踏みにじるために呪いを滾らせる。

 不可能を可能にするのがアリシアの強さなら、リリアは可能を突き詰める。

 

 自身すら蝕んであまりある極大の呪い。

 器をひっくり返しても足りないほどに、引き出し、纒い、支配下に置く。

 これまでの鍛練の中で、なんとなく見えてきた自分の限界値を、簡単に踏み越える。

 呪いの攻撃性に支配され、『魔王』に体を明け渡したように、自我を失ってもおかしくはないのだ。だが、リリアは一切変化しない。

 おぞましき力への畏怖や、力を振るう事への躊躇いはない。純粋な力の代行者として、リリアは限界を超えて、立ち振る舞った。


 生まれながらの呪者として、呪いの力を使いこなす。

 そして、呪いの本質をより理解する。

 解呪という、込めた怨念を解きほぐされるなど、あってはならない。

 もっと純真で、もっとおぞましいものへと、形を変えようとする。


 呪いは、形を為す。


 フォルムはより洗練され、死角を潰す三面と、どこからでも対応可能な六臂を兼ね備える。近距離のための剣はそのままに、片側は弓矢を、もう片方には投擲も可能な三叉槍を握る。

 極大のエネルギーは、リリアの小さな体内で循環し、さながらエンジンの如く、運動能力へと変わる。

 


「■■!!!!」



 意味のないはずの咆哮ハウルだった。

 だが、瞬間的に危険と判断したアリシアは、防御の術を張り巡らせる。

 それは、聞く者の正気を狂わせる。

 動作の全てに、呪いが乗るのだ。

 これは、ここからが真骨頂であるという宣言だ。

 


「…………!」


「…………」



 アリシアは努めて冷静に、攻防を継続する。

 永遠に遠いアリシアに、リリアはがむしゃらに距離を詰め続ける。

 渾身の呪いを込めた矢で動きをコントロールしながら、自分の領域へ引きずり込もうとする。

 磨耗しそうになる精神で、必死に破壊の渇望を抑えつけ、手本を思い出す。

 戦闘に関しては、腹が立つほど完璧な、少女の教えの通りに。


 上へ下へ、右へ左へ、前へ後ろへ。

 時間差すら考慮しながら、非常に高度な戦闘を繰り広げる。

 学んだことを、すぐに実践可能なのは、優れた感覚を有する彼女たちの特権である。



「!」



 結界に、解呪の効果を施す。

 強い呪いがこもった弓矢を躱さず受ける。

 効果を強めるために、事前に最適化した術式をさらに改良していく。


 呪いの力を、より鋭くする。

 受けすら間に合わせぬほど速く、引き絞る。

 如何にして呪いを相手に届けるか?

 

 新たな戦闘法を、試しながら相手を屠る最適を探る。

 


「■■■■」



 突き放し、追い込み、さらに近づく。

 肉薄した戦いは、終わりを見るものに悟らせないほどに拮抗する。

 これが具体的にどんな戦いであるかなど、会場には一割も居ない。

 学生のレベルを遥かに超越したものである事を知らしめるのみだ。


 人生最高潮だと、確信して言える。

 戦う相手が今だからこそ、これ以上なく力を出し切れる。

 憎らしさは常々感じているが、同時に、感謝も感じていた。

 愛しき人の隣に立つに相応しい理想の自分に、近付けている感覚がしている。

 

 戦いの苦しさで頭がいっぱいだ。

 疲労で頭が回らない。

 エネルギーの大部分を戦闘で消費したために、言葉に出来ない苦痛である。

 無理やり体を動かして、その度、もうこりごりな痛みに襲われて。


 それでも、止まらず、戦う。


 途方もないほどの高みに居る化け物たちを、相手にせねばならないのだ。

 さらに高く、もっと高く。

 動ける限り、全てをかけて、強くなろうと足掻かなければならない。 

 自分が想定した究極程度、越えねばこの先を生き抜けない。 


 戦えば戦うほどに、相手の成長を直に感じる。

 何度、手を変えても、変わらずこの敵は対応してくると理解できる。

 さらに上へ、この敵よりも上へと、彼女らは望む。

 

 時間にすれば、戦闘の時間は半時間ほど。

 しかし、体感はずっと長く争い続けてきたかのようだ。

 それだけの長い時間、ほぼ全力疾走のように戦ってきた。

 限界というものは、近付いている。



「…………」


「■■■■」



 リリアは、アリシアに触れられなかった。

 アリシアは、リリアを倒せなかった。

 お互い、限界は近い。

 ダラダラと続けても、くだらない幕引きとなるだろう。

 二人の考える事は、同じである。

 残りの全てをかけた乾坤一擲の大勝負以外にない。

 


 アリシアの、オリジナル。

 世に広まっている汎用魔法ではない。

 一分も隙のない、歴史上の賢人たちが生み出したそれらを越える魔法だ。

 次の瞬間こそ、自分の究極と直感する。  


 それに対抗し、リリアも呪いの制御を高める。

 支配下に置くために、カオスそのものである力に、秩序を与える。

 さながら、魔法を使うような、理論の世界。

 展開するのは、アリシアを真似た術理だ。



「■■■■!!!!」


「…………!!!」



 呪法『贖罪』


 当人の抱える罪をリリアが勝手に定義し、それに見合う呪いを課す。

 呪いという、形なきエネルギーの指向性を最大限に発揮した。

 因果すら無視して、報いを受けさせる。

 


 第八階悌魔法『刹劫破棄』


 抱かれた悪意に反応し、自動で攻性のプロテクトが発動する。

 今回の場合、呪いへの特攻が使用者にぶつけられる。

 リリアにとって、猛毒の術が発動するのだ。



 呪いと魔力がぶつかり合って、衝撃波が起きる。

 そして、勝者は、



「私の勝ちです……」


「……悔しいわ」



 アリシアは、今にも倒れそうだった。

 青い顔は隠せもしないし、震えは明らかだ。

 だが、立っているのは、アリシアだけだ。 

  

 人たるアリシアは、怪物を打ち破った。

 愛しき人の隣に立ちたいという意地は、果てなき領域へと少女を押し上げた。

 

 

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