第99話 泥臭いのは嫌いじゃないさ
並び立つと決めて、それなりの時間が経過した。
その間、自己研鑽を怠った事は一度もなく、死ぬ気で鍛えてきた。
まさしく、血の滲むような努力だ。
友よりも才能が欠如している事を自覚し、常に克己を志した。
自分の戦闘スタイルは、特にやる事が多い。剣を振るわなければ鈍り、戦闘に使う魔法を捨て置けば、瞬く間に劣化してしまう。
かつて、才によって何もかもを得て、何も得られなかった人生を送った。
だから、一分一秒すらも惜しいと感じるなど、人生で一度もなかった。全てを賭して技を学ぶなど、一度だってなかった。
今ほど、苦しい時間はない。
上を目指す事とは、ただ、目の前の課題をこなし続ける事ではなかった。
必要な事を身につけるのは当然で、その上で、断崖絶壁から落ちるか否か。
いや、そこから落ちてしまう事など、どうでもいい。
元より捨て去ってしまったかのような人生だ。
転げ落ちてしまっても、まるで構わない。
問題なのは、友を一人遺してしまう事だけだ。
並び立つと決めたのに。
自分よりも遥かに孤高のままで、理解者すら得られず、終わってしまう。
そんな未来の虚しさといったらない。
命を捧げることすら厭わない。それだけの想いがあるから、彼は恐れている。
これから先、友が自分を忘れ去ったとする。
彼の幸福には、自分など一ミリだって関係ない。愛を知るために、自分はむしろ邪魔だった。
そんな事、許容できるはずがない。
彼には、プライドがある。
ハリボテのようなものであったが、貴族として、曲がりなりにも。
だからこそ、彼は全力なのだ。
優れている事を証明する。
役に立つ事を、強い事を、友には自分が必要だという事を。
だが、彼には、それはとても難しい。
ほんの少し、『高み』というものを体験した。
心が折れてしまいそうになるほど、それは凄まじいものだった。
きっと、百年の鍛練を経ても勝れない。
一般的に、最強とはこういうものの事を言うのだろうと。
そして聞いたのだ。これ以上ないと思った『高み』すら、頂上から見れば三合目にもならないと言う。
こんな強さが、当然の世界。
そんなデタラメに今、足を踏み入れなければならない。
ならば、地獄を見るしかなかった。
※※※※※※※※
「楽しみだったよ、今日は」
目の前の友は、力が漲っていた。
ほんの数ヶ月前とは、まるで違う。
それはきっと、進化と呼ぶべき、異常な発達だ。
元より、ずば抜けたセンスを感じていた。
少し教えれば何でも吸収した。剣でも魔法でも、自分以上のものがある。
唯一無二の友に並び立つと決めた。
だが、それは少しずつ難しくなりつつあると、どれだけ鈍くとも気付く。
差は、縮むどころか、開いている。
「真剣勝負っていうのも、あの時以来無かったから」
真っ直ぐにこちらを見つめている。
ドキリとするほど澄んだ瞳だった。
そこには、自信と自負がある。
自分は強くなって、さらに上を目指せて、決して負けないと。
ハッキリ言って、彼など勝ち負けをする対象ではない。
自分の足元を固めてくれる、頼もしき友。しかしそれは、決して背中を守ってくれる相棒ではない。
クロノは、特別な人間だ。
彼は素晴らしい才能を持つ人間ではあるが、クロノには遠く及ばない。
「さあ、やろう。俺たちの力を見せつけてやろう」
きっと、この言葉に深い意味はない。
高い実力を示す彼を見て、称えられる所を見たいのだ。
勝負よりも、今はきっとそちらを気にしている。彼と戦えば、自分が勝つという確信がある。
戦っているステージが、違う。
目指しているレベルが、違う。
力を持つからこそ、隠せぬ傲慢を秘めている。
その無垢に、彼は何も思わない。
全ては、至らぬ自分だけが悪いのだ。
彼がこれから踏み込もうとする世界とは、そのルールが大前提だ。
弱いのなら、口を出す権利はない。
だから、彼はただ、剣を構えるだけだ。
「…………」
「……やろうか」
もしも、彼がクロノの指をかける領域の、さらにその上を目指すのならば、だ。
ここ最近、師事した彼女ら曰く、望む領域に立つためには、
そして、さらに、その領域に
求めれば、彼女らは応じる。
何故なら、彼女らの好みだからだ。
がむしゃらに、自分の全てを賭してでも、何かを求める姿勢が。
知る由もない事だが、師匠陣の片方など、そうしたもののために、いったい何百年を費やしたことか。
地獄は、容易に作り出す事が出来る。
それを身をもって、彼は知った。
「――――――!!」
開始の合図と、ほぼ同時だ。
彼、アリオスの剣が、クロノの頸動脈を正確に切り裂いた。
「…………!?」
「油断してるからだ」
研ぎ澄ました殺気と、気迫。
真正面からぶつけられて、クロノは背筋を凍らせる。
敵と対峙したかのような恐ろしさだ。
「アリシアやリリアではないが、俺は、お前を殺すつもりで戦っている」
「…………」
「今は、馴れ合いの場ではない。俺は、敬意をもって、全力でお前に挑むんだ」
近しいものを、クロノは見たことがあった。
少し前、『神父』がやって来た時の事だ。
誰よりも強い殺意と、言葉に出来ない、敬意にも似た感情を秘めた目をしていた。
獣のような、しかし、人以外に持ち得ない感情を孕んでいる。
「勝つ。今日こそ、お前に勝つ」
「アリオス……」
「そう、俺の名は、アリオス・アゲインオーク。お前を打ち倒す」
剣をもって、言葉を交える。
想いの丈は、殺意によって伝えるのだ。
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