第127話 見知らぬ誰か
目蓋をあければ、そこはまるで異なる世界であった。
その経験が、彼らは多くある。
弾き飛ばされたか、空間を操ったか。
何にせよ、特異な状況に対応できなければ、生き残れなかったのだ。
だから、彼らは冷静だ。
取り乱す可愛げがあるほどに、彼らは子供ではない。
子供であれる時間が、ない。
用意された運命は極めて険しく、甘えて生き残れる世界ではない。
不測の事態など当然で、突然連れられた地で、到着の瞬間、
迎えられた奇襲に対しても、彼らは一切動じない。
「「「「「「…………」」」」」」
多種多様な攻撃だった。
魔法か、矢か、衝撃波か、剣か。
様々な
引率の役目であるライラは一切動かず、十分な殺傷性を持つソレらを、すべて見逃す。
なので、各々が自力で身を護る。
剣でそっと受け流す。
高速で躱しきる。
対抗属性の魔法をぶつける。
呪いで腐らせる。
僅かな攻撃の安全地帯に逃げ切る。
そして、六人は傷一つ負うことなく、周囲を睥睨する。
戦場における、独特の緊張感。
肌を刺されるような感覚がする。
数多の殺気を感じ取り、先手を取ろうと攻撃準備を密かに整えて、
「すげぇじゃねぇか、新入り!」
「まさか、全部無傷とは。活きが良いのを連れてきたな、ライラ!」
「若いのに、随分慣れてやがるな」
急激に、緊張が消えていく。
攻撃を仕掛けた側の幾人かが、クロノたちへ駆け寄る。
だが、特異な殺気はまったくしない。
既に警戒を解いていて、彼らは既に十年来の友人の距離感である。
少なくとも、これ以上の敵対行動はないと感じたのと、大きな戸惑いから、クロノたちも接近を許した。
「俺はコイツが気に入った! 魔法を剣で逸らすなんて、並大抵じゃねぇぞ!」
「わたくしは、こちらの方が。素晴らしい判断の早さと魔法構築です」
やいのやいのと囲まれ、質問の暇もない。
誰が好きだの、気に入っただの、何が良かっただのと、とても好き勝手だ。
クロノは師を見るが、面倒がっているのか、首を突っ込む様子がない。
「俺は、コイツだな。唯一、防御だけでなく反撃をしてきた。戦慣れと力が、他と別格だ。そこらの砂利が、まるで凶器だったぜ?」
アインだけが、目の前の人物たちを、敵として見て備えていた。
アインの周囲だけに流れる、ピリリとした空気は、全員感じ取っている。
感じた上で、無視を選んでいる。
「あの、貴方たちは……」
「コイツらは下っ端だ」
沈黙していたライラが、ようやく前へ出た。
絡むのが心底かったるい、という心根が、態度に現れている。
「いや、俺らにも名前があるんだが?」
「ローレンツ、マイア、カシオ、レグンだ。人の名前を覚えねぇ奴だな」
「…………」
名を聞いて、アリオスやアリシアが多少同様を覚える。
戦場において、音に聞く英傑の名と同じ。しかも、先程見せた技と力から、本物である可能性が極めて高い。
「どけよ、下っ端ども。あたしらは、これから用があるんだ」
「相変わらず、偉そうな奴だぜ」
「当たり前だろ」
ライラは、鼻をならす。
散れと言わんばかりに手で周囲を払いながら、不遜を崩さずに、吐き捨てる。
「強い奴が、一番偉いんだ」
そう言いきるライラに、彼らは肩をすくめる。
だが、誰も否定はしない。
クロノたちは、戦慄している。
数多の英雄が一致団結した組織であるとは、知っていた。
熱烈な歓迎からも、彼らがどれほどの使い手かは推し量れる。
そして、力をつけて、分かった事があった。
誰が強くて、自分との距離がどれほどか。
手の届く距離に構える、曰く『下っ端』が居る。
さらに先に、アインという手本が居る。
それよりも遠くに、クロノが師と仰ぐ者が悠然と待っている。
そして、そんな相手が百年余り殺しきれていないのが……
「ボスに会わせる。
「ほらよ、鍵だ」
無造作にライラへ投げられたのは、鍵の形をした魔法式だった。
魔法を形作る前段階の、不完全なソレ。
クロノたちは、ソレに大きく驚く。
本来、魔法として成立しなければ、すぐさま消え去るはずの式。いわばカンバスに描く予定の絵の構想が、そのまま飛び出たようなものだ。
恐ろしい技術の塊が、どのような意図の元で使用されるか。
鍵を、宙に押し込み、捻る。
すると、そこには扉が現れる。
分かる。
特に、魔法を主体として戦うアリシアは、痛い程に分かる。
この技術が、幾星霜の果てに生まれたのだ。
扉の先にあるナニカを、隠し、護るための。
「気を付けろよー」
気楽に、英雄の一人が別れを告げる。
ライラは振り替えることなく、先へ進む。着いて来いとでも言わんばかりに、指で招いている。
ほんの一瞬、覚悟を定める時間を各々で設けた。だが、その一瞬の間に、迷いなく後に続くアインに、呆れと頼もしさを感じる。
クロノたちは、導かれるままに、扉を潜る。
歩く。
まるで、宇宙を歩くように、瞬く煌めきと闇に包まれている。
どこまで続くか、検討も着かない。
歩く。
お互いの存在だけが頼りな、何もない空間。
黙れば耳が聞こえなくなったのかと錯覚するほどの、残酷な沈黙が顔を見せる。
明らかに、生物が住んでいい場所ではない。
ナニが納められているか、想像すら叶わない。
歩く。
道標がなければ、とっくに道を見失っていただろう。
先導するライラという灯りは、それほどに鮮烈だ。この空間は、それほどに広く、それほどに来訪者に優しくない。
奥へ奥へと進みんでいく。
そして、突然、
「莨昴∴縺ェ縺代l縺ー…………」
深淵を見る。
「…………!??」
突如現れたソレに、全員が総毛立つ。
「莨昴∴縺ェ縺代l縺ー…………」
「紹介する。アレが、あたしらのボスだ」
剣を杖にした、男だった。
うつむき、影になっているので、殆ど顔は見えない。
老いているのか、若いのか、分からない。
理解不能な言葉を繰り返していることから、心神喪失の状態なのかもしれない。
しかし、立ち姿だけで分かるのだ。
コレは、あまりにも次元が違うと。
「何百年前からこうしてるか知らねぇ。随分昔から、イカレちまってる。意志疎通も無理だ。だけど、コレはあたしらのボスだ」
「…………」
「来歴は、誰にも分からん。どこの誰か、知る奴は居ねぇ」
人語すら介せない者が、何故ボスか。
理由は、語るまでもない。
究極で圧倒的で、絶対的な力を有するソレを祭り上げた者が居たのだろう。
「教団を滅ぼす。それだけが目的の奴だ。まったく理解不能だが、その関係者は肌で感じ取りやがる」
「莨昴∴縺ェ縺代l縺ー……」
「洗礼だ。ボスに揉まれてな」
何故、ボスに会わせると言ったか。
理由は明白、一つしかない。
何かしら、教団に縁があるクロノたちが、これの前に立てば、どういう目に遭うか、想像がついているのだろう。
ボスと呼ばれたソレは、未だピクリとも動かない。
だが、クロノたちへ意識を向けているのは、なんとなく察せた。
強くなるための、ライラからのスパイスだ。
戦いの場を用意するのは、とてもシンプルで、手っ取り早いプレゼントだ。
各々、武器は抜く寸前。戦闘の用意は、いつでもできている。
一秒後か、十秒後か、それとも刹那の後か、欠伸を挟むほどの後か。
その後に、きっと、切り結ぶことになるのだろうと予感する。
その瞬間のことだ。
「……誰だ?」
耳に届いた声に、全てが止まる。
「アイン……?」
呼び掛ける声は、意志というものをまったく感じなかった。
「誰だ? 誰だ、誰だ?」
不用意に近寄る様は、明らかに異常だ。
光に集まる虫のようで、正気とは思えない。
その様子に、ライラですらも、困惑を見せていた。
「ボクの記憶に、居ない……。こんな奴は知らない……。なのに、何故……?」
「おい、どうした? ていうか、そろそろ離れろよ、ボスの間合いに……」
「!」
頭に手を添え続けて、足取りも覚束ない。
耐え難い苦痛に侵され、何も考えられなくなった病人は、こうなのかもしれない。
様子がおかしかった時は、幾度もあった。
今回の乱心に、最も近しかった瞬間は、
「何を、思い出し……」
アリシアとリリアが、初めて見た、アインの胸の内をさらけ出した時。
その狼狽を、彼女らは忘れない。
目蓋の裏には、未だにその時の光景が残り続けている。
「誰だ……?」
「莨昴∴縺ェ縺代l縺ー……」
「お前は、誰だ?」
力が高まっていく。
そして、
「莨昴∴なければ……」
「言え」
アインは、威嚇のために牙を見せる。
酷く、獣的であり、激情と困惑があらわになっている。
そこまでになって初めて、クロノたちは我を取り戻し、
「待っ……」
「ボクの記憶に居座るお前は、誰だ!?」
アインがソレへ飛びかかった次の瞬間、
アインの四肢は、切り落とされた。
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