第110話 信じる先にある希望
大会終了。
本当は閉会式とか表彰式とかがあるんだけど、全部カットね。
そんなもん興味ないし、ボクの目的はクロノくんと戦った時点で達成済みだ。メンドイ上に、つまんない事をしたくない。
クロノくんとその仲間たちはボクを探してるみたいだけど、パスさせて欲しいわ。元々、ボクは一人が好きなんだ。気分が下がってる時は、人と居るより孤独で居たい。
……というわけで、誰にも見つからない場所に引きこもりました。
術の原理は、布を頑張って引き伸ばして、弛みから穴場を作った感じ。どこにも辿り着けないし、どこにもない。
ここでなら、誰の目を気にする必要がない。
「あ゛あ゛、つかれだぁぁ……」
寝転ぶと、服に染みた血が背中に当たる。
気持ち悪いことこの上ないけど、体を起こしたくもない。
早く傷を治さないとそろそろマズいけど、そんな気も起きないくらいだ。
もー、あらゆる事が面倒くさい。
あんまりにも疲れて動けない。気持ち的には、終電帰りをして今リビングのサラリーマン。着替えるのメンドイ、風呂入るのメンドイ、飯食うのメンドイ。さっさと寝たくて仕方ない。
マジでつらたん。もう一歩も動きたくない。
疲れてて、もう怠くて仕方がない。
こんな疲れたの、いつぶりかな?
戦闘において、疲労を感じる事自体が少なかったし、思い出せん。
死にかけてても、なんやかんや楽しかったな~って感じだったし。いつもの戦闘とは、やっぱりなんか違ったわ。
楽しいっていうより、おかしかった。命を削られる感覚が、心地よくなくて、不快だった。
全部終わった時には、もう、何よりも疲れが勝ってたね。
もー、指一本も動かしたくない。
なのに、不思議なんだよね。疲れてるのに、全然眠くないの。
疲れてるは疲れてる。
でも、それと同時に、抱える怠さと同じくらい、叫び出したかった。
「なんだよもおぉ……ふざけやがってさー! いくらなんでもご都合すぎるだろー!」
疲れてはいた。
疲れてはいたけど、同時にすっげえ腹が立ってた。
理由は、考えられるとすれば一つだ。
ボクが、負けたから。
……分かってたけど、腹立つなあ!
なんで、このボクが負けるのさ!
いや、分かってる。分かってるよ! ボクは別に勝ちに拘ってない。むしろ、乗り越えられる試練として、完璧に立ち回ったよ。
ていうか、ボクだって枷をしながら戦ったんだ。あんな戦いで、ボクが彼より下だって証明された訳じゃない。
でも、でもだよ!
負けたんだよ、このボクが!
飛車角落ち、いや、歩兵以外の駒全部取っ払っても勝つのが当たり前のこのボクが!
ボクが勝つなんて、当然の事なのにさ。掴んだ木の実を離したら地面に落ちるくらいに。
ざけんなよ、こら。おかしいだろ。
悔しくはない。
うん、悔しくはないよ?
でも、おかしいじゃん。
当たり前の事が覆るのって理不尽じゃん。
絶対無敵のチャンピオンが居て、ソイツの勝ちにベットしたのに、蓋を開けりゃ訳も分からずチャンピオン負けてんの。
賭け券があったら地面に叩きつけるでしょ?
別になんも賭けてないし、そもそも負けてんのも他人じゃなくて本人だけど。
「ムカつくぅぅ……」
かけられた不可逆の術を解いていく。
と、同時に再生機能を強化。
傷が、急速に塞がっていく。
「後で、ぜってー痛い目に遭わせてやる……」
体の不調が、全部治っていく。
ろくに動けないくらいマズかったが、今、快調になった。
重たいのは、気分だけだ。
「……生意気がすぎるよ、ホントに」
本当に、気が重い。
本来、こんなの気にするべきじゃないのに。
………………
クロノくん、強くなりすぎだよね。
マジビックリしたんだけど、マジメに。短期間で成長しすぎ。
あの時ボクは、本来フルスペックな事が前提の大技を、ムキになって出しすぎた。体に負担どころじゃない。本来、燃費がめちゃくちゃ良いのが売りで、その気になれば千年だって継続戦闘可能なこのボクが、たった三十分足らずでガス欠だ。
調子に乗りすぎて、出す力を間違えた。
なのに、ボクは負けた。
クロノくんは、ボクを上回った。
あの鉄屑も、何もボクの扱いとか普段のソリの合わなさで、ボクの手元を離れた訳じゃない。
アレはアレなりに、自分の新しい主を見定めたんだ。
アレは、ボクを仮の主として、自分に相応しい主を追い求めてた。でも、理想が高すぎて、四百年も相性が悪いボクと一緒に居た。
プライドの高いアイツが、半端な奴を選ぶはずがない。
その力と魂が、認められた。
これは、とても凄いことだ。
「…………」
ああ、凄い。
神に至らんとするのなら、こうでなくてはとも思う。
でも、あまりにも不穏だ。
いつか、ボクの手にも負えなくなるんじゃないかと思えてしまう。
「何を、悩んでるのやら……」
悩む必要なんて、無いことだ。
ボクはこの星で最も強い生命体。
今のクロノくんが百人居ても、正直ボクが勝つだろう。
仮に彼が神になったとして、純粋なエネルギー量は現在の千倍くらいかな?
でも、制限のないボクは、彼の万倍でも足りない力を有している。
見せていない技や能力も沢山ある。
想定を重ねるほどに、ボクが負ける理由はないと確信できる。
でも、胸のモヤモヤは何故か晴れない。
何故なのか?
答えを探しても、見つかる気がしない。
「あー、困ったなあ……」
「何が困ったと?」
……流石だな。
ここ、魔法で無理矢理作った不自然な空間じゃなく、そこにあるものを用いた空間だ。
つまり、とても感知しにくい。
今のクロノくんとて、ここにボクが居ることを感じ取るのは難しいはず。
それを、別の大陸から気付いた上で、支配権のない場所に転移とは。ボクと同じ、いや、それ以上に力を制限されているのに。
「教主」
「何かに囚われるとは、貴女らしくない」
侵入に気付けなかったのは、構わない。
コイツは今、居るか居ないのかも分からない存在だ。
だから、ボクでも、感知できない。
「こんな所に出張って、どうしたんだい?」
「無用な問答を嫌う貴女らしくない。用件は、分かっているでしょう?」
一人になりたかった。
こうして場を整えたのは、誰にも会いたくなかったからだ。
コイツが文句言いに来るとか、もう目に見えてたし。
「ったくよ。お前が死んだら、ボクらは即ゲームオーバーなんだぞ?」
「分かっています」
「お前が死ねば、ボクはもう神を創り出す意味がなくなる。敵討ちなんて、ボクがすると思……」
「分かっています」
全部、分かってるのか。
そうか、そうなのか。
……やっぱり、そうなるのか。
「馬鹿馬鹿しい話ではありませんか? 私も、貴女も、誰にも殺せるはずがない。恐れる必要がどこにあると?」
「……お前が、それを言うんだな」
「ええ。貴女の言葉を借りるなら、その気になればその日の内に人類を滅ぼせる我々が、いったい何に怯えれば良いのか?」
せっかく、いつも使ってる建前を言ってるのに。
コイツ、いつもと言ってること逆じゃん。
まあ、ボクもそうなんだけど。
「そんなことよりも、です」
「…………」
「何故、あの剣を渡した?」
空気が、変わる。
ボクが用意した世界にヒビが入る。
あぶねぇ。
やっぱ、用意しておいて良かった。
もしもこれが地上だったら、この時点で『騎士団』にバレてた。
ボクの言えた事じゃないけど、コイツが動いた時の影響デカすぎるんだよなあ。
小さく漏れ出た、残滓のような気配。封印されている今でさえ、その残滓で、万を超える人間を殺せるんだから。
「アレが、我らにとってどんなものか、分からないはずがないだろう?」
「…………」
「あんな若造に、何故渡す?」
……コイツは、自分の存在そのものを、自らの手で封印した。
存在そのものを封印されれば、世界に己を確立させるための姿を失い、声を失い、魂を失う。永久に、根源的に活動を止める事になり、失ったにも関わらず、こうしてボクらに干渉できるのは、コイツの巨大すぎる存在を、誰にも封じきれなかったからだ。
ボクにも、コイツ自身にも。
コイツは、化け物だ。
理屈なんて、簡単に踏み潰す力がある。
「答え如何で、私は貴女を攻撃します」
「…………」
本当に、人を辞めたくせに人らしい奴だ。
よくもまあ、これだけ強い執着を持ち続けられるもんだよ。
単純な戦闘能力ならボクが上だけど、別にそれだけで勝負が決まるわけじゃない。
心は、大いに勝敗に関わってくる。
そして、その心が、コイツは特に侮れない。
……あんまり強い言葉を使いたくないんだけどな。
「そりゃ、こっちの台詞だぜ」
「――――」
「てめえ、こんな程度のことでウダウダと、本気で神を創るつもりはあんのか?」
コイツは、普段は感情を抑えてる。
冷静ぶってはいるが、その本質はボクと同じで、激情家だ。
こうして怒るのは、随分久しぶりだけど、別に初めてじゃない。まあ、無関係な人間まとめて殺すレベルで怒るのは初めてだけども。
じゃあ、そんな時はどうするか?
相手以上にブチギレればいいんだよ。
「半端な覚悟を見せるな、クソ萎えたぜ。ボケ老人め、てめえ、耄碌しすぎだろ」
「――――」
「今回の件で、アレは大きく成長した。さらに、ボクに対する信頼も増しただろ。大局を見ろよ。いったいどこに、問題がある?」
悪いが、冷静に宥めてやるなんて器用なこと、ボクには出来ない。
人の感情の機微なんて知るもんか。
元人間同士、化け物としてのコミュニケーションしか、ボクはするつもりはない。
「しかし、あの剣は……」
「今回の件に必要なものではない」
相手が凄むのなら、こっちはそれ以上に凄んでやる。
まあ、ほぼエネルギーを自由に出来ないボクが出来る威圧なんて、せいぜい雑魚を戦闘不能にする程度のものだけど。
「大切なものだった。出来るなら、ボクも手放したくはなかった。でも、手放した方が、成功に近付くんだ。なら、もう答えは一つだろ」
「…………」
「引きずるなとは言わん。むしろ、それがお前の強さの源だ。だが、本当に大切なものを見失うな。ボクらの目的はなんだ?」
答え如何で、ボクはコイツを殺す。
目的を達する心意気が無いのであれば、コイツはもう死ぬべきだ。
まだ見ぬ世界に焦がれ、されどそのための努力を怠る。そんな醜い姿は、晒す前に片付けてやるのが、ボクたちにとっての友情だ。
「…………」
「答えは?」
「……貴女の判断が正しい。神を創る事すら、我らにとっては通過点なのだから」
思わず、笑みが溢れた。
良かった、殺さずに済んで。
「申し訳ありません……冷静では、ありませんでした……」
「構わんさ。お前が怒って間抜け晒すなんて、四百年前は日常茶飯事だったし」
「真性の間抜けの貴女に言われたくありません」
軽口が叩けるくらいにはなったか。
良かった良かった。切り替えの早さは、コイツの数少ない取り柄の一つだよなあ。
あー、胸倉掴んでぶん殴りてぇけど、今のコイツにそれは出来ねぇし困った。
「ていうか、あの剣は、そもそもボクのだっただろ。お前にとやかく言われる筋合い無いんだけど?」
「薄情に磨きがかかりましたね? 友から授かったものを平気で他人へやるとは」
「うるへー!」
別に良いだろ、一振りくらい。
もう一振りはお前が持ってるんだし。
ふぃー、なんとかなったぜ。
我ながらちょっとばかし危ない橋を渡った気がせんでもなかったけど、大丈夫だったな。
まあ、教主の理性次第だったけど、最悪この星が死んでたけど、終わりよければすべてよしってね。
こうして二人きりになる機会もあんま無いし、雑談でもして帰ろうかな?
最近のクロノくんたちの様子なんて、聞いてて面白いと思うし。
ボクは、教主の方へ目を向ける。
でも、教主はボクの方を向いてはいなかった。
「……時代は、移ろうものですね」
「どうしたよ、急に?」
「貴女が授かった剣、『天空』は、誇りの塊のような剣でした」
急に、しゅんとしやがる。
この野郎、情緒不安定かよ。
「究極に最も近い
「……辛気臭いのは嫌いだ」
「ですが、今は楽しそうです。自分の主足り得る逸材に会えたと。前の仮の主は、不調法者で困ったと」
「あんの鉄屑……! ……あぁ、いや、覗き見やめろよ。趣味悪ぃ」
便利だねぇ。
過去を見るなんて使い勝手の悪い能力とは違う。
ボクもそっちが良かったなあ。
じゃねぇや。
使えるからってプライバシーの侵害はいかんよ。
「お互い、ソリの合わない剣を任されましたね。不運なことです」
「狙ってたよ、絶対。逆なら相性が良すぎて、何しでかすか分かんねぇから」
「……そう、かもしれません」
辛気臭い。
重すぎだろ、コイツ。
………………
「……ま、お互い我慢するのも、あと少しだ。神さえ御せれば、ボクらの計画は大詰めさ」
「……ええ。永きに渡る忍耐の日々も、ようやく報われる」
でも、それも分からんでもない。
ボクだって、その日を待ち続けたんだ。
重くなるのも、当然だよな。そうなるだけの想いを積んで、そうなるだけの時間を願ってきたから。
……そうだな、別に良いか、今くらい。
今だけは、目的のため、決意でも示してみせよう。
教主もボクも、気持ちは同じだから。
「二年だ。二年後、アレにはこの世界の神になってもらう。そのために、贄に出来るものは、何でもくべてやる」
「ええ。そうです。そうしましょう。嗚呼、ようやく、我らは救われる。物語を、終えられるのですね」
慈悲もなく、恐れもなく、ボクらは禁忌を犯す。
どんな罰が下ろうと、その判断に、一欠片の後悔だってない。
嗚呼、胸が痛むよ、クロノくん。
でも、仕方がないんだ。
ボクの幸せのために、君は試練の道を歩んで貰う。
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