第129話 多分、終わるんだよね


 建国の話を、彼は生まれた時から聞いていた。


 この国は、たった一人の青年が立ち上げたのだという。

 足るを知り、優しく、穏やかで。剣才はあれども、書を好む。親を敬い、民を庇護し、敵にすら敬意を欠かさない。

 臆病とも呼ばれるほどに、青年は『義』と『信』を尊ぶ。

 野心など、心の端にもないと言われていた。

 

 何故、青年は反旗を翻したか?

 何故、心穏やかだった青年は、武をもって威を示したか?

 四百年経た現代ですら、理由は分かっていない。

 後世に残った俗説が、いくつかあるだけだ。


 例えば当時、彼が所属していた国の王族全員と軍部上層部全員が、惨殺される事件があった。

 曰く、国が割れ、諸国の干渉に耐えきれず、民のために仕方なく独立した。

 曰く、これまで野心を隠していただけで、これ幸いにと反旗を翻した。

 曰く、全ては彼の企ての結果で、全ては掌の上だった。


 確かなことは、何一つない。

 彼の存在は、不自然なまでにその存在は隠され、残った文献はゼロに近い。

 憶測ばかりが飛び交い、結果、彼の心の内は永遠に謎のまま。

 決して、誰にも伝えられることはない。

 いったい何を願ったか、何を想ったか、知る術は残されていないのだ。

 


「実にくだらない」



 知るのは、ほんの僅かな言伝てだけ。

 小さく脆く、紡がれてきた言葉だけ。

 それだけを頼りにして、彼の存在は、儚く残り続けてきた。

 


「過去に囚われ、進むことを忘れた。醜悪を極め、清濁ではなく、ただ穢れた。停滞を選んだ」



 残されたモノは、大いなる波の中で揺蕩い続けた。

 意味を知る者は、この世に一人も居ない。

 ただ、散りばめられ、意味を成さずに、瞬きを繰り返す。

 四百年もの時を経ても、終わらない。

 その物語は、理解されるものではない。

 


「私は、父や兄とは違うのだ」



 誰に貶められたとしても、構わないのだ。

 信じるモノさえ、確かなら。

 永いの苦しみにとて、耐えられる。

 


「私は、誇りを忘れた愚者とは違う。歴史を紡ぐ気概のない臆病者になるつもりはない」



 過去の想いは、消えないのだ。

 紡がれる人が居る限り。



「伝えなければ。守らなければ」



 それが分かっていたから、ソレを望んだ者が居たのだ。




 ※※※※※※※※※※※



 戦場の景色は、よく覚えてる。

 死の気配が色濃いということは、エネルギーが巡る場所であるということ。

 死は、個人だけのものじゃない。

 生物が死すれば、星はそれを糧にして、また命の糧を生み出す。

 

 ボクは、星の感性が分かるからね。

 生物としてのシステムが働く場所に、好感を抱く。

 死は、あくまで現象だ。命を次に繋げるための、必要な終わりだ。

 それ自体に何の感傷もない。

 悲しいとか、怖いとか、無いんだよね。もはや生物から少々離れてる。

 我ながら人でなしだ。生まれてこの方、近しい人の死ですら泣いたことはない。

 

 むしろ、悪くないモノとさえ。

 

 醜いものこそ美しいって、酷い逆張りだ。

 何かしら、思うところがあるかなって思ったりしたけど、我ながら白けてる。



「酷い……」



 そう呟いたのは、アリシアちゃん。

 まあ、この光景は酷いわな。

 

 戦場の景色って、いつだって酷いモンだよ。

 毎度毎度、死んだ後って、生物は腐っていくものなんだと確認させてくれる。

 グロテスクを感じるから、やめて欲しいんだけどね。

 


「師匠……」


「ここは、教団との戦場だ」



 ……あんまり、時間経ってないよね。

 戦場を片付けるのなんて、魔法もあるからそこまで時間かからないはずだし。

 わざわざ、こんなところに連れてくるとか。

 新入りに対する洗礼が手厚すぎるわ。

 


「英雄と呼ばれる人間は何人も居た。だが、奴らはとてもイカれている。死にもの狂いが当たり前の奴らだから、犠牲は仕方ない」



 教団の兵士は、まあ訓練を当然するけど、英雄には遠く及ばない。

 勝っているのは、数と、狂気だ。

 どっちかに天秤が傾くことはあんまりない。

 


「来い。コッチだ」



 指差す方へ、足を運ぶ。

 何があるのかは、大体検討が付いてる。

 こういう大規模な争いがあるのは、ボクらの拠点が見つかった時だ。


 やさぐれが地面を調べた!

 謎の仕掛けが作動した!

 ……うん、RPG風味。


 ホント、こういう仕掛け好きだな、アイツら。

 まあ、合理的に隠そうとするなら、土の中は変じゃないか。



「これから、もっとクソな気分になるぜ?」



 手厚いことだね、本当に。

 ボクらの研究所なんて、マジでロクでもないのに。

 

 ……………………


 我が組織ながら、マジでロクでもねぇな。

 普通に顔しかめるところだね。

 まあ、特段言葉にすることはないけど、人体の勉強にはなるって言っておくよ。

 それはそれは、グロテスクだ。

 クロノくんたちの感想も分かるね。『なんて酷い連中なんだ』って思ってることだろう。

 下手に使徒たちと関わってる分、分かり合えるかもって思ってたかもしれない。


 ……うん、これでいい。



「奴ら使徒は、滅多に戦場に出ない。いつだって、命をかけるのは、奴らの手下だ」


「…………」


「命が惜しい奴らなのさ。だけど、強ぇえ。腹が立つことに、まず戦場に引きずり出さなきゃならん」



 決意新たにって感じか。

 まあ、アイツらは、死ぬべき人間だ。

 ボクから何か言うことはない。



「そのために、あたしらは何でもする。お前らにも、力を貸して欲しい。案外、余裕がないんだよ、あたしたちは」



 あー、嫌な感じだ。

 この子らを戦争に巻き込むってのが、凄く嫌だ。

 汚い世界なんて、出来れば見せたくないんだけども。


 あー、展開見えてきたなあ。

 この子らの実力なら万一はないとか思ってたけど、うちの連中相手ならあり得る。

 神父は張り切ってるし、最後にはアイツが来るだろう。

 まず、戦争を慣れさせるところからか。

 戦って、成長して、話は始まる。

  

 なら、



「ボクが、守らないとなぁ……」



 いつもと同じ展開だ。

 ボクが守り、育む。

 でも、いつもと違うところがあって、とても憂鬱になる。

 人と離れた感性が消えないボクでも、感傷を抱きはするよ。

 だって、


 最期ってのは、いつだって虚しいから。

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