第69話 甘味は好き。でもボクは辛党
面白い面白い。
上達するのが早いから、どんどん教えたくなる。
ここまで凄いと、どこまでやれるかチャレンジしたくなるわ。
ボクが本格的に技術のノウハウを叩き込めば、使徒くらいにはなりそうだ。
少なく見積もって十年はかかるからやらんけど。
あー、人を育てるのって、ちょっと面白いかも。
人がこぞってRPGとかやる訳だよ。
見守るのってもどかしいけど、結構甲斐がある事なのかもしれない。
この五日、いい暇潰しになったよ。
魔力制御を動きながらさせ続けてたけど、もう全力の動きでも並行で出来る。
大したもんだ。誉めてもいい。
いやー、楽しかった思い出が思い浮かぶよ。
魔力制御しながら剣術の型稽古させてたけど、魔力が乱れたら頭を叩いた。
剣術が疎かになれば、腹を蹴り飛ばした。
両方ダメなら、地面に叩きつけた。
魔力のほとんどを封印して、さらに残った大半もクロノくんに貸し付けたからねぇ。手加減しなくても、いい具合の威力になるから、殴るのが爽快なんだよ。
普段は、下手すりゃ地形が変わるからそうそう出来ないんだよ。
手加減に手加減を重ねた暴力しか振るえなかったけど、今だけは違う。
全力でも壊れない玩具!
合法的に人を殴れる環境!
文句言う奴ぁ、ボコして黙らせる!
暴力だ! 暴力が全てを解決する!
あー、ホントもう最高だったわ!
この暴力システムに気付いてからが、楽しさの発露だったね。
あれ? これ、人を全力でボコボコに出来た事が嬉しかっただけか?
ま、ええか。
それはそれだ。
ということで、中級はクリアだ。
もう、クロノくんは理論上、実践でも今のコントロールを維持しながら戦える。
身体機能はかなり向上したし、特に防御力は特に凄い。並みの攻撃なら、防ぐ必要すらなくなった。精密性が上がったから、これまで使ってきた魔法のエネルギー効率と威力も、大幅アップだ。
これで、戦闘能力は超強化された。
例えるなら、ペンの握り方も知らなかった原始人が、文字を書けるようになったみたいなもんだ。
次は上級の修行だね。
完璧な魔力制御の上で動き回れたし、今度は本格的に戦闘訓練を施したい。
ぶっちゃければ、殺し合いだね。
ひりついたやり取りの中で使えなけりゃ、何の意味もないからさー。
ボクは、彼にもっとイカれて欲しいんだよ。
人は、ていうか命は、死ぬ事への忌避がある。こうすりゃマズイ、こうしちゃいけないって、何となく分かるし、避けられる。
でも、人間の良いところの一つは、そのブレーキをぶっ壊せる所だ。
死の淵に立たされても冷徹に居れる。そこにある死に飛び込める。そういう事が出来るイカれ野郎は、基本的に厄介だし、強いんだ。
クロノくんも、そうなって欲しい。
成れないなら、すぐに死ぬだろうしなー。
戦って戦って、ネジをぶっ壊して欲しい。
どんな状況でも冷徹に、痛みでなど鈍らない、やると決めれば必ず殺る、殺人マシーンにしたい。
別に、倫理なんて投げ捨てろって訳じゃない。スイッチを作って欲しいんだよねぇ。
それをする上で、困る事と言えばクロノくんが、そういう殺生が苦手なことだ。
だから、ここいらで、殺人術の手本を見せたい。
人を殺す事を何とも思わない奴が使う、マジモンの殺気と技術と手段を体感させたい。
でも、ちょっとだけ困るのが相手だよ。
ボクがやっても良いけれど、あんまりにも実力に差がありすぎるから。
「だから、もう君が動いていいよ」
「…………」
丁度良い弱さ、手数の多さ、殺人経験の有無。
彼こそ、最適だったよ。
彼の目的を考えても、鬱陶しいアンタッチャブルが手を出してこない理由を得られて嬉しいだろう。
わざわざ接触してやったのは、そういうコミコミを話すためだ。
あんまり関係持つのは良いことじゃないけど、言わなきゃ伝わらんしね。
「どういう風の吹きまわしだい?」
「だから、もうクロノくん殺してもいいよって」
「話が繋がらなすぎるぜ。頼むから、頭の中で完結しないでくれないか、アイン嬢」
困惑顔を隠さないチャラ男くん。
うん、言わなきゃ伝わらんのだけども。
肝心な所は言いたくないっていうか、説明するのがメンドイっていうか。
ていうか、勝手に察してくれないかな?
言わなきゃ伝わらない? 甘えるな! 自分の頭で考えろ!
あ? 速攻で矛盾するな?
うるせーー! 知らねーーー!!
「最初から説明してくれよ。この数日、ずっとアイツを守ってただろ? どういう風の吹きまわしなんだ?」
「いや、もういいかなって。十分遊んだから、飽き始めてきたし」
嘘は言ってないね。
ちょっとだけ、飽きてたのはマジだし。
それ以上の理由はあんま言わないけどね。
すっげぇ怪訝そうな顔すんなよ。
別に深掘りしたって、そんな面白い理由もないんだし。
お互い、あんまり気にしない方がお互いのためだって。
「だから、殺してもいいよ。暗殺したいんじゃないの?」
「……俺のすることに、興味があるのかないのか」
「無いといえば嘘になる、程度には」
あー、旨い。
チャラ男くん、奢ってもらって悪いねぇ。
呼びつけたのはボクなんだけど、話をするってなったら、雰囲気の良いお店に案内してくれたよ。
しかも、個室。
これ実は結構いいお店でしょ? 全部個室って、密談し放題じゃん。お金持ちのお得意様って感じだわ。実際、結婚高級そうだし。
うわー、ケーキってあんまり食べないんだけど、久しぶりだと結構旨い。
あ、別に話聞いてなかった訳じゃないぞ。
おい、やめろ、その呆れた目を。
なんだコイツみたいな顔すんなって。
「これ以上時間を取っても無駄か?」
「ついでに金も無駄にしたよ」
「……食事代分くらい、教えてくれても良いんじゃない?」
むぅ、それはそう。
子供相手にただ飯たかるのは、流石にマズイんじゃないかと思ってたし。
ボクも良い大人だからね。むしろ、奢るくらいの器量は見せるべきだった。
まあ、金なんて一銭も持ってないけど。
ていうか、張る見栄もないんだし、器量ってなんだよ。そんなん気にしてもしゃーねーわ。
「飯代と酒代分くらいなら、まあ、話してもいいかもだけど」
「……酒、飲めるの?」
「のめなーい」
「…………」
アルコールで酔えないんだよねえ。
飲めないっていうか、飲んでも意味ないっていうか。
そんなに美味しいって感じた事もないから。
じゃあなんで提案したんだよって、チャラ男くん、言いたそうにしてるけど、別に意味なんてないよ。
ただ、遊んでるだけー。
「まーまー、落ち着きなよ。ボクは今日、君のために時間を作ったんだから」
「自分でその時間を無駄にしておいてよく言うね、アイン嬢?」
返答にエッジが利いてきたな。
笑顔だけど、なんか影が濃く見えるわ。
からかいすぎたわ、こっわ。
「あはは。別に、本当に大した理由はないんだよ? 守る必要がなくなったっていうか」
「修行を付けて、良い塩梅の強さになったからかい? 俺は強さを測るための試金石か?」
「半分正解」
そーんな、『何考えてんだコイツ?』みたいな顔すんなって。
難しい事は特に考えてないよ。
雑に、大まかに目論んで、細かいところは現場判断っていうのがボクのいつものやり方さ。
ていうか、今回はボクは主犯じゃないし。
命令されたことをその通りにしてるだけだから、本当に何も考えてない。
だから、探っても無断だよ。言わないけど。
「君が誰の命令を受けて殺そうとしてるかなんて、至極どうでもいいんだよ」
知らない、とは言わないよ。
知らないように見せかけはするけど。
そうしろって言われてるしね。
「ただ、ボクにも目的があってね」
「目的?」
「そのヒントが、ここにある……かもしれない」
嘘を言うな、と命令されてる。
ボクも、しないべきだと思ってる。
クロノくんの『真眼』でなくても、虚偽看破の魔法があるからね。これも、クロノくんのと違って、術で誤魔化す手段があるけど。まあ、余計なリスクは踏まないに越したことはない。
それらしい事を言って、勘違いさせる。
フワッとしてるようで、簡単に推察させる余地を残さなきゃ。
「……ヒント?」
「君ん所の組織の関係者には、恨みがあるからね」
うん、こき使われてる恨みが。
言わないけどね。
チャラ男くん、『なんで知ってる!?』って思ってそう。そこまで顔には出てないけど、微妙に眉ひそめたり、心拍数が上がったからさ。
めっちゃ何か考えてるみたいだけど、勘違いするだろうなあ。
「……何の事だか分からないぞ」
「じゃあ、独り言でもしようかな」
そういえば、何考えてんだろうなエセ神父は。
アイツの計画の全容が測れん。
出来るだけ、チャラ男くんにも関わるようにしろ、とかさ。
ボク的には、あんまりメリット無いような気がするんだけども。
「ボクは特殊な体質を持ってる。ボクは強いけど、それにもタネはあるんだ。便利だけど、得るために犠牲にしたものもある」
「へー……」
「話は変わるけど、君ん所に居るでしょ? 人体実験大好きな変態が。ソイツに用があってさ」
僅かに眉が上がる。
汗かき始めたな。
他の奴なら隠せても、ボクには無理さ。
動揺してるのが丸見えだね。
エセ神父には、用があるからなー。
だって、この後の計画は全部エセ神父の頭の中にしかないから聞かないとだし。
それに、チャラ男くんはエセ神父しか知らないから分からんだろうけど、使徒はボク以外全員が、人体実験上等だ。後で面倒なことになっても、誤魔化せる。
「復讐が目的か?」
「やられっぱなしは、趣味じゃないね」
勘違いしろ勘違いしろ勘違いしろ。
ここで勘違いさせないと、ボクがエセ神父に小言めちゃくちゃ言われるんだぞ。
「……なるほどな。理由は、理解したよ」
「知りたい事を知れたなら良かった」
「だが、分からないねぇ。それなら、俺を直接締め上げればいいじゃないか? 探りを入れたいなら、何故こんな回りくどい真似を?」
これは、上手くいったか?
なかなか、良い感じの振る舞いが出来たのでは?
この調子で行こうか。
にこやかに笑ってあげよう。雰囲気が出るからね。
さて、意味深な事を言おう。
「君は、期待されてるからね」
「……どういう意味だ?」
「きっと、ボクの目論み通りになる」
上手く、クロノくんを追い詰めてくれることに期待してるよ。
それを乗り越えた時、クロノくんはきっと、もっと神に近付ける。
健闘を祈るよ、チャラ男くん。
ボクたちの手のひらで、踊ってくれ。
※※※※※※※
「なんだったんだ……?」
怪物と別れた遥か後だ。
誰にも聞かれない個室で、ラッシュは独り言る。
謎が多く、目的も不明だった、浮き駒。
それに誘われた時は、なかなかに命の危機を感じたが、それでも乗るしかない。
クロノを暗殺するというミッションに、ノイズとなり得る要素は排除したい。
目的を聞き出し、気をそらすだけでもいい。
何かしら、手を打つために、従った。
「……真剣なような、ふざけているような。本当に、訳が分からない」
だが、どうにもならなかった。
ラッシュがコントロール出来る相手ではない。
何かの間違いで手を出してこない事は確約してくれたが、今でも肝が冷える。
「少しは掴めた気もするが、底が知れないな……」
あれは、恐るべき者だ。
誰も信じず、無頼のままで生きている。
不条理を押し退け、押し付ける力がある。
「だが……」
凄まじい人間だ。
おそらく、学園の誰よりも強いだろう。
こんなものが野に居たなど、信じられない。どこから湧いたのか、知りたくなる。
けれども、
「アレに比べれば……」
思い出す。
爪先から天辺まで、おぞましさで溢れていた、人の形をしたナニカ。
生まれて初めて垣間見た、絶対。見ただけで分かる、凄まじい圧力。
それの深淵に比べれば、遥かに浅い。
そう、アレに比べれば、何もかもが弱い。
この世のどこにも、アレ以上は居ないのだ。
そして、自分は、アレに目をつけられている。
「俺は、生きる。そのために、殺す」
誰であろうと、変わらない。
自分のためなら、親兄弟すらもだ。
ラッシュの覚悟は、揺るがない。
絶対を見てしまった彼に、他への期待などありはしない。
その認識すら、作られたものだと、気付かない。
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