第27話 うちの教団って結構デカいんだなあ
結局、暗くなるまで何も見つからなかった。
最初の資料室には、やはり何も目ぼしいものは置いていない。
魔法的な隠蔽や防御があるはずだと、屋敷中の壁や床、天井まで調べたいのだが、どこにもない。
クロノも、アリシアも、察知能力は高いのだ。
目を皿にして探し回り、それでも無い。凄まじい技術によって守られているか、それとも、そもそも存在しないか。
後者は、かなり可能性が高い。本命は、領地にある本邸。そうでなくとも、隠し場所は他の、手の届かない場所へ隠す可能性は大いにある。
前者は、かなりまず無いだろう。そこまでのレベルの防御となると、本当にかけられた金の額がおかしくなる。
次はどうしようかと、アリシアは悩む。
結局、夕食に呼ばれるまで、何の成果もなく屋敷をうろつくだけになってしまった。
長いスパンで監査をするつもりであり、一度や二度の失敗は想定内。
しかし、何の手応えもないのは堪える。
また、頭痛がしだした。
どうするべきか、悩ましい。
「…………」
分からず屋の両親を、どう上手く受け流すか。
どうやって『なんとなく大丈夫だろう』と思わせるか。
両親からの自分の評価を落とすことなく、アリオスとアインには自分の手腕を見せつける。
出しゃばれば両親の不興を買う。抑え過ぎれば両親に狙われた二人は不快感を覚え、アリシアの評価は下がる。
塩梅を考えて、そして頭が痛くなる。
「頭が痛い……」
薬を常用したくない。
アレは金がかかる上に、効き目が薄い。
回復の魔法を使えれば良いのだが、多少の外傷はともかく、病を癒せるほど高位のものは使えない。
いや、そもそも、根本的な解決にはならないのだ。
元を断たねば、終わりはない。
苛立ちながら、その激情を抱え続ける。
「夕食、夕食……」
会話のイメージを作りながら、どうやっても、頭が痛い展開になる。
厄介すぎて、まったくやる気が出なかった。
食欲不振は今に始まった事ではないが、それでも口に放り込まなくてはいつか倒れる。
しぶしぶ、食事が用意された部屋へ赴いた。
足取りは重く、どう見ても気が乗らない様子。
扉の前に立つまで、陰鬱とした雰囲気が漏れる。
気持ちを切り替えて、仮面の笑みを張り付けるまで、いつもより時間がかかった。
控えるメイドが扉を開けるまで、気配を誤魔化すのに、猶予はギリギリだった。
気を引き締めて入室するのだが、
「……お父様とお母様は?」
「急な来客があったとの事です」
それだけ言われて、席に付く。
予想外の出来事だ。
この場を捨て置いてまでやるべきことがあるとは。
いや、客が来たのなら当たり前か。
将来有望な子供より、今の実を捨てるのはリスキーすぎる。
なるほど、仕方がない事だ。放っておくのは、取れない選択肢だろう。
「…………」
食事の準備を進めるのを、脇目に見る。
テキパキと並べられた皿の上にある料理たちは、きっと美味なのだろう。
疲れているからか、体が目の前のものを求めている。
しかし、空腹をくすぐる匂いより、満たされたいという欲望より、気になるのだ。
何を話しているのか?
誰と話しているのか?
もしかすれば、それは弱みになるのでは?
そんな事を考えれば、もう止まらない。
「おお、早いなアリシア」
「……アインは居ないのか」
あとから来たクロノとアリオスにも、興味はない。
それよりも、今ここに居ない二人だ。
健全な取り引きならば、自分を売り込む場にすればいい。そうでないなら、願ったり。
やるなら、今しかない。
チャンスは、今、やってきた。
「……皆さん。二人と話をしたいので、外していただけませんか?」
素直に従う使用人たちの教育は、行き届いているようだ。
上の者の命令は、素直に聞いてくれる。
とても、有り難い。
取り残されて不思議そうな顔をする二人に、アリシアは優しい笑みを零した。
気づけば頭痛も収まり、清々しい気分になっている。
一見、まさに聖母のような、優しい笑み。
しかし、
「アリシア……?」
「すみません。皆さん、少し付き合ってもらえませんか?」
打算に満ちた裏側は、隠しきれない。
※※※※※※※
「随分と、急なのではないですか?」
そこは、屋敷の地下に置かれた倉庫だった。
灯りは最小限で薄暗く、おどろおどろしい。なんとも埃っぽく、それに嫌な匂いが漂う。
貴族が居たい場所ではないだろう。
それでも、わざわざ彼らが赴いている。
オーディルとアイラの夫妻は、不満げな表情を隠そうとしない。
不本意、それ以外の心根はない。
オーディルが言う通り、急な話だからだ。
いきなり『荷物』と共に現れた時は、時間が止まったようだった。
予定では、次の会合は二月は先。いきなり過ぎて、何も準備出来ていない。これでは、求めている代金を払い切れない。
その事を分かっているのかと、詰めている。
「ご存知とは思いますが、いつもお支払いしている『品物』は、調達が難しいのです。こんなに早く来られても、同じ量はありません」
「このような事態が起こるのなら、事前に連絡くらいは欲しかったですわ」
その程度の事も出来ないのか?
ビジネスの上で必須だろう。
責める口調は崩さない。
当然、急にやって来た向こうが悪いに決まっている。
立場が違うのだとしても、言える事も言えないのなら、傀儡と変わらない。
反骨心は最低限見せなければならない。
その小言も、強く恨んでいる故ではなかった。
だから、相手も特に気にしない。
二人の前に立つ男は、至極平静なままに言う。
「そうはいかんのさ。俺も、いきなり上に命令されたんでな」
それは、胡散臭い男だった。
最低限服装は整っているが、怪しい
ボサボサの髪と無精髭のせいで、威圧感も酷い。
ヒョロリとした体躯と猫背が、さらに怪しさを倍増させていた。
まるで、夜中にざわめく柳のような男だった。
男は重く、暗く、粘り付くような声色で続ける。
「上のことは分からんね。色々と考えてはいるんだろうが、俺みたいな下っ端からすれば、ただの気まぐれにしか思えんね」
「……で、貴方は上の命令を守らねばならない、と」
「無茶を命令するのが上司で、無茶を達成するのが部下だからな」
舌打ち混じりに、男は言った。
その内容に、オーディルは冷や汗をかく。
つまり、いつも通りの取り引きということ。
懸かっているのは、互いの命だ。必死であるし、引くなどあり得ない。
男は失敗すれば消されるだろう。二人も、命を懸けた男の暴力には叶わない。
嫌な静寂が、周囲を包む。
「……少なくとも、十は足りませんぞ?」
「用意は、慎重にしなくてはいけないのです。この短期間では……」
「ああ、分かってるよ。だが、やれ」
男の圧力が増す。
ソレが有する暴力が、どれほど凄まじいのか?
生憎、二人には詳しく測る事は出来ない。だが、門外漢でも、コレは理解できる。
その気になれば、男はこの屋敷の中の全ての人間を死体に変えられるだろう。
表には出さないが、恐れを抱く。
男の危険度もそうだが、何よりも、これでも下っ端だという組織の層の厚さにだ。
「おたくん所はうちの得意先だからな。他の連中よりも色付けて報酬は払ってきたんだ。すこーし、払いすぎた分を回収したいだけなのさ」
「そうは仰っても、無いものは無いのです」
アイラの言葉に、男は肩をすくめる。
まだ分かっていないのか、と呆れるように。
「無いんなら、調達すればいい。今すぐに」
「……どういう意味です?」
「この屋敷にゃ、使用人が三十人は居るだろう?」
思わず、身を固くする。
やはりそうなるかと、思わず生唾を飲む。
声が固くなりすぎないよう、この緊張を隠す。
立場がどうであれ、主導権を取られる訳にはいかない。こちらが上だと、そう認識させねばならない。
「馬鹿なことを。アレらは、私達が長い時間をかけて教育した、私達の資産だ」
「それこそ、貴方が支払えるものではありません」
自分たちのものだ。
譲り渡せるものではない。
強く、強く在ろうとし続ける。
「急な仕事です。相応の対価は……」
「おい」
不機嫌そうな、男の声。
遮るのは、強い苛立ち故だった。
空気が凍ったのではと思うほど、ドロドロとしたものを感じた。
男が巨大になったように見えた。
おぞましさに、冷や汗を流す。
思わず後退りしたのは、そのためだった。
「何度も仕事をした仲だ。俺だって、あんたらを殺したい訳じゃあない」
「「…………」」
「今回の注文は、絶対だ。悪いが、『絶対だと』厳命されてる」
誰かの、嗤い声が聞こえた気がした。
その主は、きっと運命というのだろう。
強大な何かが、小虫のような自分たちが足掻く姿を見て、嗤っているのだ。
守ろうとした幸せは、手をすり抜ける。
通したい願いは、踏み躙られる。
「確か、ガキが来てるんだろう? それも三匹」
「! それは……」
「どこで、それを聞きつけたのです?」
逃げ場をどんどんと潰されていく。
どこにも、行く場所がない。
男が口を開く度に、窮地へ追いやられる。
長く闇に浸かりすぎてきたツケがやって来る。乾きを癒やすために飲んだ毒杯は、既に巡った。
終わりが近いのだと、もうとっくに悟っている。
「『越冥教団』は、あんたらが想像してる以上にデカい組織なのさ」
巨悪であることを、隠しもしない。
示すのは、どれだけそれが巨大で、容赦のない組織であるか。
何に頼ろうとも無駄だと思わせるか。
この世の全ての悪をそこに集めたかのような集団であることを、教えてやる。
そのためならば、
「越冥、教団……?」
「……? 誰か、何か言ったか?」
「? いえ、何も」
一瞬、緊張が途切れる。
男も夫妻も、何かを考え込むようにしたが、それもすぐに打ち消された。
「とにかく、期限は一日だ。いつも通りの量を、用意しろ。この一日だけは、俺は誰にも手を出さない。それが最大限の譲歩だ」
男のソレは、絶対の命令だった。
失敗は許されない。
どんな手を使ってでも為されなければならない。
迫られた選択は、どちらも裏切りであり、どちらも苦痛を伴うものだ。
しかし、やる他にはない。
すぐにでも、どちらかを選ばねばならない。
「……分かりました。やりましょう」
何を犠牲に何を守るか。
コレは、それだけの話だ。
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