第26話 喧嘩はやめようね? マジでろくな事にならん


 月明かりに照らされて、黄昏る。

 昼と違って、夜は静かで良い。

 騒ぐ輩が居なくなるだけで、世界はまったく別のものに一変する。

 いつまで、いつまでこうしてたい。

 世界の美しさに、浸っていたい。


 …………


 はーい、ボクだよ?

 寂しかったー? 寂しかったんじゃない?

 ボクって皆の人気者だからなあ!

 人気すぎて、皆がボクのこと構ってさあ! 教団じゃあ、ボクの一挙手一投足に皆注目してたよ!

 あっつい視線を送ってきてさあ!

 皆、ボクのこと大好きで、いつ後ろから刺してやろうって面してたよ。

 人望なくて笑けてくるわ!


 あ? いきなり騒ぐなって?

 さっきまで何かキザったらしくしてたろって?

 うるせー! ボクは好きな時に好きなだけ騒ぎたいんだよ!

 天丼だわ、クソボケが!


 良し! おふざけ終わり!


 ……はあ。

 ダルかったなあ。

 本当にここに来てから、やることがいっぱいあったのよ。

 何かって言うと、前と同じような仕掛けね。

 クロノくんに神の力に馴染んでもらうための、絶望を用意しないといけないんだ。

 繊細な仕事だから、面倒なんだよ。

 何かが狂えば、全部おかしくなっちゃう。

 計算がもう、大変なこと大変なこと。


 そこらにまじないをするにも手間がかかる。

 メインプランが完璧になるように何度も見直しした。

 メインプランが上手くいかなかった時のサブプランも同時に調整しないといけない。

 サブも、一つや二つじゃないしさあ。

 ホント、忙しくて目が回るよ。

 分身の術でも使えればマシなんだけどなあ。ボクが使えない類の術なんだよねえ。

 教主に教えてもらった事はあるけど、もう全然駄目だった。

 

 あー、クソクソ。

 いやだねえ、ホント。

 


「面倒だったのはこちらですよ」



 お、エセ神父くん、チッスチーッス!

 なに? どうしたの、そんな疲れた顔して。

 やれやれ系ってやつか? アレ、今じゃそんな流行らないぞ?

 ていうか、人を導くのが神父の役目だろ? そんな変な顔した奴に誰が付いて行くのさ? そんなだから、エセ神父って言われてるんだよバーカ。


 あ、エセ神父くん青筋立ててる。

 煽ってもないのにピキピキで草。

 ウケるー。

 


「……貴女、今何を考えていましたか?」


「そんなだからエセ神父って言われるんだよって思ってた」


「それ、貴女からしか言われてませんよ」



 皆、真面目だよねー。

 こんな捻くれた神父なんてエセで十分なのに、ちゃんといっちょ前の神父として扱ってやるなんて。

 二百年くらい生きてるはずなのに、まだまだ未熟なんだからさあ。

 厳しくしてやらないと駄目っしょ。

 ボクなりの優しさなのに、分からんかねぇ。



「まあ、いいや。それで首尾は?」


「上々ですとも。小生が手配した仕掛けは、順調。今日にでも来るはずですよ」



 わっるそうな顔してんなあ。

 コレのどこが清廉なる神の使徒だよ。

 普通に悪徳貴族か悪徳商人が似合ってるね。


 思わず、溜息が出てくる。

 こんなにも現実は腐ってるのかと思っちゃう。

 コイツの言う仕掛けとやらも、聞いててホントにビックリしたんだから。

 幸薄ちゃんも可哀想に。こんなのに目をつけられるなんて、マジで幸薄かったんだなあ。

 


「うん。ならいいんだ。でも、驚きだったよ、ボクらって本当に悪の組織だったんだねえ」


「何を今さら。我ら全員、その自覚はありましたよ」


「なんだよぉ、現状に文句あるのってボクだけかよぉ……」


「ええ、そうです。いつも貴女は文句ばかりで、暇そうで良いなと思いますよ」



 コイツ、嫌味が着実にキツイな。

 いや、まあ、ボクは他の奴らに比べたらそりゃあ暇だけどさ。

 でもそれはね? 理由の大半は、君らが何もさせてくれないからだよ!

 ボクの専門は破壊工作なのに、ボクが運用するエネルギーが無きゃどのプロジェクトも動かせなくなるからとか、ボクの事を出し惜しみするからじゃん。

 その気になったら、うろちょろ鬱陶しい『敵』共を全滅させられるのにさ。

 


「お前らが色々複雑に考えすぎなんだよ。もっとシンプルにやりゃあ良いのに」


「参考までに聞いておきましょう。どうせ、阿呆な提案でしょうが」



 めっちゃ見下してくるじゃん。

 なんだよぉ。ちょっと頭がいいからって見下して良い理由はないぞぉ。

 ていうか、これまで四百年も手ぇこまねいてた理由だろ。

 聞いて慄けよ、クソったれ。

 


「……ボクと教主の二人でこの星の人間全員殺せばいいじゃん。これなら、邪魔する相手は居ないんだから、ゆっくり目的を達すればいい」


「ツッコミどころがあり過ぎですが? 本気で言っているなら、軽蔑しますよ?」


「なんでさ?」



 そんなおかしな事を言ったか?

 これが最短だろうに。

 


「ボクたちの戦闘力は知ってるでしょ? 正直、全人類VSボクたちなら、普通に勝てるよ?」


「…………」


「ああ、星の干渉は気にする必要はない。星が動くのは、星自身が脅かされた時だけだ。一つの種族が滅びるくらいじゃ、絶対に動かない」



 ボクからすれば、やらない理由がないけどなあ。

 多少手間はかかるけど、その後の事を思えば、やっといたら良いんじゃねって思うよ?

 夏休みの宿題みたいなもんさ。最初に頑張ったら、後々で楽ができる。デメリットより、メリットの方が余裕で大きいと思うけども。

 昔は色んなアプローチが出来る人間が欲しかったし、やる旨味も少なかった。でも、もう十分すぎるくらいに、人材は確保できている。

 もう、目的にも王手がかかってるんだ。もうやっちゃっても良いでしょ。

 本当に、何で皆コレしないんだろ?

 思議で仕方がないんだよなあ。


 首を傾げちゃう。

 彼らの事を、本気で理解出来ないから。

 コレを拒否する理屈を、誰も話してくれないんだよなあ。



「別に良いでしょ、人類なんて滅んでも。別に、何も起きないよ、この星から見れば」


「…………」


「なんでやんないの? 分からないよ、マジで」



 我ながら、ドライ過ぎる思考だね。

 でも、偽らざる本音だしなあ。

 人間なんて殺すだけ殺せばいいと思ってるし。

 ボクとしては、目的のために全力を尽くさない方が、おかしい気がしてくる。

 

 ……どうやら、それがお気に召さなかったらしい。

 エセ神父の威圧感が大きく膨らむ。



「貴女は、そうでしょう。何もかもが盤上の出来事でしかない、超越者としての視点に慣れてしまった、貴女は」


「…………」


「言ったはずです。本気で言っているのなら軽蔑すると」



 悪いのはボクなんだろうけどさ。

 でも、全部ボクが悪い訳じゃあないよ?

 中途半端なこいつ等が悪い。



「はっ! 何が軽蔑するだよ。やるんなら、ちゃんと悪役やれよな」


「徹底してる貴女の性格は嫌いではありませんが、小生たちは理解しているのです。分をわきまえない行動は、思想は、身を滅ぼすのだと」


「どこが。お前たちは恐れてるだけだ。一線を踏み越える勇気がないから、『分』なんて耳障りの良い言葉で誤魔化しているだけだ」



 本当は、『分』なんて無いんだよ。

 ボクと教主の二人で、全人類余裕で滅ぼせるって言ってるだろ?

 出来るもんは、出来るんだ。

 ここに『分』なんてものは持ち出せない。

 そりゃあ、能力がない人間が、出来ない事に挑む時に言う言葉さ。



「…………」


「臆病者め。だから、何百年も前に進めなかったんだ」



 ボクの視点からじゃあ、こう言うしかない。

 こいつ等の臆病さには辟易してた。

 中途半端に頭が良いから、最後の一線を超えられない。

 長いことボクの事を疎んでたのにさ、ボクを最後まで陥れられなかった。

 バカだからだし、弱いからだ。

 心身とも、ボクには遠く及ばない。

  


「それでも、です」


「…………?」


「小生は、矜持まで失ったつもりはありません」



 …………


 その矜持とやらは、目的よりも大事なのか?

 ボクは、とても愚かだと思うけどね。

 同じ事を思う同士が居ないのも、まあまあ辛い。

 皆、どうしても甘さを捨てきれないんだ。悪さなんて死ぬほどしてきたくせに、どうしてそこは越えられないのか?

 今さらなんて話じゃないだろ。

 クロノくんの件は、偶々上手くいったから良いけど、奇跡がなけりゃ永遠に目的は達せられなかったね。

 甘いから、くだらないから、こうなるんだ。

 


「バカだねえ」


「愚かで結構。私は、人を踏み躙りますが、人に絶望した訳では無いので」



 五十歩百歩だろ。

 全然分からん。

 


「……うん、もういいわ。今回の事を話そう」


「何故こんな話になったんでしょうか?」

 

「……お互い、くだらん事を考え過ぎてたな。仕事に集中しよう。仲違いで失敗なんて、本当に笑えん」



 やれることは全部やるべきだ。

 ここが、正念場だからね。手抜きはいけない。

 


「じゃあ、一応改めて聞こうか。何人用意したんだ?」


「三人と一匹です。では、我々が描く絵図について、語り合いましょうか」



 まだまだ、夜は長そうだ。 



 

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