第109話 ……疲れた
洗練されている。
獣のように振る舞っても、苛立っていても、技の鋭さは変わらない。
心乱されようが、手傷を負おうが、常に一定以上のパフォーマンスを発揮する。どんな状況でも、技を使うイメージを途切れさせない。
何度打ち合っても、重さもスピードも、一切変わらない。
険しい表情ながらも、相も変わらず、流水のように美しい。
俺は、自分の能力に頼っている。
今、導かれてようやく目覚めた、この『未来視』を用いた。教えてもらった、世界を知覚し、操る感覚は常に発動させる。切って張った技の数々を、無理矢理使い続けているだけだ。一秒後、糸が切れたように倒れてもおかしくない。
力の前借りだ、こんなものは。無様に、みっともなく足掻いて、そこまでして、ようやく互角。
アインは未来視など使えないし、世界の操作もほぼしていない。体に染み付いた技術を、瞬時に使い分けている。
継ぎ接ぎだらけの俺とは、根本から違う。
やっぱり、追い付くにはまだ足りない。
予想を上回って、ようやく一度。
何度でもこれを繰り返さなくては、アインは倒れてくれない。
「!」
「グゾ、がぁあ! 傷が、ふざがらねえ! 不可逆、時間、操ざがあ!?」
手負いの獣の相手は、背筋が凍る。
俺と同じで、アイツだってギリギリのはずなんだ。
あの傷はそれなりに深い。難なく治せる怪我だが、俺の術は現状からの変化を許さない。それに、ずっと戦い通しで、力も弱まってる。流れる血は、止められないんだ。確実に、俺の攻撃は効いてる。
だが、鬼気迫る様子が、そんな弱さを打ち消して余りある。
底無しに暴れられるのか。命の果ては、いつ訪れる?
敗けのイメージが、色濃く映る。
「AAAAA!!」
「っ……! くっ!?」
踏み込み、上段から得物を叩きつける。
素振りをする時に近い、手本的な攻撃だ。
たったそれだけの行為だった。
しかし、実態は大きく異なる。
地面が震えるほどの力で踏み込み、すべてのエネルギーを振り下ろす。
俺の剣は、時間を止めている。これによって、剣は不変となり、当然、壊れる事はない。
なのに、今、剣は酷く軋んでいる。
ぶつけられたエネルギー量が莫大すぎて、術と剣が崩れかけていた。
とてつもない馬鹿力。
世界を押し付け、重さを加算している。
真っ直ぐに、そして完璧に押し付けられた。
地面がどんどんひび割れていく。
膝を折らないと、耐えられもしない。
「あ゛あ゛!!」
このままなら、潰される。
即座に、空間転移を行使し、アインの背後に移動を……!?
「見え゛でんだよ、ばあか!」
しまった!
この空間は、既にアインの領域だ。空間転移なんて、気付かれるに決まってる。
加速した思考の中で、迎撃を準備。
正確に首を狙った回し蹴りに、回避は間に合わない。
じゃあ、受けてやり返す。
「な!?」
「……『揺籃』」
俺の周囲数センチは、時間の流れが極限まで遅くなる。
アインの蹴りが俺に触れる前に、反撃を行う。
「世界、の時間、操作!? ボクが許可していないのに!?」
「!」
俺の刃に、血は混じらない。
加速した俺の動き程度なら、アインは簡単に見切れてしまう。
アインの強さは、とてつもなく厚い。
多少裏をかけても、ほぼ反射で対応してしまうんだ。
もっと、予想を裏切らないと。もっと、強くならないと。
俺の中の力の源から、さらに力を引き出す。
魂が軋むような感覚がするが、そんなものに屈していられない。
畳み掛ける。
終わらせてやる。
「あ、あああああああ!」
この厚く、硬い城壁を崩すためには、何が必要なのか?
そんな裏技じみた有効な手段なんて、あるはずがない。
何度も打ち付け、壊れるまで当たるだけだ。
とにかく、攻める。
何もさせないために、攻める。
剣で切り裂き、空間をねじ曲げ、時を局地的に止め、あらゆる属性の魔法で足を止める。
このまま削りきろうと、さらに手を強めるが、
「喝!」
世界が震える。
全方位に向けた、大爆発だ。
それに対して俺は一度攻撃の手を止め、空間、世界ごと、これを切り裂かざるを得ない。
爆発と剣撃が、衝突する。
「すご、いな、本当に……」
今にも、手から剣を落としそうだ。
何度も何度も、とてつもなく重い攻撃を喰らってきた。
時を戻し、傷なんて俺には残らない。
なのに、たった一度で、一度ごとで、俺に大きなダメージを与える。
怒りと、俺の成長を認めてくれたからか、攻撃の破壊力はどんどん上がっていく。時と共に、アインのブレーキが壊れていくのを感じた。
次の瞬間、アインの姿が消える。
「がはっ!?」
腹と顔に、衝撃が走った。
残像すら見えない、俺の知らない、観測すら叶わない歩方だった。
山突きの姿勢を取ったアインの姿を、遅れて視認する。
「ぐ、うっ!」
手刀で斬られ、掌打、肘が刺さった。
その全て、一つ一つが、致命的なダメージを俺に負わせる。
たった一度見せただけの『揺籃』を打ち消し、攻撃をしかけてくる。
衝撃は内部に響き、内臓へとてつもないダメージを負う。
「かはっ!」
上段蹴りが脳を揺らす。しかも、振り下ろした足で俺の足を踏み潰すおまけ付きだ。
裏拳が、俺の肋骨を蹂躙した。片肺が破裂し、心臓がショックで止まる。
鉄山靠で、体の全てが砕けた。
流れるような技の連打に、視界が白くなる。
時間を巻き戻し、再生を繰り返す。
バケツをひっくり返したように、俺のエネルギーが消費されていく。
なんとかして、抜け出さなくては。
分かってはいる。分かってはいるけど、激しすぎて、受けも間に合わない。
「う、あああああ!」
サマーソルトキックなんて、喰らったの初めてだ。
正拳突きなんて、胴体に穴が空いた。
真空飛び膝蹴りの時、本当に頭が吹き飛んだ。
背負うように俺を投げたが、その衝撃で客席にまで会場に亀裂が走る。結界で外と隔絶してるはずなのに、影響が漏れ出てる。
あらゆる武術はマスターしてるんだろうけど、徒手でなら、多分世界一だ。
これより上なんて、居てたまるか。
ていうか、剣使えよコイツ。あんなに凄い業物なのに、本当に邪魔にしか思ってないんだな。
あ、投げ捨てやがった。
素手で構えを取って、何かに備える。
邪魔をしたい。だけど、再生に手一杯で、思考する事しか出来ない。
「第、三の、技ぁ……!」
吹き飛ばされ、ほんの僅かな余白。
この余白が何か。
遥かに増した力の高ぶりは、知っている。アインが見せた奥義のひとつだ。
これは、受ければ死ぬ。生きていられない。
直感だが、これは、俺を存在ごと壊そうとしてくるだろう。
受けてはいけない。
いや、発動させてはいけない。
あらゆる守り、俺たちを囲う結界すら無視して、その場の全てを消滅せしめる。
そういう結果が、
なら……
「!?」
アインは、驚愕の表情を浮かべた。
それはそうだ。
「! もう、ここまで、
アインが何かを言っているが、俺の耳には届かない。
極限の集中を続かせるために、必要のない情報は勝手にカットされている。
だけど、アインの想定を上回れた事は、分かる。
この調子で、今出来ないと直感することをし続けよう。
「かっ!」
記憶の中にある、アインの技。遠近を無視して攻撃するアレだ。
咄嗟のアレンジでも、再現できた。
二つに千切るつもりだったが、肉を斬るくらいに抑えられた。
「ボクの真似のつもりか?」
「…………!」
アインは、本当に分かりやすい。
バカにされれば怒るし、少し煽ればムキになり、挑発されれば受けて立つ。
真似なんてされれば、絶対同じ方法でやり返すと思った。
「――――――!」
無数、かつ、洗練された手札に、俺は翻弄されるしかない。でも、それをひとつに絞れただけ、状況はマシになった、と思うしかない。
近付き、離れ、殴られ、斬る。
アインの方が、当然ながら断然上手い。
時には喰らうと構えた攻撃が来ず、違うと思ったものが当たる。
距離を無視して攻撃できる強みが活きる。モーションは全て同一なので、俺には何も分からない。どれが本命で、どれがフェイントか、見分けられない。
なのに、アイツは俺の小手先の技を全部見切ってくる。
「また、なんか真似してみるかぁ!?」
「―――――――!」
遠くから、近くから、嬲り殺しにされる。
だけど、決定打にはならない!
俺がそういう土俵を用意したから、手数を意識した、単純な打撃以外はしてこなくなった。
耐えようと思えばこれは、耐えられる!
なら、準備できる!
「せかい、よ……」
「!?」
触れた。
アインがかつて触れたであろう、真理。
世界そのものを支配する、深淵を。
俺が、コイツより優位に立てるとするならば。
俺が、コイツに勝つならば。
アインが予想なんて出来っこない、あり得ない一手を打つならば!
「ボクの力を削ぐつもりか! ボクと、世界の境に、触れて!?」
「―――――」
何が、アインにとって嫌か。
それを考え、やり遂げる。
無茶でも、無謀でも、夢想でも、思ったのなら即座に実行だ。
自分の中で疼いているモノを無理矢理縛り付け、命令を聞かせる。何かを訴えかけてくるのが分かるが、俺の、コイツに勝ちたいっていう欲望よりも優先されるものじゃない。
より深く、より奥まで。人が触れてはいけない場所まで、潜る。
世界を支配し、そこからアインを切り離す。
少なからず恩恵を受けているだろう。もしも出来れば、大幅な弱体化は免れない。
これまで戦って、探り続け、ようやく繋がりが見えてきた。
アクセスするためのエネルギーや技術は、予想でしかない。それでも、
逆鱗でも、虎の尾でも、なんでもいい。触れてはいけないものでも、それが弱点であるのなら、勝てるのなら、なんでもやる。
高みへ。
もっと、高くへ。
この一瞬だけでも、アインより高く……
「奢るなよ、ガキ」
「!」
引き戻される。
アインの力の源を消そうとしたが、拒絶された。
俺の力でも弾かれるほどの強固な繋がり。
いや、違う。
アインと世界との間に、繋がりなんてなかったんだ。
そのもの。俺のように『支配』によって繋がりを得たのではない。
言葉にするなら、これは『同化』だ。
アインと世界の境界線がなくなり、イコールと化している。
俺が繋がりと認識したモノは、ただ、
完全な想定外。
俺が予想したよりもずっと、アインは深い場所に居た。
「お前がボクに勝つなんて、百年早いんだよ」
「――――――」
弾かれた。
大きな隙が出来た。
取り返しの付かない、致命的な隙だ。
目前に、拳が迫った。
多分、これで終わらせるつもりのやつだ。
俺が時を戻して再生するのは、何度も見せた。そして、俺は隙を晒した。
先ほど見せようとした奥義と同じ、凄まじい高ぶりを感じる。
喰らってしまう。喰らえば、死ぬ。止める間も、避ける間もない。弾かれた衝撃で、あらゆる行動が止まってしまった。
思考が、溢れる。
しまった 何してんだ
読み違えた
そんな事があっていいのか
バカが
クソ
嗚呼、勝ちたい。
勝ちたい。
勝って、俺は、皆に誇れる俺で在りたくて。
あ
「なに?」
「…………?」
備えていた痛みが、いつまでも来ない。
痛みを感じる間もなく気を失ったのかと思ったけれど、そうじゃないみたいだ。
閉じた瞳を、ゆっくり開ける。
すると、
「こ、この野郎……!」
放り捨てられた、アインの剣が、そこにあった。
この景色を、剣が俺を守るために立ち塞がっているとしか、形容できない。
不思議な現象に、俺もアインも、固まっている。
この不思議な現象が、何故起きたか?
なんとなく察していたが、この剣には、意思があるのだ。
そうと思わせる発言を、アインもしている。この眼で見ても、そうなのだろうと感じていた。恐らく、ほぼ眠っている状態だから、とても反応が低かったけれど。
だけど、今、俺には見える。
この剣は、何かを待っていたのだ。ずっと、何百年も、何かを。
「―――――」
掴めと訴えかけてくる。
俺は、その要望を、退ける事が出来ない。
磁石のように、俺の手と柄が引き寄せられる。
そして、
「!」
俺は、剣を振り抜いた。
剣を握ってから、構えて、斬る。
それまでの流れが、走馬灯みたいに遅く感じた。
でも、その間、アインはピクリとも動く事はなく、驚くほどすんなりと、斬れた。
あれだけ難しい事だったのに、息をするが如く、容易く出来た。
血塗れのアインは、不機嫌そうに仁王立ちだ。
なんと声をかけていいか、分からない。
すると、
「なんて、器の小さい野郎だ。普段から、まったく使わなかったり、要らねぇって愚痴ったり、放り捨てただけなのに、ここまで怒るかよ」
「……普通、そんなんされたら怒るぞ」
剣の訴えが、伝わってくる。
アインへの怒りや、ざまあみろっていう爽快な心地、さらに、アインとは関係のない、喜びや達成感、そして、悲しみ。
その意味を、考えられる余裕はない。
あんまりにも疲れてたし、考えるより前に、アインが喋りだしたからだ。
「まあ、いいや。ソイツ、君のこと気に入ったから」
「あ、ああ……」
「もう、ソイツの持ち主は君だ。好きに使いな」
アインは、そう言って踵を返す。
全身大小無数の切り傷だらけで、ボロボロの死にかけなのに、足取りは確かだ。
治そうと思って近寄ったけど、アインは静かに拒絶した。
「ボクの負けだよ。勝者が敗者に施しなんて、しちゃいけない」
「でも、俺は……」
「君は剣に認められた。ボクとしても、今の君になら、ソレを預けてもいいと思う。そして、君の目的はボクに認められ、その剣をもらうこと。なら、話はこれで終わりだ。仮の主として、せいぜい頑張りな」
俺の足は、止まってしまった。
俺の求める全てが、叶っていたことに気付いたからだ。
そして、アインも満足していると、気付けたからだ。
足取りは軽く、遠ざかる背は、なんだか重荷を下ろしたかのようだった。
「いつか、その剣の名前を教えてもらえるといいね」
俺がその言葉の意味を知るのは、少し先の話だ。
致命的な、決別の時の。
万能ではない今の俺が、知る由もない。
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