第128話 秘密
ボクは、極めて機嫌が悪い。
もう、悪すぎて百年に一度くらいの悪さだ。
このボクをここまでご機嫌斜めにさせるなんて、もう革命的なレベルだ。
我ながら、こんな感情が残ってたなんて驚きである。
何故かと問われれば、理由はいっぱいだ。
例えばだけど、朝からあのクソアホリーダーの戯れ言を思い出してムカついてたし。
クロノくんと組み手してたら、最後に一本取られたし。
なんか調子が良くなくて、満足のいく動きができなかったし。
とにかく、上手く言えないけど全然ダメだったんだよ、一日。
ずっと、ムシャクシャしてた。
ずっと、モヤモヤしてた。
ここにだって、気分転換っていうか、付いて行かざるを得なかったっていうか。
そんなこんなで付いてきたけど、熱烈な歓迎がアレだもの。
いや、別に悔しい訳じゃないよ?
だって、ボクは最強だからさ。
表面的には敗北に見えるかもしらんけど、ボクは力をセーブしてたからね。
これを敗北とするのは早計だ。
負けてないったら、絶対にない。
じゃあ、何が気にくわないかって話なんだけど、そりゃアレの存在自体だね。
おかしすぎるだろ、アレは。
あんなのが良くもまあ、今まで隠れてられたよなっていうね。
秘匿され続けてた理由は、多分ボクと同じだな。
切り札は、隠してこそ意味がある。
だから、慎重に慎重に、いつかに備えて匿ってきたのだろう。
気にくわないのは、アレが最早現象に成り果てたことだ。
アレは、恐ろしく極まった武人だった。
ボクや教主のレベルなんて、他に世界に居ないと思ってた。
でも、アレは思考を放棄している。
意志もなく、自己もなく、ただ揺蕩うように存在し続けるだけとは。
もしガチで殺り合ったら、ボクが絶対に勝つ。
でも、ボクらの領域に真に辿り着けたのは、本当に稀なことだ。
だから、そこまで至れたのに、ああなのは残念で仕方がない。
……そう、だから、ボクはイラついてるんだ。
アイツの正体なんて、預かり知る所じゃない。
「ボスとは、知り合いかなんかだったか?」
知らないのさ。
ボクは、何一つとして知らない。
だから、この小娘に教えてやることもない。
「お前を欠いた若造どもは、順当に負けたよ。まあ、元から結果は分かっていたが、お前次第でもっと面白いものが見れると思っていた」
「…………」
「お前の暴走のせいで、つまんなかったよ。あたしに退屈させたんだ。お前の口から、それなりに楽しませろ」
ちょっと強いからって調子に乗りやがって。
ボクがこんだけ機嫌悪くしてんのに、なんで平然と話しかける?
コミュ障の類いだな、コイツはよ。
「……知らん」
「あ?」
「アイツは、この世のものじゃないから、ボクは知らん」
考えるような仕草を取るアホ娘。
伝わったな。
頭が弱い訳じゃないのが救いだわ。
「アレが自分にかけてる術すら見抜くか」
「自己の存在を封印するバカが、まさか居るとはな」
アレは、もうこの世から外れた存在だ。
だから、ボクの能力でも分からない。
教主と同じく、今ソコに在るのは、封印しきれないほど巨大な存在から漏れ出たモノ。
アレの本質は、ボクには分からない。
怪訝な表情のまま、やさぐれ娘はボクを睨みやがる。
なんて躾がなってねぇんだ。
「アレが誰か、ボクは知らない」
「……その割りに、随分動揺してたじゃねぇか」
ボクが万全なら、叩いて叱ってたね。
斬られた四肢が妙な切り口で、なんか繋がりずれぇ。
座ってるだけでもちょいしんどい。
「知らないモノを見て取り乱すなんて、そんな奴じゃねぇだろ、お前は」
「…………」
「理由を言え」
逃げれるなら逃げたいなあ。
でも、流石にコレは無理めだわ。
地の果てまで追いかけ回してでも吐かせるって、もう目で言ってるし。
ま、しゃーないか。
「どうもこうもないよ。アレは明らかにこの世界のバグだ。嫌悪を覚えて当然だけど?」
「……あたしはおもったことねぇよ」
「ボクと君とじゃ違うからね」
うーん、なんとか誤魔化したいなあ。
コレが納得できるだけの言い訳ができればいいなあ。
舌戦って苦手なんだけども。
「星は、
「それだけか?」
「さあねぇ。ボクも、アレのことは知らないし、分からないから、どうしようもないよ」
怪訝な表情してんなあ。
まあ、それはそう。
普通に考えたら、まあそうなるわな。
ボクも立場が逆だったら、なんだこの野郎って思っちゃう。
でも、ホントにどうしようもないんよ。
だって、ボクにも分からないし。
「アレは、誰も知らない。分からない。凄い術なんだよ、存在封印って」
「…………」
「既視感の理由なんて、思い出せるはずない。それが出来たら、ボクももう少しマシな反応が出来ただろうに」
これは、嘘偽りない事実だ。
ボクでも、あの術を完全に見破ることができない。
ある程度耐性があるのは否定しないけど、それでも影響を無視はできない。
理論上、『神』すらも影響を受ける、究極の術の一つだ。
これを越える封印術は、少なくともボクは一つしか知らない。
「だから、ボクを問い詰めても無駄。ボクの回答は、『分からない』だけだよ」
「…………」
「術の性質を分かってるなら、予想はできたでしょ?」
まだ、胡乱な感じこっち見る。
諦めてはくれないよなー。
なに言ったら上手いことボクからタゲ外してくれるんだろ?
あー、ていうか、
「少しでも情報欲しいなら、聞く相手ボクじゃなくない?」
「?」
「クロノくんは、見えてたと思うよ、アレの素顔」
「!?」
クロノくんの神の眼を持っている。
これはあらゆる秘密を見抜く『真眼』っていう力があるって……
あれ? これって言ってなかったっけ?
ていうか、詳しくは誰にも言ってないか。
クロノくんたちも、何となく効果が分かるくらいだろうし。
あ、そうじゃん。
「クロノくんは、『神の子』だからねぇ」
※※※※※※※※※※※
負け自体、珍しいことではない。
訓練では何度もアインに転がされている。
格上なんて、世を見れば幾人居るか知れず、その中でどう足掻くかが重要だと、もちろん分かっている。
だが、クロノたちにのしかかるモノは、これまでに体験したどんなモノとも違う。
心を折れられる、とは違う。
立ち向かいたいという克己心とも。
ただ純粋で、圧倒的な力にへし折られたなら、こうも思い悩みはしない。
かつてない新体験だった。
大敗よりも、遥かに上の現象だったのだ。
「なんだったんだ、アレ?」
溢すクロノに、全員が心の中で同意した。
ボスと呼ばれたソレと戦った結果は、当然のように蹂躙された。
なんとなく、予想はしていたことだ。
分かっていて、腕試しをしたかった。
予想を遥かに上回って、何もできなかった。
けれども、さらに付け足すとするならば、どれだけその蹂躙が『絶対』であったかだ。
日が昇り、沈むように。
海が満ち引きを繰り返すように。
生命が、いつか終わりを迎えるように。
あまりにも、当然の結末として降るかかったのだ。
因果は、最初から結ばれていた。
植物のように静かな心、アインに負けない技、『魔王』すら及ばない体駆。
それらが、完全に調和していた。
圧倒的なスペックで殴り倒され、敗北に対して納得せざるを得ないのは、胃の腑に落ちることではなかった。
「でも……」
全員が、同じく得心はいっていない。
だが、その中でもクロノだけが、少し異なるモノを抱いている。
何故なら、存在そのものを封じられ、見えるモノはその残滓でしかなく、本来、像すら捉えられないはずのソレの。
クロノは、その顔を認識していた。
「なんだか、アルベルト王子に似てたな……」
秘密を見抜く。
四百年、伝わらなかったメッセージ。
受け取れるのは、誰なのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます