第41話 争いごとに至るまでがスムーズ過ぎるだろ


 人類は負けていました


 始めは数で勝っていた人類も、いつの間にか逆転してしまっています


 力も、数も、負けているのです


 もはや、詰みに近い状況でした

 

 こうなってしまった理由も、やはり、いくつかありました


 人間の悪いところが二つ


 長らくの平和によって、兵士の練度があまり高くなかったのは、皮肉です


 長らく平和を保ちつつも、決してお互いに親密ではなかったのは、さがです


 対して、魔物は徹底しています


 魔王の命令なら、命尽きるまで戦います


 魔王の元で、全ての種が統一されています


 初撃で崩され、立ち直る事もできずに押し込まれてしまいました


 勝てるはずがありません


 数多の英雄は、多くの魔物を殺しました


 しかし、やはり最後には、魔物に殺されます


 魔物が沢山死んでも、まだまだ拮抗にさえ程遠い


 まさに、絶望です


 万にひとつも、勝ち目はありません


 老若男女問わず、魔物の胃の腑に収まるでしょう


 人類の絶滅も、時間の問題でした



 ……『勇者』が現れるまでは


  


 ※※※※※※※



 いや、なんで?

 まだ十分も経ってないんだが?

 なんでもう、決闘開始直前まで事が運んでるんだ?



「よろしく頼む。ロックフォードさん」


「…………」



 仮にも授業中だろ。

 なんでこんなにスムーズに『決闘してきまーす』『オッケー』ってなるん?

 話早すぎて付いていけんくなるわ。


 取り敢えず、何かあった時用に一番前で備えてはいるけども。

 クロノくんとツンケン娘を囲う結界の、真ん前で待機中である。

 ボクの立ち位置は現場のカメラマン的な位置である。

 ということで、二人の仕合いの様子は、放送席の実況の解説に頼んどこう。

 

 

「クロノくんの決闘、二度目ですね、アリオスさん?」


「そうだな。一度目とは違う、見ごたえのある仕合いであって欲しいものだ」


 

 馴染むのも早いな、これ。

 決闘の見学は自由みたいだし、幸薄ちゃんと貴族くんはあっという間に見に回りやがった。

 一応、魔法の実践の授業じゃなかったっけ?

 それとも、決闘なら授業の代わりにやっても良いってこと? それとも、このクラスが特進クラスだから特別扱いされてる?

 やべー、常識が分からんから全然理解できない。

 ていうか、世俗に関してはボクと同じくらいの知識量だろ、クロノくん? 君もボクと一緒に困惑してくれないと困るじゃん。



「しかし、リリア・リブ・ロックフォード、か……俺は彼女の事はほとんど知らないな」


「おや、ならば僭越ながら、解説して差し上げましょうか?」


「女狐の解説がどこからどこまで本当か分からないから、注意深く聞いていなくてはならないな」



 え、仲いいな。

 案外相性いいのかもしれないな、二人。

 お互い副音声が付きそうなこと言ってて怖くてしゃーないけども。



「リリア・リブ・ロックフォード。ミセア帝国からの留学生。ロックフォード侯爵家三女ですね。婚約者は居らず、社交会などにも滅多に顔を魅せませんでした。ロックフォード家自体、あまり情報を表沙汰にはしない一族ですので、得られる情報も少なくなってしまっています」


「他国の事情にも詳しいのか」


「特進クラスの留学生が彼女だけというだけで、この学園には数多の外国からの生徒が在籍しています。彼らに伺っただけですわ」



 楽しそうだね、幸薄ちゃん。

 幸薄そうなの、マジで見た目だけだよなあ。

 


「ただ、ロックフォード家は皇族の直属と裏で繋がっているとか」


「裏で……なるほど、な……」


「お察しの通りです」



 解説してくれよ。

 まあ、大体想像はつくけどね?


 帝国の皇族とパイプがあるのに、それが噂になる程度しか情報が流れない。

 他家との関係性は薄い。さらには資金繰りの情報を得られないくらい、何をしているのか分からない。

 なのに、家の位は侯爵と身分はかなり高い。

 国のため、皇族旗下で何かしらの後ろ暗いことをする一族なんだろうね。

 それでも普通に考えれば、国のトップに立つ一族が、家臣との関係性を誤魔化す必要はないんだけど、そこすら誤魔化してる。

 ということは、『禁忌』に関する研究でもしているんだろう。


 世界にある五つの『壁』は、触れことすら禁止されているんだ。

 その徹底ぶりは凄まじいもんで、リストフィア教国って国が主導で、『壁』もとい『禁忌』に関する研究を取り締まる、異端審問官じみた組織すらある。

 昔から居るけど、拷問すらじさないイカレた集団だったね。

 それだけ『禁忌』は危険で、恐ろしいものって伝わってるし、概ねその伝承も間違いじゃない。ボクだって、こんな組織に身を置いてないなら賛成だ。触れること自体がイカレてるんだもん。


 でも、『壁』に触れようとするイカレ野郎は、実は後を絶たない。

 うちの組織が良い証拠だよ。興味本位だったり、悲願だったり、なし崩し的だったり、理由は様々だけど、星が決めた数少ない絶対のルールに抗おうとしてる。

 星が絶対と定めたのも、別に意地悪でしてるんじゃない。

 これを禁止しなければ、世界を維持することができないと判断したから、禁止しているんだ。

 


「では、この決闘の意味はどうだ? お前の見立てを聞いてやる」


「理由を付けるなら、きっかけ作りでは? クロノさんは異常です。色々な意味で、その身柄をロックフォード家で確保したいから、その一歩としてとか。それにしては物騒ですし、時期も遅すぎる気がしますが」



 でも、『壁』についての研究って、実はめちゃくちゃ旨味があるんだよね。

 国単位で考えたら、本気で『壁』を越えようってんじゃなく、多分兵器転用が主目的だろうし。

 世界がルール規制するくらいなんだし、『壁』に関する魔法は、大体危険だ。どの分野でも、戦争の道具として使おうと思えば、相手の国が余裕で滅ぶくらいの事は出来る。

 帝国は、それで戦力を高めたい、もしくは抑止力として持っていたい。

 扱うにしても、リスクが高すぎるって思うかもしれない。

 でも、国の判断なんてそんなもんよ。核兵器だって使うの大まかには禁止されてても、持ってる国は持ってるし、開発しているとこはコッソリしてる。

 他よりも凄いモノを持っていたい。じゃないと安心できないもん。

 理由なんてそれで十分なんだろう。


 表向き、ツンケン娘の家とその主である皇族が関わりを誤魔化してるのは、バレた時のリスク回避のため。

 国としてではなく、個人が勝手にやってましたーっていうね。

 流石にイカレ集団でも、確かな証拠も無しに国のトップぶっ殺せないもん。

 良いように言えば、礎すら厭わない裏の忠犬。悪く言えば、国のための捨て石にされてる負け犬ってところか。


 まあ、二人の予想とボクの意見も違わない。

 クロノくんが才能の原石なのは明らかだし、人材的にか、実験材料的にか、欲しいのは確かだろう。

 でも、なんでこんな物騒なんだ?

 それなら普通に仲良くなりゃいいのに。



「……やはり、分からんな」


「いきなり決闘など、普通はあり得ませんからね」


「なに、貴族の決闘であるなら、殺傷は違法にはならん。貴族は良くするだろう、決闘? なら、非常識な手ではない。違法行為とは違う」



 うん、本当にそうだわ。

 ところで、この二人は皮肉を言わないと会話できないんだろうか?

 二人共、皮肉言われても怒ったりしないのが何か余計に怖いな。


 

「……他に目ぼしいロックフォードの情報は?」


「ほぼありませんよ。ああ、決闘には直接関係ない事でしょうが……」



 おお、外野の声に惑わされず集中してて偉いぞクロノくん。

 ボクなら外で誰か話してたら内容、気になってたしゃーないと思うわ。

 ちゃんと相手を観察して、集中してるね。

 すっごく真剣でビックリしたよ。

 にしても、ちょっと真剣すぎる気がするけど。



「彼女、呪術使いとしての資格を歴代最年少で取得しています」


「そうなのか……まあ、決闘には関係ないが……」



 そうだよ、決闘に関係ない話すんなよ。


 この決闘も、使えるのは魔法と体と持ち込みの武器までよ。

 それ以外は使ったらダメなんだって。

 ていうか、それ以外って何よ? 呪術や神聖術みたいな魔法以外の術理は、厳格な管理の上でしか使えないんだから。

 許可取りとかめちゃくちゃメンドイよ?

 三百年くらい前の話だけど、確か教国の特別な資格を持った貴族が立ち会わないとダメだった気がする。

 今のルールは知らんけど、あんまり変わってないんじゃね?

 確かに凄いんだろうけども、戦闘に関係ない部分だし、別にいいでしょ。


 まさか、こんな場で呪術を使う訳ないない!

 なんならボクの全財産賭けてもいいよ!

 


「……おかしいな」


「いかがしましたか?」


「敷いてる結界、緩んでないか?」


「そんなバカな。龍でも閉じ込められる結界ですよ? 学生の魔力放出程度で崩れるはずが……」



 ……いや、ないない。

 クロノくんの『神気』は完璧に表に出てない。

 不思議な現象が起きるはずがない。

 

 なのに、なんでこんなに冷や汗が止まらない。

 あれー? おかしいなー?

 ボクはなんでこんな本能レベルの嫌悪感を覚えているのかなー?

 猛烈に嫌な予感がするなあ。

 アレ? もしかして、ヤバい?



「クロノ・ディザウス!!!」



 ツンケン娘の殺気が爆発する。

 本当にこの直前まで、まったくコレは見えなかった。

 多分だけど、クロノくんだけが、彼女の本気の殺意を感じ取っていたに違いない。

 だから、あんなに真剣だったのか。

 直前まで、本気で分からなかったよ。


 だって、ボクは星の化身なんだ。

 この星由来の魔力と、星が敵として認識している『神気』以外の感知は極端に鈍い。本気を出せば、クロノくんの『真眼』はどじゃないけど、相当の事は見通せるだろう。でも、魔力以外で覆われた部分は、ノイズになって見えなくなる。

 何かを足そうと思えば、何かを差し引かないといけないんだもの。

 ボクの生物としての欠陥と言っても良い。



「! ロックフォード、さん!」


「死ねぇ! この、化け物があぁぁあ!!!」



 嗚呼、見たことがあるよ、この感じ。

 ドロドロに沸き立つ悪意、理不尽な嫉み、背筋が凍るような憎悪。

 ボクがこの世で最も相容れないモノ。


 呪詛、或いは、呪力


 通常の使用は禁止されているはず。

 なのに、ソレはボクの目の前にある。

 結界を容易く突き破り、あらゆる生命を蝕んでゆく。

 生命体を等しく穢すこの力が最初に襲い掛かる獲物は、もちろんクロノくん。そして、その次は、二人に一番近い場所にいた、ボクになる。

 

 一瞬逃げるのが遅れた。

 あまりの気持ち悪さに、取り乱しすぎた。

 そもそも、『見通せない』時点で、ボクはツンケン娘の力の正体に気付くべきだった。

 気が抜けていたとなじられても、反論のしようもない。

 やってしまった。

 ここ何百年も、こんなに致命的なミスを犯したことはない。


 黒いヘドロは溢れ出し、ボクの体に……









 

 

 くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る